005.ジョン、ダンジョン・マスターになる
「うおおおお! 逃げ切ったぞー!!」
俺は、祭壇の前に崩れ落ちながら、雄たけびを上げる。
たくさんのサルを引き連れながら、何とか逃げ続けた俺は、予想よりもかなり速く祭壇に辿り着いた。
流石に追いつかれて、殺されるかと思ったけど、どうやら祭壇の、結界的なものによって、敷地外のサルは、俺に手出しが出来ないようだった。
……いや、ホントにスレスレだったけどな。
転びながら祭壇に滑り込んだのと、昨日俺が傷付けたヤツが、怒り狂いながら飛びかかって来て、何もない場所で弾き返されたのが同時くらいだったから。
あと、数秒遅かったら死んでたわ。俺。
「それにしても、俺、やっぱり普通に入れるよな……?」
イルフェン村長は、この辺りには、入りたくても入れないって言ってたのに、どうしてだろう。実は俺、選ばれし者的な何かなのだろうか。
中二病っぽくて恥ずかしいが、今はありがたいので文句は言わない。
寧ろ、ありがとう。神様、仏様。
『どうやらキミ、ボクを封印したヤツらの血を引いてるっぽいねー』
「ああ、だから入れるのか」
『そうそう! ボクもビックリ! 偶然ってあるんだねー』
「なー」
……ん?
「って、その声は、声さん!」
『ボクの呼び方おかしくない? 確かに、声しか聞こえてないんだろうけども』
「丁度良いところに!!」
『その表現もおかしくない? ボク、移動出来ないって知ってるデショ?』
「この声、妙に細かい!!」
何故か、自然と会話してしまっていた。謎である。
おっと。こんなバカみたいなやり取りをしている場合じゃなかったな。
俺は、気を取り直すと事情を説明する。
「……と、言う訳で、やっぱり力を貸してもらいたいんですよ」
『二度と来ないって言ってたのは、ドコのダレだったかなー?』
「根に持ってる!!」
いつまでも有効って言ってた癖に。
そう思った時、声が溜息をついた。
『分かった。ボクも、ココから出たいってのは本当だし、力を与えてあげよう』
「本当ですか?」
『うん。それより、ボクは良いけど、キミは本当にそれで良いのかい?』
「はい」
『だって、ボクを疑っているだろう?』
そう言えば、この声は人の心が読めるんだったか。
なら、説明必要なかったじゃないか。先に言って欲しかったよ。
『だから、ソレ八つ当たり!』
「ごめんなさい」
頭を下げた俺に、声から呆れた様な言葉がかかる。
『記憶が無いせいなのか……キミって、不思議な人だよねぇ。ボクのこと、疑ってる癖に、同じくらい期待もしてる。うーん……調子が狂っちゃうよなぁ』
ヤレヤレ、と呟く声には、元気がない。
何だろう。何か、琴線に触れでもしたのか?
あんまり興味ないけど。
『少しは興味持ちなよ!』
「いやぁ、恥ずかしいなぁ」
『だから、褒めてないからね!?』
分かってるよ。軽い冗談じゃないか。
……って、だから、俺! そういう冗談言ってる場合じゃないんだぞ!
