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002.記憶喪失、子どもを助ける

「く、く、来るなら来なさい! やっつけてやるんだから!」

「だから、子どもだけじゃ危ないって言ったじゃないか! ウェンディのアホ!」

「何よ! マイケルだって賛成してくれたじゃない!」

「わー! 来る来る! よそ見しないで、ウェンディ!!」

「キャー!!」


 俺が、あの怪しげな声に別れを告げてから、体感時間で30分後。

 砂が高く盛り上がっている場所を見つけて、そこに上れば、人里も見えるかもしれないと考えて、ひーこら言いながら、俺はその丘の上までやって来た。

 そして、人里の代わりに、大変なものを目撃してしまっている。現在進行形。


「こ、こんなトコロで、死にたくないよー!」

「あ、アタシだってイヤよ! マイケルもガンバって! ホラ!」

「こんな木の棒で、シーエイプ相手にどうしろって言うんだよ!!」


 小学生くらいの、気の強そうな、明るい茶髪の女の子と、肝が小さそうな、赤茶色の髪の男の子が、数匹の巨大な青いサルに囲まれている。

 これがテレビ番組だったら、動物と子どもの触れ合い、というハートフルな展開にしか見えないだろうが、生憎と、テレビクルーの姿はない。

 ……て言うか、サルめっちゃ牙むいてるし、ハートフルには見えないか。


「グルルルル……」

「は、早く逃げなきゃ……」

「も、もう囲まれてるわよ……戦わないと!!」

「ムリだよ、そんなの!」


 彼らは、絶賛ピンチ中のようだ。これは……悩むまでもない。助けに入ろう。

 あの怪しい声とは、訳が違う。子どもは世界の宝なのだ。


(……とは言っても、俺は素手だし、どうしたものか)


 そうそう悩んでいる時間もない。

 俺は、手近にあった、腕くらいの太さの流木を拾い上げると、丘を駆け降りた。


「おい、そこのエテ公ども! 俺が相手になってやる!!」


 最悪、無視されるかも、と心配したが、運良く青いサルは全部俺の方を向いた。

 これで、とりあえず子どもたちから引き離してはやれそうだ。


「ほらほら、どうした? ビビってんのか?」


 バシバシと、流木で砂浜を叩き、威嚇する。

 威嚇の意味は、きちんと伝わったようで、サルたちは怒って俺を睨んで来る。

 そのまま、ジリジリと俺に対して距離を詰め始める。よしよし、良い子だ。


(お前たちは早く逃げるんだ……)


 チラ、と子どもたちの方へ視線だけ向けると、彼らが、目を丸くして固まっているのが見えた。

 いやいや、俺、別にサーカスの猛獣使いとかじゃないからさ。早く逃げてくれないと、このサルたちがどう動くか分かんないんだけど……。

 内心で焦りつつ、何とかサルの意識を俺に向けた状態を保ちながら、子どもたちには逃げるように促す。


「う、ウェンディ……は、早く逃げよう」

「でも、あのお兄さんが……」

「オレたちがいたら、もっと危ないだろ!」


 一応、サルは刺激しない程度の小声での会話だが、俺に聞こえてるくらいだから、ヤバくないか?

 ちょっとビビったが、サルたちは、俺をやってからでも、余裕で子どもたちをやれると判断したのか、気に留めていない。……セーフ。


「よし、こっちだ!!」

「グルガァ!!」


 俺は、子どもたちが逃げようとしている方向とは逆に走り出す。

 それが合図となり、俺とサルによる、地獄のおにごっこが始まりを告げた。


「ガルルル!!」

「うわー、早っ!」


 四足で走ってるから俺より小さく見えるけど、身体を伸ばせば全然、デカい。

 その巨体が、ドカン! と激しい音と砂ぼこりを立てて、一瞬で距離を詰めて来るから、恐怖でしかない。

 空気を裂くような衝撃の端っこが背中にぶつかると、俺はすぐに身体を捻る。

 すると、俺の走っていたところに、巨大なクレーターが出来るのが横目に見える。いや、マジで恐怖でしかないだろ。


「……一発でももらったら、死ぬな。俺」


 まるで、あのバラエティ番組の、黒ずくめの男たちに追いかけられているようだ、と思ったが、冷静になってみれば、普通にあれより怖いだろ、今の状況。

 どうやら俺も、結構精神的に追い詰められているようだ。

 けど、振り返ったらクレーターだらけになってて、鬼の形相のサルが4体も追いかけて来てる状況で、精神に影響を受けない人間なんていないはずだ。


(今は何とか、勘で避けれてるが……疲れたら終わるよなぁ)


