表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕がカノジョを殺した。  作者: 宮城島 優恭。
1/1

プロローグ

「――ぁ、あ……違…う……僕は、やってない……」


 嘔吐(えず)きながらも、現実から離れないように言葉を発する。

 何もせずに気絶でもしようなら、もう二度とこの世界に戻れないような気がしたからだ。


 内臓が強く脈打って、鼓動が加速していくのを感じる。応じて呼吸の間隔も細かく刻んだビートとなっていく。

 耳の内側ではこの悲惨な状況を嘲笑っているのか、楽観的なBGMが流れて、それは目の前に広がる残酷な情景とミスマッチし、より恐怖感を煽ってくる。


 過剰な酸素で、感覚が麻痺し始めている。脳が興奮でもしているのだろうか。


 ――――僕の視界には、ベッドに突っ伏すように倒れる彼女、その彼女は逆流した血を吐き出し、真っ白なシーツを赤く染めている――そんな光景が広がっていた。


 白い肌から、どくどくと生ぬるい鮮血が広がっていく。


「……そん…………な……、僕は、殺してない……」


 畏怖(いふ)や恐怖等の感情に支配され、身勝手な僕の体は、震えるだけで言葉を発する以外は何も出来なかった。


 クエスチョンマークが、頭から爆散しそうなほどぱんぱんに膨れ上がっている。多すぎて処理しきれなくなりそうだ。


 ――〝何故、彼女はベッドに突っ伏して寝ている?〟

 ――〝何故、彼女は血塗れになっている?〟

 ――〝何故、彼女は……〟


 ふと、目を横に移すと、ベッドに倒れたままぴくりとも動かなくなった彼女――と、その傍らで寝ている男が視界に入った。


 ――〝何故、彼女の隣で男が寝ている?〟


 一瞬で僕の心が、ドス黒い渦のようなものに巻かれる。

 浮気現場を見てしまったような、そんな感覚にも近いだろう。

 彼女がこんな悲惨な目に遭っているのに、何故お前は安らかに眠っていられるのか。

 冷たく、静かだった感情が――ふつふつと煮えたぎる感覚を覚えた。


 鼓動がさらに速く刻まれ、僕は激情に支配される。抵抗はしたが、僕の理性なんてあまりにも弱っちくて、息を吸うかのように飲み込まれてしまった。


 先程まで(わずら)わしく鳴り響いていた楽観的なBGMは、消えてもいないのにいつの間にか気にならなくなっていた。

 (うるさ)過ぎる静寂が、この部屋を包み込む。聴こえるのは心臓が細かく刻んだビートだけ。


 僕は片足を前に突き出し、大きく踏み込む。その勢いを留まらせずに、力の中心部を左足、腰、胴、背、右肩へ順に送っていく。握り締めた拳に力が宿ると、僕はその力に振り回されてしまった。体が宙に浮きそうになるのを寸前で踏ん張り、その反動で拳の推進力はさらに加速した。抱くのは殺意、殺意。――〝殺意〟。


 勢いは留まる事を知らず、僕の右拳は男の左頬をぶん殴った――





 ――――――はずだった。刹那、僕は拳を振った方向と真逆に吹き飛んだ。


 一瞬の事で何が起きたか理解が遅く、混乱してしまった。


 ――僕の体は宙に浮き、そのまま家具を巻き込みながら突き当たりの壁にぶつかり、仰向けで倒れていた。

 床に叩き付けられる衝撃が想像していた何十倍も痛くて、悲鳴を発しそうになる。

 目の前が、歪んだレンズでも重ねたかのように、ぐにゃぐにゃと揺れる。

 左頬に強烈な痛みを感じ、軽く触れてみると、ひりひりと痺れる痛みが電流のように走った。


「はは……何やってんだろ……僕」


 床に大の字になって寝転ぶ姿は、さぞかし滑稽な事だろう。


「なんでこんなことになったんだっけ⋯⋯」


 僕は瞼を閉じて思い返していた。

 この惨状の、出発地点を。

 ――あの夜の事を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