彼女と彼氏
「時間軸が違う?」
いきなり何を言い出すわけ、この人。
しかも、これ所謂後出しじゃんけんですよね。
なんでそんなけったいなことを最後に持ってくるの?!
「ちなみに聞くんだけど、何年生? 一年生がって話をしてたから二年か三年ってことだと思うけど、」
ぴっと私の胸元を指差し、
「俺にとっては、そのタイの色は一年生を示す色なわけよ」
「え? 私、二年生なんだけど」
彼が自身の鞄から取り出したネクタイの色は、私のタイとは違う色だ。
「俺も、二年生なんだよな。で、もう一つきくぜ? 今の生徒会長って学校中の皆があきれるくらいシスコンなんだけど、そっちは?」
和子の上司にあたる生徒会長。
彼がシスコンだという話は一切きいたことがない。
ふるふると首をふり、否定する。
「親友が生徒会に所属してるけど、腹黒とかいう話はきくけどシスコンってのはきいたことないよ。副会長と彼氏彼女の関係で、なんだかんだで仲睦ましいってのはきくけど」
「……こっちはな、副生徒会長は男だ。ついでにいうと、ブラコン」
それ、どこの生徒会の話ですか?
「そっちが話してくれた、金髪王子とか、年下美少年。チケットの神様にトレジャーハンターっていう人物の噂を、俺は一切聞いたことない」
「噂に疎いとか、他人に興味なんてありませんってことではく?」
「俺の所属、広報委員。しがない末席だけどな。校内の噂話にはそこそこ敏感な方だな」
同じ学校の二年生をお互い名乗るけど、全くかみ合わない情報。
これは、時間軸が違うってのはガチなのか。
「この管理棟の屋上についての噂って知ってるか?」
「う、噂? 立ち入り禁止区画っていうのしか知らないんだけど、何かあるの?」
「七不思議の場所の一つになってるだろ、ここって」
はい?
「過去と未来が交差する、ってやつ。この学校ってそういう時間軸とか異世界とか空間が揺らぎやすい場所が何か所かあるんだけど、ここってその一つなんだよな」
明子――――――――っ!
あんた、そんな危険な場所を親友にすすめやがったんかいっ!!
「あ? どした? え? 親友に景色がいいからって、この場所を紹介された? 鍵まで持ってたんなら、その噂話、そいつは知ってるっぽいよな」
あ――き――こ――さ――ん――??
ってことは、新川先生もここの危険性知ってたってことか。
二人して、たぶん、大丈夫だろって送り出したってこと?
「いいじゃないか。立ち入り禁止ってことは本来ここには来れなかったんだろ? それが、こうして俺と会えたってことでよしとしとけよ」
「ポ、ポジティブだね」
「よく考えてみろよ。本来は会うこともなかった俺達が、何かの弾みでこうして会えたんだ」
わたわたしている私を面白そうに眺めつつ男子は、からりと笑う。
「立派な、縁ってやつだろ、これ」
出会いがないとぼやいてたけど、確かに、これも縁である。
「難しく考えすぎなんじゃね? 幼馴染のことは好きなんだろ」
もちろんと、うなずく。
「好きだけど恋愛対象としては除外。一番近い場所にある好物件にときめきは覚えないけど、親友のように彼氏はほしい」
「そうですね」
「そして、そんな絶賛彼氏募集中の女子生徒の前に、同じく彼女募集中の男子生徒」
「私とあなたってことだよね」
「でも、運命の出会いっていうには、状況がちと微妙だ」
時間軸が違うっていう大問題ですな。
その前に、好きとか嫌いとか、恋愛要素という点においても問題点があると思うのですが。
「だから、ちょっとした賭けをしよう」
「……賭け?」
男子生徒はうなずく。
「どのくらい時間がズレてるかはあえて確認せずにさ、今度、会えた時にお互い彼女も彼氏もいなかったら、正式に付き合おうぜ」
「それ、必ず会えるとは限らないんじゃ……」
「だから賭けっていったろう? ちょっとした約束だけしとこうぜ。毎年、二月の第一金曜日の放課後にこの学校の、そうだな、温室で待ち合わせしようや」
「温室って、ここを卒業しちゃったら学校に入るのも一苦労なんじゃあ、」
ぺしっと、頭に軽い衝撃を受ける。
……おい、そこの男子。初対面の女子に、手刀はどうかと思うのですが?
「難しく考えるなって、お互い来年は余裕じゃないか」
「いやいや、卒業した後だって、心配してるのは」
「だーかーらー、ちゃんと申請したら卒業生なんだし学校の中に入れるだろ。やろうと思えば、色々と手は打てるわけよ」
男子生徒の言い分に、攻撃されたおでこを押さえながら唸る。
「毎年同じ日に待ち合わせしてたら、いつかは出会える筈だろ? そのもう一度出会えた時にお互いどうなってるかも、楽しみのひとつじゃないか」
確かに。
面白そうではある。
「……分かった。約束しよう。いつかまた、あなたと会えるのを楽しみにしておくよ」
「そうこなくっちゃ。……ってことで、お嬢さん、お名前は?」
「栞、市居栞」
「栞ちゃんね」
いや、いきなり名前呼びはどうなのさ。
まずは苗字じゃないの?
「未来の彼氏候補だろ? 名前で呼ばせろって」
不服そうな私の顔を見て、彼が軽く笑う。
「で、そっちの名前は?」
「海斗。苗字は味気ないからさ、海斗って呼んでよ、栞ちゃん」
「…………か、海斗くん」
くっ。浩太郎とか志信の名前を呼ぶ時は感じたことない、何かがこみ上げる。
なんだ、これ。
「よしよし。上出来上出来。さて、ちょいと失礼」
海斗くんが立ち上がり、先ほど返却されたカーディガンを再び手中に収める。
「え?」
「こちらのカーディガンをモノ質としてお預かりしとくな。なんか奪っとかないと、栞ちゃんってば約束すっぽかしそうだし」
「すっぽかさないし!? 予備があるから困らないけど、人の持ち物持ってくのはどうなのよ!?」
奪還すべく手を伸ばすも、空振りしてしまう。
「予備があるならなお大丈夫だな。心置きなくぶん獲れるというものだな」
「こらこらこらーっ!!」
「では、栞ちゃん。また、いつかの二月にあんたに会えるのをめっちゃ楽しみにしとくからな」
西側の扉に手をかけ、ちらりとこちらを振り返る。
「あ。ちなみに、フルネームは新川海斗っていうから。お互い頑張って捜そうなー」
ぱたんと閉じられた扉を見つめる。
この瞬間にたまたま出会えた彼との、結構あっさりしたお別れにぽかんとする。
情緒もくそもねえな、おい。
次、何年後に会えるかも分からないのに、軽くないか、今のは。
ん? あれ??
さらりと名乗ったけど、新川、海斗?
新川ってすごくきいたことのあるお名前なんですが……。