 疲れる前に、打開策を思いつかなければならない。

 なんて鬼畜な難易度だ。こちとら、記憶喪失なんだぞ。


 ……などと、文句を考えている暇があったら、策を考えるべきか。

 俺は、深く溜息をつきながら、また一度、サルのタックルを避けて、唸った。


(サル、サルって言ってたが、見た感じはゴリラっぽいか。いや、あんな足まで逞しいゴリラなんて知らないわ。何だ、アレ。鈍器か?)


 青い体毛は、遠目に見ても堅そうで、こんな流木一本では、衝撃が通らない可能性すら考えられる。

 下手に攻撃に転じて、バランスを崩しでもしたら、あの鋭いツメかキバで、グシャーッとなっちゃうだろうし。何それ、グロイ。

 罠とか使いたいところだけど、今はそんな物作ってる暇はない。

 ……あれ? 俺、アイツらが諦めるまで、逃げ続けなくちゃならないのか?

 …………。……いや、無理だろ。


 一瞬、思わず真顔になった。

 ――その、直後だった。


「ギャオオ!!」

「へっ? あっ、うおわっ!?」


 痺れるようなサルの叫びに驚く俺の足を、何かが掠めた。

 それが何か、と考える間もなく、視線が低くなる。

 転ばされた、と理解した頃には、サルたちが一斉に飛びかかって来ているのも分かった。

 体感時間が、極めて短くなる。走馬灯でも見るんじゃないだろうか、と思ったが、残念ながらそれは見えなかった。


「クソッ! ただじゃやられないぞ!」


 うつ伏せに倒れれば、成す術はないだろう。

 俺は、何とか身体を捻って仰向けの状態になる。

 背中にチリつく感触が広がって、砂ぼこりが舞い上がる。

 覆いかぶさるようにして飛び込んで来たサルの、ガバリと開いた大口に、俺は流木をブチ込もうとする。


「ガオオ!!」

「げっ、噛み砕くとか、バケモンだろ!?」


 バリバリと、手にかかる重みよりも、ずっと軽い音を立てて、サルのキバの餌食になる流木。

 俺は、息をのんだが、そんなことに気を取られている場合じゃないと、すぐに気を取り直す。

 そして、急いで更に流木を突き出した。


 ――ザクッ!!