なんて、バカなことを考えていると、声が苦笑気味に呟いた。
『キミって人は、まったく……。でも、だから人から信用されるのかな』
「え……バカにしてます?」
『今度は褒めてるんだよ!!』
「すみません。急いでるんで、本題に入ってもらえませんか?」
『誰のせいだよ、誰の!』
声は、プンプン怒った後、俺に水晶へ触るよう言った。
『じゃあ、悪いんだけど、先にボクを解放してくれるかい? 水晶に触っ』
「了解です」
『早っ! 躊躇いとか情緒とか無いのかな、キミには!?』
すかさず水晶に触れた俺に、面喰った様な声が上がる。
確かに、疑うべきなんだろうし、実際疑ってはいるけど、賭けると決めた以上、俺は躊躇わない。
その、一分一秒で、全員救えるかどうかが決まるのならな。
『カッコつけてるトコ悪いんだケド、今まさに時間をムダにしてたよね』
「え?」
『ナニ、その自分はカンケーありませんって顔!?』
……何故か、この声相手だと、ふざけちゃうんだよな。
『ボクのせいにしないでくれる!?』
うっかりまた怒らせてしまったが、これ以上は流石にアホだろう。
俺は、軽く謝罪をすると、今度こそ真面目に水晶を見つめた。
すると、長い溜息の後、ゆっくり水晶が発光を始めた。
「いよいよ、お出ましですか?」
『ん? 封印なら、もう解けたよ?』
「……は?」
今、何か信じられない言葉が聞こえた様な気がするが、気のせいだろうか。
俺は、頬を引きつらせながら、辺りを見回す。
相変わらず、そこには砂地と、海と……青いサルたちによって取り囲まれている光景しか見えなかった。
特に、俺以外の人の気配もない。
「何処に居るんですか?」
『言ってなかったケド、今のボクって精神生命体だから、そもそも身体持ってないんだよね』
「えーと?」
『簡単に言えば、魂だけの存在ってことサ』
簡単にはなったけど、それで分かるかと聞かれれば、分からないと答える。
まぁ、今はこの声の正体とか、色々なことは後回しにすると決めたんだ。不思議現象の殆どは、出来る限りスルーしよう。
『光ってるのは、キミに力を与える準備中って意味サ』
「どれくらいかかりますか?」
『すぐ終わるよ。ちょっと調整を加えるだけだか……ら、っと』
水晶の淡い光が消えて行く。
俺は、今も水晶に手を当てたままだが、イメージするような温みとかは、特に感じられない。
力を与えるって言ってるし、何かもっと大仰なことが行われるものだとばかり思ってたけど、違うみたいだ。
半ば呆然とする俺に、声は手を離して構わないと告げる。
『力は、もう既にキミの中に送ったよ。ケド、本来この力は、時間をかけて育んで行くもので、すぐにどうこう出来るような代物じゃない』
声が、大真面目にそう言い放つ。
俺は反射的に叫び出しそうになったが、何とか堪えた。
声の説明が、すべて本当だとして、「モノスッゴイ」らしい力の使い方を知る前に、投げ出されてしまったら困るのは俺なのだ。
そんな俺の葛藤を楽しむように、声が笑った。
……何か、初めて邪神っぽい一面を見た気がするわ。
『あはは。分かってる、分かってる。キミは、今すぐ力を使えるようになって、村の人を助けたいんだよネ』
「はい、その通りです」
『ダヨネ! だから、今回は特別サービスに、力の使い方を分かりやすくする為のサポーターを一人と、視覚化する為の道具を一つ、お付けしよう!』
「??」
何だか、テンションが通販番組のソレだ。
独特の掠れた様な甲高い声が聞こえて来るように思える。
そんな風に思っていると、声が楽しげに続けた。
『対価は既にもらってるから、お金は取らないケドねー!』
「あの、そういうのは良いんで」
『自由気ままにボケてた割に、他人のおフザケにはドライになるねぇ……』
声は、拗ねたように溜息をつくと、今度は水晶の横を見るように促した。
『じゃ、情緒の欠片もないケド、今からサポーターちゃんを呼び出すよー』
「なる早でお願いします」
『どの口が言うんだ、どの口が! すぐだから、そう焦らないデヨ』
声がそう言った直後、今度は水晶の横が、淡く光りはじめる。
ゲート的な物から登場するのかなぁ、と想像していた俺は、どちらかと言うと、生命が生み出されるかのような、この光景に、目を見張った。
神々しい光のベールが、風もないのになびきながら、シュルシュルと繭のように丸まって行く。
俺が、何か言ったら良いのか迷ってる短い間に、その繭は衣擦れのような音と共に、一瞬で解けた。
すると、そこからフワリと、一人の女の子が現れた。
「……お、女の子……?」
掠れた声で、呆然と呟く俺。
いや、だって仕方ないだろう、と言い訳をしてみる。
年の頃は、17か、18くらいだろうか。
瑞々しい白い肌。絹のように滑らかな、白銀の長い髪。吸い込まれそうな、海よりも深い碧の瞳。ふっくらとした唇。ほんのり色づく頬。華奢だが、整った身体。
見惚れない男……いや、人がいるだろうか。いや、いない。かっこ反語。
「……かわいい……」
『え、今その情報必要?』
「かわいい」
『あれ、壊れた?』
「可愛い!」
『壊れちゃってるよ、この人!!』
声に、呆れたように叫ばれるが、知ったことか!
