その孤独が溶けるまで
「なあ、ちょっと話してもええかな。」
そんな言葉を真夜中の誰もいない博物館で聞かされたら、怖がらない方がどうかしているというものだ。
桐生博正はありったけの声で叫び、その勢いのまま尻餅をついて動けなくなった。
関東のとある地方都市、一部のマニアを除いてほとんど名の知られていない博物館の端にある、小さな展示室。
目の前のガラスケースには、もう何十年も昔からこの博物館に飾られている男の子の人形、通称、巻き込み小僧が桐生の持つ懐中電灯に照らされて不気味に光っている。
その全長20センチぐらいの木彫りの人形は昭和のはじめに作られたと言われており、人形を手にした家族が事故に巻き込まれて亡くなったことから巻き込み小僧と呼ばれていたこと、そして呪いを恐れた持ち主の依頼でこの博物館に寄贈されたという話は桐生も聞いていた。
そんな曰く付きの展示品が、真夜中に、さも当たり前のように自分に話しかけてきたという事実がまるで頭の中で処理できない桐生は、ただ口をパクパクとさせながらなんとか立ち上がろうと身体をくねらせることしかできなかった。
ああ、高齢者雇用の波に上手く乗って手にした警備員の職の、しかもよりによって退職の日にこないな事になるなんて、俺はいったいいつ、どんな悪いことをしたんや。
せめてあと1日見逃してくれとったら、楽な職場で働けて良かったと笑顔で去ることができたのに。
桐生が愚にもつかないような後悔を頭の中で繰り広げていると、また不意に巻き込み小僧が喋り始めた。
「いや、ごめんって。 さすがにそないびっくりされるとは思ってなかってん。 ホンマに堪忍やで。 ……まあ怖がるな言うほうが無理なんは分かってるけど、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから最後に話せえへんか?」
完全にパニックになっていた桐生だったが、人形が口にしたのが自分の生まれと同じ関西の言葉だったことで、ほんの少しだけ恐怖心と気持ちが緩むのが分かった。
「な、なんやお前、お、俺を呪い殺そうなんて百年早いぞ、このあ、アホンダラ! の、呪いの人形だか何だか知らんけど、ああ、あんまりワシのこと舐めんとけよ!」
桐生は少なくとも、齢70にしてまさか人形にありったけの虚勢を張ることになるとは思っていなかった。
ましてや桐生が人形に話しかけるのなど、ほとんど記憶にも残っていない幼児の頃以来の話だ。
床で半身を起こしたまま、震える声と体で強がる桐生の姿を見つめながら、巻き込み小僧は小さくため息をついた。
「あのな、誰もお前のこと呪い殺そうなんて思ってへんて。 そもそも何やねんお前ら、ワシのこと勝手に呪いの人形とか呼びくさってからに。 そんな不名誉な肩書きつけられた身にもなってみいアホ。」
その呆れたような口調がはっきりと伝わってきた桐生は、少しムッとしたことで恐怖心がさらに薄らいで冷静さを取り戻してゆくのが分かった。
「はあ? 俺はお前がどっかの家族を事故に巻き込んで殺したって聞いとるぞ。 そないひどい事しといて勝手に肩書き付けるなとか、ど、どの口が言うとんねん!」
しかしガラスの向こうの人形に食ってかかる自分の異常な姿を客観視できないほどには、桐生の頭にはまだ余裕というものがなかった。
そんなことはお構いなしに、巻き込み小僧は淡々と桐生に話しかけてくる。
「あのなあ、人形にそないな力があったらとっくに人類絶滅しとるわ。 あれは事故や、ただの事故。 ワシのこと気に入ってくれた子がワシを持ったまま川に落ちて、それを助けようとした母ちゃんが亡くなった、それだけのことや。 ……でもな、川行って遊ぼうって言ったのはワシや。 ホンマにすまんかった。」
巻き込み小僧の語尾には、はっきりと分かるほどの後悔と悲しさが含まれていた。
それを敏感に感じ取った桐生は牙を抜かれてしまったようにおとなしくなり、半身を起こしたままでいたたまれなさそうに巻き込み小僧を見つめている。
「なんや、お前、その子とも話できとったんかいな。」
桐生の質問に、少し間を置いてから巻き込み小僧は話し出した。