「グギャアアアア!!」


 イヤな音と、感触がしたすぐ後に、サルの悲鳴が響き渡る。

 噛み砕かれて短くなった流木は、バキバキに鋭く尖っていて、俺が突き出したことで、その突起部分がサルの目玉に刺さったのだ。

 あまりの痛みに尻餅をついて、転げ回るサルに、他のサルもビビってくれたのか、躊躇うようにウロつき始める。

 俺は、その隙にサルから距離を取る。


「……まだやるかい?」


 流木は、もう手元にはないし、近くに落ちてもいない。

 正直なところ、まだ続くようなら、もう死ぬしかないところまで来ている。

 記憶もないし、人助けで死ぬのも、悪くはないと思うけど、だからと言って、素直に死んでやる気はない。

 かかってきたら、後は己の肉体が武器ってことで、一つ頑張ってみるか。


「グルル……」

「? 引いた……」


 俺が、気合いを入れ直して睨みつけると、サルたちは顔を見合わせ、ゆっくりと後退し始めた。

 俺を殺す為の助走……ではなく、どうも撤退してくれるつもりらしい。

 なかなか、慎重派なようだ。


「目、悪かったな。今度は是非、話し合いから関係を始めよう」

「…………」


 当然、返事はなかったが。

 俺は、サルたちが完全に背を向け、その姿が、子どもたちが逃げて行ったのとは違う方向へ消えて行くのを確認すると、その場に崩れ落ちた。


「あー……終わったー」


 思い切り息を吐くと、少し胸が痛かった。

 考えてもみれば、結構な全力疾走をしながら、サルの攻撃を避ける為に集中してたんだ。疲れるに決まってる。


「目が覚めてから、怪しい声に、青いサルの化け物とエンカウントとか、俺、引き悪すぎだろー……」


 ゲームでは、初戦闘はもっと初心者向けの敵のはずだ。

 もし、あのサルが初心者向けなら、俺は、これから生きていける気がしない。

 そもそも、何だよ、あの青いサル。地球には居ないから……ここ、アステルラ?


(ん? アステルラって……世界の名前、だよな。でも、何でそう思うって言うか、知ってるって言うか。ん??)


 俺は、そっと眉を寄せる。疲れのせいか、思わぬ疑問に当たってしまった。

 ――地球。魔法なんてない科学世界。青い星。

 ――アステルラ。魔法で発展した、魔法世界。平面で出来ている。


「俺……何で、どっちも知ってるんだ??」


 アステルラが、昔やってたゲームの舞台だから、とかだろうか。記憶にないが。

 ……まぁ、そう思えば自然だから、そういうことにしておくか。

 面倒になった俺は、小さく息を吐くと、考えるのをやめた。


「さて。アイツらが逃げて行ったのは、あっちの方向だったよ……な!?」

「お兄ちゃーん!!」

「無事だったかー!?」


 振り返ろうとした瞬間、全身に激しい衝撃が走った。

 痛みから、目を白黒させていると、さっき聞いたばかりの声が、俺を呼んだ。

 ようやく定まった焦点を下げると、俺の背中に、さっきの女の子が抱きついていて、その横に、心配そうに男の子が立っていた。


「ああ、さっきの。大丈夫か?」

「それはアタシのセリフだよ! 心配したんだからぁ!」

「うおっ!?」


 女の子は、凄い剣幕で俺を睨むと、その大きな目から、ボロボロと涙をこぼして、再び抱きつく。……ちょ、力強い。内臓出ちゃうよ。


「オレたちは大丈夫。お兄さんは?」

「それは良かった。俺はー……ヘロヘロなだけかな」

「ウソ! 腕、血出てるよ!?」

「あれ?」


 女の子に指摘されて、俺は初めて、自分が怪我をしていることに気付いた。

 流木を握っていた右腕が、結構ザックリといっている。

 あー……噛み砕かれた流木でひっかいたか。


「これくらい平気だよ。心配してくれてありがとう」

「ううん……アタシたちも、ありがとう……」

「ありがとう」


 女の子は嗚咽混じりに、男の子も震える声で、お礼を言ってくれた。

 ……頑張った甲斐があるなー、こうして無事な姿を見てると。ほっこりする。


「それより、どうして戻って来たんだ?」

「大人たちを連れて来たんだ。今、すぐ来るよ」


 男の子の言う通り、武装をした大人が数人、こちらへ歩いて来るのが見えた。

 ゆっくり移動して来るのは、多分、もうサルがいないのを確認したからだろう。


「旅の御方。我が村の子らを助けて頂いたこと、本当にありがとうございます」


 この場に辿り着くと、一番偉そうというか、品のある男の人が、一歩前に出て、座りこんだままの俺に、頭を下げた。

 思わずギョッとしてしまう。

 いや、だって、案外大人の男の人に頭を下げられないだろ?


