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入れ替わりの王子  作者: りんご
6章 産声
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-23-

 今、ジブリールの目の前には老婆と、小さな女の子がいる。二人はこの藁葺きの家の中で時折こちらを向き、冷たい視線を投げかけ、そしてまた自分の作業に没頭する。

 二人が作っているのは出店で売る小さな雑貨らしい。それを、糸と細長い木の棒を使い器用に編んでいた。すると、外と通じる木の扉が勢いよく開き、そこから赤毛のミス・バークリーが姿を現した。ミス・バークリーは素早く扉を閉め、ジブリールににじり寄った。


「殿下、ニュースがあります」


 すると、老婆が怪訝な表情を浮かべた。そして、また溜息をついた。毎日毎日ジブリールは、この老婆の溜息を聞いてばかりいた。ミス・バークリーが金切り声をあげた。


「かあちゃん! 毎日毎日なんでそんな溜息ばかりつくん!?」

「あんたはわかっとろ」

「殿下をお匿いすることにかあちゃんは、うん、と言うとったじゃろ!」

「あんたも狙われたって聞いたからじゃ。でもどうじゃ、三下のあんたなんか誰も探しとらん。今の王子の、え~なんといったかの」

「キティグ」

「そうそう。そのキタグとやらは、そこのジブリール様の首だけがほしいんと違うか? となるとワシらには関係ない話じゃろ。違うか?」

「そのことは、もう何べんも話したじゃろ!」とミス・バークリーが声を荒げた。ミス・バークリーの妹ルルは、この騒ぎに我関せずの態度を貫き、黙って糸を走らせた。

 しかし、本人を目の前に、ここまでズケズケと言う人間も珍しい、とジブリールは思った。それにこの訛りだ。これはどうやらミッドランドの西部マーオカのという土地の訛りらしく、えらく攻撃的に聞える。いや、実際この老婆は攻撃的であった。老婆は時折、このようにジブリールが死のうが生きようがまるで自分には関係ない、といった言葉を発し、その度にミス・バークリーとぶつかり合っていた。ジブリールといえば、自分の父親に怒られた時以上に神経をすり減らしていた。老婆が小さい女の子に向かっていった。


「ルルもリリになんかいうことあるじゃろ」


 ミス・バークリーの本名はリリという名であった。妹のルルは「別に……」といったあと数秒あいだを置き「極潰しが二人に増えただけじゃ」といった。

 目の血走ったミス・バークリーは妹の胸ぐらをつかんだ。ジブリールはそれを慌てて制止した。

「まて、二人とも落ち着くのだ。そうだ、ミス・バークリー、君はさきほどニュースがあると僕にいわなかったか?」


 あ、そうだった、という表情をしたミス・バークリーは、妹の胸ぐらから手を放し、ジブリールの顔に自分の顔を近づけた。


「殿下、この間、民兵隊の隊長が決まる儀式をしていたので、どこかと戦争になるかもしれない、というお話をしたばかりでした」

 ジブリールは首を縦にふった。ミス・バークリーは続ける。

「たぶん相手がわかりました」

「どこだ?」

「敵は恐らくガード家とその背後にいる者」

「なに?」

「偽物の殿下、つまりキティグの傍若無人な振る舞いによって、ガード家は家を率いる者を失いました。ガード宗家の決定は、ザグゼインの妻であり、アハトの娘でもあるアゼシナ=ガードを当分の間当主に据えるというものだったそうですが、アゼシナ様の指図に従わない者が現れました。それがガード家の騎士ビショップです。ビショップ殿は元々アハト様の有力な家臣で、アハト様の領地経営の実務を取り仕切っていた方でした。それが男子でないのならば正当な後継者とはいえない、と言い張り、三代前の外孫にあたるまだ8歳のルーク=ガード様を担ぎあげたらしいのです」