……じゃないぞ、俺! 今、そんな場合じゃないだろ! バカなの、俺!?
「うおおお!!」
『自分で自分を殴ったー!? ちょっと! 本格的におかしくなった?』
「……大丈夫です落ち着きました」
『……頭が大丈夫?』
多分、声さんの身体が見えていたとしたら、思いっきり冷めた目で見られていたことだろう。うん、俺も自分で自分をそんな目で見たいから分かるわ。
俺は、必死過ぎるくらい必死に、何度も深呼吸を重ねて、ようやく思考能力を取り戻すと、彼女に向き直った。
「えー、ゴホン。お見苦しいところを見せて、すみませんでした」
「…………」
「? 聞こえてる?」
第一印象最悪だろうなぁ、と心配して声をかけたけど、女の子は無表情、無反応のままだった。
これ、俺の存在、彼女の中で抹消されてない? 大丈夫?
『キミさぁ、危惧するトコが全然違うデショー』
「はっ! そうだった。声さん、早く力の使い方をプリーズ」
『…………』
あれ、声さんの頭の中からも、存在抹消された? 大丈夫?
『大丈夫大丈夫。ちょっとその子の初期設定やってただけだから』
「初期設定って……パソコンみたいですね」
『機能的には、似たようなモンだよ』
良く見ていると、彼女の瞳の中で、クルクルと数式が上から下へ流れて行っているような気さえしてくる。
もしや、本当にサイボーグ的な? ま、まぁ、力が使えるようになるなら、何でも良いんだけどさ。
『起動のスイッチを、「名前を呼ぶ」ことにしたから、キミ、この子に名前を付けてあげてよ』
「名前無いんですか?」
『さぁ? ボクがこの子を見つけた時には、もうこの状態だったから知らないよ』
「……え?」
声さんの言い草が、完全に邪神のソレだ。
「この状態だった」ってつまり、意識のないこの子を見つけた声さんが、勝手に俺のサポートプログラムを組み込んだ、的な状況なのか? ……何それ怖い。
『キミ、何だかんだと飲み込みが早いよねー』
楽しげな声さんのこれは、多分罠だ。
うっかり踏み込んだら最後、俺は人として大事なものを失ってしまうんだろう。
……知らないけどさ! 何か、凄くそんな感じがするんだよ!!
『あ、詳しいこと聞きたい?』
「遠慮しときます」
余計なことはすまい。ヤブヘビにでもなって、遅くなったら最悪だ。
俺は、我に返ると口を噤んだ。
さっきから、俺が余計なことを言ってるから、話が進まないような気がするんだよな。
『いや、黙ってないで名前は付けてよ。話が進まないし』
「ああ、そうでした。名前かぁ……」
こんな、国民的美少女に名前を付ける栄誉を頂けるとは、感無量だ。
とか、アホなこと考えてるから話が進まないのか。納得である。
……でも、名前かぁ。何のテーマもないと、なかなか難しいものだ。全然思いつかない。
『じゃあ、考えながら聞いてね。キミに与えられた力についてなんだけど』
「はい」
『迷宮を創る力なんだ。迷宮創造って言ってね。キミは、迷宮管理者になったんだよ』
「へぇー……え?」
聞き流そうと思っていた思考が、一瞬で停止する。
今、声さん何て言った? ダンジョン・マスター?