「私は、ソコノ村の長をしております、イルフェンと申します。こちらは娘のウェンディ」

「ウェンディよ、よろしくね」

「オレは、マイケルだ。よろしくお願いします」

「ああ、これはご丁寧にどうも」


 村長さんが出て来たのか。何か、大事になってたみたいだなぁ。

 少し面喰ってしまうが、もしかするとあのサル、俺が思ってたよりヤバいヤツだったのかもしれない。

 ……良く生きてたな、俺。


「それにしても、一人でシーエイプの群れから子どもたちを逃がした上、ご自身まで逃げのびるとは……貴方は、素晴らしい脚力をお持ちなのですね」

「まぁ、偶々ですよ。運が良かった、と言うか」


 苦笑する俺に、イルフェン村長は、穏やかに笑った。

 にしても、優しそうなお兄さんだなぁ。勝ち気な雰囲気のウェンディとは、髪の色とかしか似てないじゃないか。って、今はそれはどうでも良いな。


「ところで、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「えーっと……、」


 ……困った。

 漫画とかだと、名前くらいは覚えてるって話も多いが、俺はサッパリだ。

 でも、人と関わる以上、名前が無いと困るだろう。

 今、テキトーに付けるしかないな。


「答えにくいようであれば、構いませんよ」

「あ、お気づかいなく。その、俺の名前は、」


 女の子が、ウェンディ。男の子が、マイケル。

 ……ジョン一択じゃねぇか。


「ジョンです」

「そうですか。よろしくお願い致しますね、ジョンさん」

「ああ、いや、大した人間じゃないので、そうかしこまらないでください」

「いえいえ、貴方は娘の命の恩人ですから。かしこまらせて下さい」


 なんか照れちゃう。


「村長。ご歓談中、申し訳ないのだが、早く村へ戻った方が良い」

「ん? シーエイプの気配は無いですが……危険なのですか?」


 先ほどまで、片膝をついて、ジッと砂浜を見つめていた、細身の女の人が、立ち上がるや否や、イルフェン村長にそう告げた。

 愛らしい声ではあるが、その堅さに、周囲にも緊張が走る。

 見た感じ、可愛らしい女の人、といった感じだけど、凄腕のハンターとかなんだろうか。

 そう思っていると、女の人は言葉を続けた。


「ああ。シーエイプは、極めて粘着質な性格。甘く見ていた相手に、長時間逃げられ続け、挙句、傷を負わされたとなれば、確実に報復に来るでしょう」

「報復!? え、俺にですか!?」

「その通りだ」


 女の人が、こっくりと深く頷く。

 アイツら、戻って来るの!? 俺に報復しに!?


「この状態で、村に戻っても平気なのですかな?」

「村に戻れば、私の仲間が居るので、協力して事に当たれば問題ない。ただ、このまま少人数で留まると、危険ですね」

「なるほど……。シュゼさんが仰られるのであれば、そうなのでしょうね。分かりました。すぐに引き上げましょう」


 イルフェン村長は、しっかりと頷くと、俺に向き直った。


「ジョンさん。因みに、行き先はどちらでしょう?」

「決まってません」


 俺の答えに、イルフェン村長は、少しだけ驚いたように目を見張ったが、すぐに真面目な表情に戻った。

 決まって無いってのは、妙だったかもしれない。けど、それ以外に答えようもないしなぁ。


「よろしければ、感謝の印として、御もてなしもしたいので、一緒に来て頂けませんか? このままだと、危険らしいので」

「それは、願ってもないですが……実は俺、記憶が無くて。ご迷惑をおかけしてしまうかも……」


 急いで立ち去らなければならないのは分かっているが、ここだけは確認しておきたかった。

 すると、子どもたちが左右から声を上げる。


「だったら、尚更よ。一緒に行きましょう!」

「行く当てが無いんなら、一緒に来てくれたら嬉しいです」

「二人とも……」


 胸がジーンとする。二人の優しさが身に沁みるなぁ。そのまま育ってくれよ。


「ふふ。私も、子どもたちと同意見です。何度も申しますが、ジョンさんはウェンディの命の恩人です。どのような事情があろうと、我々は貴方を歓迎しますよ」

「イルフェン村長……ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げると、子どもたちが手を握って来た。

 二人とも、嬉しそうに笑ってくれていて、俺は、その手を握り返す。

 ……俺、引き悪いっていうの、間違いだったな。超ラッキーじゃないか!


「話がまとまったのであれば、移動を。私が殿を務めますので」

「ありがとうございます。……さ、ジョンさん。我々の村はこちらです」

「はい!」


 ソコノ村……って言ったっけ? 皆の村。

 目が覚めた時は、所在ない感じで不安だったが、案外何とかなるものだ。

 俺は、まだ見ぬ村を思い描きながら歩き出した。

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