「ああ、やっぱりなあ……、まあしゃあないか。 あのな、ワシを作ってくれた人形師さんにとっては、ワシが人生最後の作品やったんや。 生まれてくる孫にあげるんや言うて、そらもうめっちゃ魂込めて作ってくれはったんや。 そんでその想いが宿ったんやろな。 いつのまにかその子みたいに霊感のある人にはワシの心の声が聞こえるようになっててん。」
よう喋る奴やな、そう思いながら聞いていた桐生の耳が、霊感、という言葉を違和感と共に絡め取った。
「おい待て、 霊感やと? と、いうことは……。」
桐生の背中に薄ら寒いものが走った。
「せやで、ワシの声が聞こえてるっちゅうことは、自分では気付いてないかもしらんけど、めっちゃ霊感あんねんで。 そらもうビンビンや。」
さらりと言った巻き込み小僧の言葉に桐生は驚きを隠せずに、思わず口から漏れた言葉は、えあ!? だった。
待てよ、いや、そういえば確かに…。
半信半疑のままの桐生はここ最近の出来事を少し思い出しただけで、正面から歩いてくる人にぶつかりそうになって避けたら誰もいなかった、目の端に何かが動いたなどという奇妙な出来事が、少なくともここひと月のうちにも何度かあることに思い当たった。
桐生が顎に手をやってじっと考え込む姿を、巻き込み小僧は黙って見つめている。
しばらく考え込んだあと、桐生は警戒を解かぬままゆっくりと巻き込み小僧に近寄ると
「お前、ホンマに俺のこと呪い殺したりせえへんのやな。 ホンマに大丈夫なんやな?」
ようやく震えのおさまった声でガラスの向こうに語りかけた。
巻き込み小僧はわざとらしく、はあ、と落胆してみせてから、やれやれと言った感じにだるそうな調子で話し始めた。
「あのな、お前今さらそれ聞くか? そんなんとっくに分かっとることやろ。 この博物館で誰か死人が出たか? せいぜいわしの独り言に気づいた客が何人か血相変えて逃げたぐらいやろ。」
確かに桐生がこの博物館に勤め始める前から、年に何人かは人形が喋ったと言って受付に駆け込んでくるお客さんがいるという話は聞いていた。
しかし桐生自身があまりそういうことを信じないタチだったために、それらは単なる妄想のひと言でカタをつけてしまっていた。
もし桐生がその話を間に受けたなら、夜間警備の仕事などとても怖くてやれたものではなかっただろう。
そして博物館に呪いの人形があるという噂が立ったせいで嫌がらせの電話が夜中にもかかってくるという事態にまで発展し、それは少なからず桐生の心にもストレスとしてのし掛かっていた。
……まさかそれがすべてこいつの仕業だったとは。
桐生の心に苛立ちが走った。
「おい、お前がそのお客さんたち怖がらせたせいで、インターネットにここの悪口ようけ書かれたんやで。 そんで気がついたら心霊スポット扱いになってもうて……、しまいには霊感のあるタレント連れてテレビまで来たのも見とるやろ。 で、お前まさかそん時もベラベラ喋っとったんと違うやろな。」
巻き込み小僧は、小さく、ははっ、と笑ってから、楽しそうに
「ああ、あの大勢でワシの前に立って、眩しい光当てながら不気味やとか得体が知れないとか言うとった連中のことか。 あんなあ、あいつらおる間じゅう、ワシはずーっと眩しい、やめろて喋っとったで。 そんでも、誰ひとりワシの声には気づかなんだ。 要はあいつら、自分のことだけしか考えんで周りに耳を貸さん連中やったっちゅうことやな。」
そう言ってから
「ま、ワシが考えるに要は霊感なんちゅうのは、仮にあったとしても周りの話を聞かなければただのパチモンっちゅうこっちゃ。」
と、おどけたように付け加えて笑った。
桐生はこの時点ですっかりと恐怖心が消え、周りと自分の姿を冷静に見られるようになっていた。
俺は今、70歳で目の前の人形と話をしとる。
いやいや、それはおかしいやろ。
でも、久しぶりに誰かと長いこと話ができてどっか安心しとる自分がおるのも事実や。
そういえばこの5年、警備の引き継ぎのとき以外は誰とも喋らんで、ただ決まった時間に懐中電灯ぶら下げて館内を一周して終わりの毎日やったな。
変わったことといえば、せいぜい懐中電灯が豆球からLEDになったことぐらいなもんや。
小さな頃から親戚じゅうをたらい回しにされて、嫁さんに先立たれて、子供もおらんくて……、そんでこんな訳の分からん奴と話しとるだけで心が安らぐとか、もしかして俺、ホンマは寂しかったんか?
