不審人物一人
「お嬢さん、何か悩んでるね」
明子がニヤリと笑う。
放課後の廊下をのんびり歩いていたら、親友に背後をとられていた。
「気配もなく近づいて、耳元で囁くの禁止」
この親友だけは、本当に神出鬼没なんだから。
抗議の意味で、きっと睨み付けておく。
「ごめんよ。栞があまりにも景気の悪い顔してたから、思わずね。で、その悩みを打ち明ける気はない……みたいだね」
私の表情から何かを察し、明子はふむと考え込む。
「んー……。よろしくはないのだろうけど、麗しき親友の為ならいっか」
もそもそとポケットを漁り、明子が何かを差し出してきた。
「……鍵? どこの??」
「管理棟の屋上の鍵だね」
管理棟。
そこの屋上って、生徒は立ち入り禁止の場所だね。
というか、なぜに明子はそこの鍵を所持しているのか。
「管理棟の屋上ってうちの学校で一番いい眺めなんだよ」
「……あそこが一番校内で高い建物だもんね」
「その鍵しばらく栞に預けとくからさ、気晴らししたい時に使っちゃいなよ」
「は?」
「だから、気晴らし。一回見てみなよ。本当にいい眺めだからさ。ぐるーって見てみなって壮観だから」
「いやいやいや。なんでそんな鍵を明子が所持してるの。先生にバレたらヤバいでしょ!?」
「大丈夫、大丈夫。親友を信じなさいって。いいから持ってきなって」
鍵を強引に押し付け、明子はじゃあね~と逃げていった。
「…………これを、どうしろと」
掌に光る、銀色の鍵を握りしめ、姿をくらました親友にぼやく。
せっかく頂戴したのだし、親友の助言を受けて素直に管理棟に足を向ける。
「そんなに顔に出てたのかな」
むにむにと自分の頬を撫でながら、階段を上に上にと突き進む。
こういう突飛ななぐさめ方がなんとも明子らしくて笑ってしまう。
私ってば、幼馴染といい、親友といい、優しい人達に囲まれてるよね。
管理棟は事務局や職員室、応接室など主に先生方や客人のための施設が多く配置されている別棟である。
よって、ここには先生に用事のない生徒は立ち入らないわけで、
「こら、そっちは立ち入り禁止区画だろ」
長閑に管理棟を闊歩している生徒なんて、殆どいないわけである。
背中にかけられた声に、なんて言い訳しようかなーと考えながら振り返る。
「……市居?」
「はい、二年の市居です」
そこにいたのは、和子の担任の新川先生だった。
和子が特待生制度に挑戦するのに、大変お世話になってる先生である。
ちなみに、私としては、一年生の時に副担任をしてもらった程度のご縁があるくらいだろうか。
「えーと、ですね」
どうしようか。素直に気晴らしに屋上に上がるつもりでしたって言っても、新川先生なら大丈夫かな。
一年生の時に少し関わった程度だが、この先生はかなり融通のきく人だったし。
ささやかな相談事なんかも生徒に近い目線で、親身になってきいてくれると評判なのだ。
「その鍵、屋上の。……央守に戸締りの確認を頼まれでもしたのか?」
は? 戸締り??
顔のには出さずに、手にしている鍵に目を向ける。
「そ、うです。明子……、いえ、央守さんから預かりました」
「……やっぱり、央守か。あいつだけは、本当に、」
先生がぶつぶつと何かをごちている。
明子さんや、あなた、先生にとんでもないご迷惑かけたんですか?
