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土曜日の4時間目、書道の時間。

書道の先生は得てして怖いものだ、というイメージがあるが、ぽっこり出たお腹に丸眼鏡、親しみやすい(威厳がない)先生がこの学校の書道の先生だ。

今年転任してきた彼の授業は非常に楽で、好きな漢字を一つだけ書いて授業の終わりに提出するだけでよく、私語や内職に対して何も言わない。高校3年生になった今、真面目に授業を受けている人は少なく、塾の宿題をせっせとこなしている人が大多数だ。

だがしかし!俺は非常に真面目にこの授業を受けている。

書道教室を営んでいる祖母の影響で、平仮名を覚える前から初動を習っていたので、書道に関しては圧倒的な自身がある。勉強も運動も平均程度でしか出来ないため、それが唯一のアイデンティティだ。

そんな地味なことがたった一つの特技なんて可哀想だなー、なんてことを思ったそこの君!君は書道の素晴らしさを全く理解していない!普段よりもずっと長い時間をかけて、一画一画、その漢字の意味を考えながら筆を動かし、そして1つの漢字を書き上げる。これを芸術と呼ばずになんと呼ぼうか!書道は地味なんかじゃない。素晴らしい芸術なんだ!

…熱く語り過ぎてしまったね。だが、これでみんなも書道の魅力がわかったことだろう!

そんなことを考えながら筆を鞄から出していると、ザワついていた教室が突然静かになった。

ん?と思って前を見ると、いつになく神妙な顔の先生が立っていた。

すっかり静まり返った教室の中で、先生がおもむろに口を開く。

「今日も好きな漢字を一つ書いてもらいますが、今回が本番です。自分が生きていくために、1番必要だと思う漢字を一つだけ選んで書いてください」

本番?じゃあ、今までの授業は練習だったってこと?

クラス全体がそんな疑問を感じていたが、真剣な先生の表情に気圧され、誰も口を開こうとしなかった。

「本番って、どういう事ですか?」

1つの声が教室内の静寂を突き破る。その声の主は、姫川優衣だった。彼女はクラスの中でダントツに可愛く、勉強も運動もできるクラスカーストのトップを走っている。ぼっち陰キャの俺とは全く違う世界の住人だ。

「それは、授業が終わればわかります」

にっこりと笑いながら答える先生。残念ながら、俺には意味がわからない。

「他に質問がある人は?」

にっこり笑いながら先生が言う。今度は、誰も口を開こうとしない。

「では、今日の授業の説明に入ります。今日は、半紙が1人1枚分しかありません。書けるのは1回だけです。失敗したとしても代わりはありません。先程も言いましたが、生きていくために、1番必要だと思う漢字を1つだけ書いてください。詳しいことは、授業の終わりにわかります。私語などは慎むように。わかりましたね?では、半紙を配ります。」

配られた半紙は、何か違うような気がした。

小さな頃から毎日毎日半紙を見てきたが、こんな半紙は見たことがなかった。それは光沢紙のように輝いて見えたが、触ってみたそれは半紙そのものだった。

それにしても、「生きていくために必要な漢字」か。一体何を書けばいいんだ?漢字が書けるだけじゃ生きていけないよな。漢字で何かを生み出せるわけでもないし……

しばらく考えた後、ようやく筆を手に取った。そして、目の前の半紙に意識を向ける。美しい字を書くためには集中は必要不可欠だ。周りの音が、だんだん遠ざかって行く。

美しい字を書く。ただそれだけのために、筆を動かす。

……完成!半紙には「創」という漢字が大きく、美しく書いてある。創造の「創」。うん、完璧じゃないか?

ふと周りを見てみると、みんな筆を置いている。どうやら、俺が最後の一人だったようだ。

筆を置いた瞬間、先生が口を開いた。

「全員書き終わったな?じゃあ行くぞー」

間延びしたその声を聞いたと思うと、突然半紙が光り始めた。

え?あれ、どういうこと?体が浮いている感じがする。

目の前の景色がぐにゃりと歪んで、そこで意識が途切れた。

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