桐生は常夜灯だけの暗い天井を見上げた。
その闇の奥は、自分の心の奥に通じているかのようにただ深く、黒かった。
こういうとき、俺は誰に問うたらええんや?
桐生は頭を巡らせたが、浮かんでくる名前はひとつもなかった。
部屋に帰っても当たり前のように誰もおらず、携帯電話のメモリーはほとんどがどこかの会社のものだった。
幸いにもコツコツと貯めた貯金で明日からの心配は無かったが、お金で孤独を紛らわすような真似だけはしてはいけないような気がしていたため、さらに桐生の社会的孤独は加速していった。
その悪循環はまるで出口のないスパイラルへと沈み込んでいくようなものだったが、それを止める術と、助けを求めるための社会的交わりを桐生は待ち合わせていなかった。
そしてついに明日からは、唯一の社会との繋がりだった仕事という細い糸も切れてしまう。
その先に待ち受けているものの大きさに気づいた桐生は、吐き出すように言葉を紡いだ。
「ああ今気づいたわ、俺はずっと寂しかったんやなあ。」
ため息とともにそう呟いてから呆けたように天井を見上げ続ける桐生に、巻き込み小僧はしばらく間をあけて優しく話しかけた。
「あんなぁ、ワシかてずーっと寂しかったんやで。 話をする相手もおらんし、ワシの声が聞こえる相手はみーんな逃げていく。 動かれへん上に魂なんぞ入ってもうたから、時間が経つのを待つだけっちゅう孤独を味わわないかんくなった。 ワシの中で色の付いた思い出なんて、あの子がワシと遊んでくれとった、たった数年間だけや。」
桐生はその諦めを含んだ言葉を聞いてハッとした。
死ねないものが直面する、絶対的な孤独の存在。
人間は80年そこそこの人生を終えれば、どれだけ辛かろうがどれだけ寂しかろうが、死を迎えることでそれらの苦しみから解放される。
たが人形はその形がある限り、ずっと存在し続けなければいけないのだ。
この巻き込み小僧には、孤独からの解放という救いがないのだ。
桐生は天井から巻き込み小僧に視線を戻し、そっとガラスに手をかけた。
桐生の脳裏に、今まで生きてきた人生で起きた出来事が、寒々としたモノクロームの陰影のみで再生された。
「そうか……、お前も、寂しかったんやなぁ。」
桐生のその目には、うっすらとだが涙が滲んでいた。
そんな震える桐生の言葉を気遣うようにして、巻き込み小僧は先ほどよりも声のトーンを上げた。
「なあ、気にせんでもええて。 ワシが孤独になったんは別にお前のせいやない。 人間は不幸なことがあったとき、それを何かのせいにせな耐えられへんのやろ。 それをワシが引き受けただけやで。」
巻き込み小僧が言い終わる前に、桐生の頬をひとすじの涙が伝った。
いったい、涙を流すのなんていつ以来だろう。
物心ついたときには、桐生には母親がいなかった。
詳しくは分からないが、どうやら桐生がまだ小さい頃に病気が事故で亡くなったらしかった。
父はあまり母親のことを話したがらなかったが、母親の遺影の前で酒を飲み、声を殺して泣いている姿を少年時代に何度か見たことがあった。
その父親が一度だけ、桐生に手を上げたことがあった。
お母ちゃんが欲しい、どうしてお父ちゃんはお母ちゃんを死なせてしもうたんや、夜に寂しくてそう言ったときのことだったのを桐生ははっきりと覚えている。
そして働きながらひとりで一生懸命育ててくれた父親も、無理がたたって桐生が小学校の低学年のときに病気で亡くなった。
火葬場の炉の中に消えていく木棺を見送りながら、身体中の力をすべて振り絞るように全力で泣いた。