それは、俺のイメージ通りなら、今すぐ戦ってどうこうって力じゃない気がするんだが。
困惑する俺に対し、声は弾みながら説明を続けた。
『今、戦えないじゃん! って思ったデショ。ま、その通りなんだよね。だから、さっきも言ったケド、本来は時間をかけて力を育むモノなんだ』
迷宮を創るのには、かなり時間がかかる筈だろうし、そりゃそうだろう。
そうじゃなければ、今頃ゲームの主人公たちは、世界を救えずに死に絶えているだろうし。まぁ、ここは現実なんだろうが。
『だからこその、その子……サポーターと、便利アイテムの登場さ!これさえあれば、本来手探りで、自分の力の発動の仕方とか、それにより何が起きるのかを覚えて行くところを、すっ飛ばすことが出来る』
「おお! チートですね!」
『……まぁね』
「あれ。何ですか、その間?」
身体があったら、目を逸らしていたところだろう。
何だか、急速に不安になって来るな、この変な間。
『うーん……先んじて言っちゃうと、別にそこまでチートってワケでもないんだよ。ゴメンネ』
「何でですか?」
『勘の鋭いマスターなら、この子なんていなくても、最初っから力を使いこなせるし、そもそも時間をかけられれば、大体のマスターたちが、その程度出来るようになるものなんだよネー』
「……つまり、最初の努力の時間を削るだけの効果ってことですか?」
『そう言うことだね』
「うーん……いや、十分ですよ。ありがとうございます」
良く良く考えてもみれば、俺はそもそも急いでいるのだ。
俺が、力を使いこなせるようになるのを待っていたら、シュゼさんたちが死んでしまうかもしれない。
俺は、誰ひとり犠牲にさせない為の力を求めているんだから、スピードは命だ。
『その割に、積極的にふざけてたけど……分かったよ。そう睨まないでよ』
「話を戻しますけど、この子がサポーターで、もう一つ便利アイテムがあるってことは、それぞれサポート内容が違うんですか?」
何か、声さん今余計なこと言おうとしてなかった? いやいや、気のせいだよね。あはは。
『便利アイテムは、コレ』
「……タブレット?」
コレ、という言葉と同時に、俺の手の中にタブレット的な物が現れた。世界観はどうした。
『仮に、「迷宮ガイド」と名付けておこうか。コレには、今、創造可能な物、それまでに創造した物、みたいな様々な情報が、全部詰まってるのさ』
「今、画面に何も浮かんでいないのは?」
『サポーターの彼女と連動させてるから、まだ動かないよ。彼女が起きたら、彼女に渡すと良い』
「そうなんですね。なら、この子の力は?」
『文字通り、キミのサポートさ。その迷宮ガイドは、今の、まだ何も生み出していない状態でさえ、膨大な量のデータが詰まっている。それを、キミの思考力で操ることは難しいからね。彼女は、その検索能力を持っている』
つまり、この子は俺専用の司書さん、みたいなものなのか。
『そんな感じだね。キミが、やりたいことを言えば、彼女が適切な能力を提示してくれるから、キミはその指示通りにすれば、望みに近い結果を得られるよ』
なるほどなぁ。
俺は、小さく頷くと、もう一度女の子に視線をやった。
相変わらず、何処を見ているか分からないような、焦点の定まっていない目。
無表情なのも相まって、蝋人形みたいに見える。
この子が居れば、俺は、村を救う結果を、得られるのだろうか。
「よし。名前、決めました。どうしたら良いんですか?」
『そうかい。なら、彼女の名前を呼んで、「朝だよ、ハニー。今日も愛してる」……って言いながら、キスを……』
「じゃあ早速……!!」
『だから、躊躇い! 一種のジョークだって! 分かるデショ!?』
「えー。じゃあ、本当はどうしたら良いんですか?」
『名前を呼ぶだけで大丈夫だよ』
テヘペロ、と茶目っ気たっぷりな声が聞こえて来るが、イラッとするわー。
だけど、今は時間もないし、気にしている場合でもない。
俺は、気を取り直して、コホンと一つ咳払いをしてから、ゆっくり呼びかけた。
「じゃあ、これからよろしく。……『メイ』」
すると彼女は、目を数度瞬かせる。
そして、ようやく焦点が合ったような表情で、俺の方を見た。
「……初めまして。貴方が、私のご主人様でいらっしゃいますね?」
「あ、ああ! 俺は、ジョンって言うんだ」
「マスター・ジョン。浅学なる我が身ではございますが、誠心誠意お仕え申し上げますので、何卒、末永くよろしくお願い申し上げます」
「……う、うん」
予想通りの、鈴を転がしたような愛らしい声で、予想の斜め上を行く、抑揚の無さと堅苦しさである。
思わず目が点になってしまうが、いやいや、気を取り直せ、俺。
パンと自分の頬を叩いて、冷静さを保つと、俺は勢い込んで口を開いた。
「早速で悪いが、俺には助けたい人たちが居る。協力してくれないか!?」
「かしこまりました、ご主人様。存分に私をご利用ください」
俺の頼みに、メイはその美しい顔を、ピクリとも動かさずに了承した。
何か、デキる女の人感がある。これは、事態を好転させられるかもしれないぞ!
期待に胸が膨らんだ俺は、グッと拳を握った。