なにやら苦虫をつぶしたような、お顔を先生がされてるんですが。
この鍵見ただけで、明子の名前が出てくるってどういうことよ。
「あー……。まあ、……いいか。もう、そういうことにしておこう」
あ。深く考えるの放棄した。
「屋上に行くなら、ついでに西側の入り口まで行って、外側からでもいいからそっちの鍵の施錠も確認しといてくれ」
「はーい」
心の中で、言われなくても景色を堪能するために外に出ますけどね! と呟きながら首肯しておく。
「では、先生、行って参ります!」
「おうよ」
これ以上何かをツッコまれないうちに、さっさとこの場は立ち去ってしまえ。
先生に見送られながら、堂々と屋上へ向かう。
明子のいってた通り、どうにかなるもんだ。
目的地に辿り着き、かちりと音をさせながら、扉を開ける。
今日は天気も良く、二月だけども風も吹いてないので、カーディガンがいらないくらい暖かい。
親友オススメの景色を堪能する前に、屋上にあるもう一つの入り口の戸締りを確認しとくか。
「本当に、いい天気」
人気のない屋上のほぼ真ん中に佇み、空を見上げる。
「あれ?」
よく見ると、西側入り口付近に人影が見える。
生徒は立ち入りできない筈なのに。私みたいに、何かしらのツテを使用して侵入した口かな。
てことは、お仲間、ってことだよね。いそいそと近づいてみる。
「……寝てるし」
壁に寄り掛かり、その人物はすやすやとお昼寝タイムを満喫している。
寝るのに窮屈だったのか、ネクタイは外されているが学年章で同じ二年生だと判別できる。
こんな男子生徒いたっけ。
寝ているのをいいことに、そのお顔を覗き込む。
自分でいうのもなんだけど、そこまで広い交友関係結んでないし、見たことない生徒もそりゃあ、いるか。
和子とかだったら、生徒会所属していて、顔も広いからどこの誰かすぐに分かっちゃうかもだけどね。
でも、なんだろう、どこかで見たような気もしてきたような……?
いやいや。あまり観察するのもよろしくないかと、姿勢を元に戻し、当初の目的を果たすべく屋上のフェンスに近づく。
と、くしゅんと背後でかわいらしいくしゃみが聞こえた。
起きることもなく、お昼寝を継続する男子生徒に目を向ける。
そりゃあ、日陰で寝てたら冷えるでしょうよ。
彼が辿り着いた当初は日がちゃんと照っていたのだろう。
自分の手にしている、暖かいからと脱いだカーディガンを見やり、ふわりと男子生徒にかける。
「ここにいる間だけ、特別に貸出しだよ」
聞いてはいないだろうけど、恩着せがましく言っておく。
予定外のお仲間から離れて、今度こそ景色を満喫する。
うちの学校で一番高い建物だけあって、端の野球部の練習場まで隅々まで見渡せる。
「おぉ、圧巻」
気晴らしになるなる。明子、さんきゅ。
が、どこぞの金髪イケメンが待機場所に使用していた正門、年下美少年が財布を失くして泣いていた温室が視界に入ると、もやもやしたものが胸の内から出てきてしまう。
いつの間にか恋ってやつをして、青春している我が親友たち。
いいなと、私も恋してみたいと思う度に、浩太郎と志信の姿が浮かぶ。
すぐ傍にいるのは分かってる。何か行動を起こせば、変化してしまうのもなんとなく分かってる。
ただ、あの二人は、幼馴染であり、家族、なんだよね。
恋人とか、彼氏とか、そんな甘い関係すっとばして、身内になっちゃってるんだ。
今さら、なんだよね。
「あぁ――――……、金髪イケメンやキラキラ年下美少年じゃなくていいから、私も彼氏が欲しいぃぃ。」
フェンスに寄り掛かり、ため息とともに、誰にもこぼしたことない本音をぶちまける。
親友二人みたいな、レア物件でなくていいんです。
キラキラとかしていなくてもいいから、誰か私に彼氏をください。
彼氏までもってくのは自分の力でどうにかしてみるから、出会いをくーだーさーいー。
「……ぷっ、何だその心の叫び。例えもピンポイント過ぎるし」
こらえきれないとぶはっと、人の発言に笑いながら、さっきまで昼寝していた男子がこちらを見ていた。
「心からの叫びだけど、何か文句ある?」
きかれてしまったものは仕方ないと、開き直った私の返答にさらに彼の笑いが深くなる。
これが、私と、彼とのファーストコンタクト。