それが桐生が記憶している、自分の流した最後の涙だった。
その後、兄弟もおらず、天涯孤独の身となった桐生は親戚の家を転々とし、最後はこの生まれた場所から遠く離れた街にある父方の祖父母の家で暮らしつつ高校を卒業した。
ちちおやがなくなってからというもの桐生は絶えず得体の知れない孤独を感じていたが、それでも周りには常に話す相手はいた。
だが、今はこの目の前の人形と同じく、誰とも触れ合うこともなくただ日々の時間の流れの中を進んでいるだけなのだ。
長い間目を伏せて考え込む桐生に向けて、巻き込み小僧はゆっくりと語りかけた。
「なんか、俺が言うのもアレやけど……、なんかごめんな。 そんで、寂しかったって話してくれてありがとうな。」
力なくうなだれる桐生をなんとか励ましたくても、巻き込み小僧はぴくりとも動けない。
「ワシにはおそらくお前らのいうところの感情というモンが殆どあらへん。 せいぜいおもろい、とか、こいつ嫌やぐらいなもんや。 せやからお前がなんで泣いてるかワシにはよう分からん。 けどな、それがお前の変わらない優しさやいうのはよおく分かる。 ありがとうな。 まあ、ホンマは俺もお前と同じように泣くべきところなんやろうけど……。」
巻き込み小僧は悔しそうな声を絞り出した。
そんな巻き込み小僧を見つめながら、桐生はゆっくりと立ち上がった。
「なあ、小僧よ、さっき話をしようと言ってたが、そもそもお前はここにいたいんか?」
立ち上がりながらハンカチで涙を拭った桐生は、唐突に巻き込み小僧に問いかけた。
虚を突かれたのか、それとも戸惑いか、巻き込み小僧がその問いに答えるまでにはしばらくの間があった。
「は? いや、ごめんやけど、お前の質問の意味がよう分からんかった。 ここにいたいかやと?」
巻き込み小僧の質問に、桐生は静かに頷く。
「 じゃあそれでワシがもし、嫌や、こっから出たいって言うたら、お前はワシをどないかしてくれるんか? あのなあ、訳も分からずあんまり勝手なこと抜かすなよ。」
感情のないはずの巻き込み小僧の言葉に、怒気が混じり始めた。
「俺が聞いたんは、おりたいか、おりたくないか、話をしたいんか、したくないかや。 大事なんはそこや。」
それを察した桐生ができるだけ優しく語りかけると、巻き込み小僧の言葉から怒気が、すうっ、と消えた。
「そらぁ……、ワシとこうやって話ができるお前みたいなやつと話したいし、それにもちろん出たいわこんなとこ。 でもな、出たとしてそのあとはどこに連れて行かれんねん。 寺か? 神社か? お前らはそうやってこっちの気も知らんと無理から供養すんねやろ?」
桐生は短いため息の後で、よし、と呟いた。
「お前、俺の家に来い。」
桐生のその言葉に巻き込み小僧は、はぁ? とだけ返した。
「いや、決めた。 お前は俺が連れて行く。 そんで最後まで俺の話相手になってもらう。 ええな。」
巻き込み小僧は何も言わない。
何も言えない。
「ええか、お前がここに展示されてる理由をよう考えてみい。 持ち主が呪われとるん違うか思って、怖なってここに持って来られたんやろ。 残念やけどこの博物館には昭和初期の人形は他にいくつもあんねん。 別に曰く付きのお前を置いておきたい理由はないねん。 むしろ逆や。 そやから、ワシが館長に直談判して、退職祝いにお前の事もろうたる。」
桐生は一息にそう言うと、ガラスを軽く、パン、と叩いた。
その顔には、巻き込み小僧が久しぶりに見る笑顔があった。
「お前、本気で言うとんのか? ワシみたいにけったいなもんを、お前が死ぬまで側に置く言うてんのか? そないなことしとったら、お前、間違いなく周りから変な目で見られんのやぞ?」
嬉しさを押し殺すような声だった。
それを察した桐生が、大げさな身振りで話す。
「ああ上等や、どんな目でも見たらええ。 それにお前、何を勘違いしとんねん。 死ぬまでちゃうぞ。 俺が死んだら一緒に火葬してもらうんや。 そしたらお前も成仏できるんと違うか?」
桐生の言葉に、巻き込み小僧の言葉が震える。
「アホ! お前そんな、そないなこと言うたかて、そもそもホンマにワシのことをここから出せるんか? そない約束も出来へんこと……」
そこまで言ったところで、桐生の罵声が飛んだ。
「ゴチャゴチャとやかましいわ、アホか! ええから黙って今夜だけそこにじっとしとけ! お前のことは俺が土下座してでも連れて帰ったる! せっかく出来た話相手や、俺はそう簡単に離さへんで!」
そう言って桐生は、拳骨で軽くガラスを叩いた。
その手には、辛くとも負けずに生きてきた年輪が深く刻まれていた。
「なあ、ホンマにええんか? ホンマに……、最後もお前の側におってええんか?」
桐生は鼻で、ふん、と笑うと。
「ああ、食費もかからん居候なら願ったり叶ったりや。 明日からよろしく頼むな、小僧。」
巻き込み小僧はほんの少しだけ黙った後、
「お前な、小僧は余計や! もともとお前の方が小僧やってんぞ、アホちゃうか!」
優しく毒づいて、そのあとに、ありがとう、と付け加えた。
「よし、それなら話は決まりや。 最後に見るここの景色、ちゃんと焼き付けとけよ!」
そう言ってくるりと背中を向け、宿直室へ戻ろうとする桐生の背中へ巻き込み小僧が声をかける。
「それやったらまず、さっきお前が言うとった『いんたあねっと』っちゅう訳の分からんモンから教えてもらわなあかんな!」
桐生は帽子を軽く取ると、白髪交じりの頭を見せながら巻き込み小僧に、にっ、と笑ってみせた。
それから何年もの時が経ち、桐生博正は小綺麗な有料老人ホームの一室で、笑顔を浮かべたまま静かに息を引き取った。
施設の職員は、引き取り手のない桐生の遺体を彼の遺言の通りに人形と一緒に火葬し、合同墓地へと埋葬することにした。
老人ホームに入所してからというもの、関西弁でまるで人形と漫才をしているように話す桐生は、入所者や近所の子供たちからも面白いと人気を集め、わざわざ桐生に会いにくる人まで出るほどだった。
いつのまにか桐生は自然と笑う機会が増え、常に周りには誰か人がいるような、施設のムードメーカーとしてなくてはならない存在になっていた。
翌日、死装束を纏った桐生のかたわらに一体の人形が添えられた木棺は、たくさんの参列者の涙の中、無機質な機械音の始動とともにゆっくりと炉の中へと姿を消していった。
そして炉の扉が閉じられ、スイッチが入れられるその瞬間、巻き込み小僧は優しい口調で桐生に語りかけた。
「あのとき、お前に川に行こうなんて言ってしもうてホンマに悪かったな。 それでもこうやって奇跡的にまた会えて、おまけに友達だなんて言ってもらえて嬉しかったで。
お前の最後の勤めのとき、思い切って話しかけてホンマに良かった。 おかげでワシも成仏できそうや。 ……お前は最後までええ奴やったな、ヒロ坊。」
それが巻き込み小僧が喋った最後の言葉だった。
そしてそれからすぐに、激しくも優しい炎がふたつの孤独をゆっくりと溶かしていった。