 ジブリールはここまで聞いていたが、少し意味が分からなかった。


「すまないミス・バークリー。もう少し簡潔に説明してもらえるか?」

「え~と、その……、つまりです。サー・ビショップは幼いルーク=ガード様を担ぎあげ、今度こそ本当にあの国に援助を求めたのです。あのウォーラ国に」

 ジブリールは息をのんだ。

「つまり、今度戦争をする相手は、あのウォーラ国なのか?」

「そういうことになります」


 ミス・バークリーの返事にジブリールはうなずくと、少し天井を見上げ、それから首を横にふった。


「だが、今どこで何が起ころうと、僕達には関係がない。僕等の敵はウォーラ国ではなくキティグだ。あいつを追い落とす方策を探らねば」

「それでございますが……。殿下、私がニュースと言ったのはここからでございます」

 ミス・バークリーは二つの石をポケットから出し、床に置いた。

「殿下、通常、戦がおこった場合どうなされますか?」

「それは……」とジブリールはいった。「まず軍が編成され、次に総大将が決まり、目的の地点まで向かうだろうな。そして、そこで戦を行う」

 ミス・バークリーはうなずいた。

「それで……、その総大将とはどのように決まるのでしょうか?」

 この問いにしばしジブリールは沈黙する。

「そうだな……。小さな軍隊であれば他の貴族が率いる場合があるが、大軍であれば率いる候補は二人しかいない」

「それは、誰と誰にございましょう」

 ジブリールは当然のように言った。


「僕か父上のどちらかだ」


 ここでミス・バークリーは二つの石をつかんだ。

「殿下と陛下が一緒に出陣する事はありえないのですか?」


 この問いにもジブリールは当然のように答えた。

「それはありえない。これは古来からの習わしでな。一度の戦いで当主と後継者が死なぬように、どちらか一方しか戦場には参加せぬことになっている。だから父上が戦場に行くなら留守は僕が。僕が戦場に行くなら父上が留守を預かる。そういう仕組みになっている」


 ここでミス・バークリーの口元がニヤついた。

「やはり、そうだったのですね」と言ったあとミス・バークリーは石を片方だけ掴み遠くに置いた。

「片方が戦場にいけば、もう片方は王都に留まる。逆もまた同じ」

 今度はもう片方の石を遠くに置き、先ほど遠くに置いた石を手前に引きよせた。

「どちらにせよ。両方の石は離れる」とミス・バークリーは満足そうにいった。ここまで言われてジブリールもやっと意味が分かった。


「キティグと父上が離れる、ということか」


「その通りでございます。もしも、でございますが……。両者が離れてバルバレア陛下に直接対面する事がかないましたなら。キティグを偽物と説得する機会も訪れるのではありませんか?」


 ジブリールは息を飲んだ。


 ――盲点だった。


 今までキティグがいるから王宮に赴くのは危険だと考えていた。だが、キティグがいないのであれば、その隙に父上に会える可能性は十分にあるようにジブリールには思えた。それに、恐らく軍を率いる総大将に父上がなるのであれば、行軍の途中にほぼ確実に会う機会は訪れるだろう、とジブリールはにらんだ。


「これは素晴らしい策だぞ。本当に素晴らしい策だぞミス・バークリー!」と言ったあとにジブリールは気づいた。「まて、父上が総大将である場合は、父上に近づくことが出来るかもしれないが、逆であればどうする?」

 このジブリールの質問にミス・バークリーは「え?」と言った。間髪いれずジブリールは続ける。

「つまり、キティグが総大将となって父上が王宮に残る場合だ。そうなったら、父上に会うためにはあの王宮の巨大な門を突破しなければならない。つまり、あの邪な心をもった門番達をどうにかしなければならないのだ。元々僕はあの門番を突破できなかったことで王宮の中に入る事ができなかった。だからこのような状況にまで追い込まれているわけだ。ミス・バークリー、君はそこを突破するための計画はあるのか?」


 この問いにミス・バークリーは黙りこんでしまった。ジブリールは下を向き、妹のルルは溜息をついた。顔面を紅潮させたミス・バークリーが妹のルルを睨んだ。

「何なん?」

「はぁ……。ねえちゃんの計画ってどっかに穴がある。いっつもそればっかりじゃ」

「はぁあああ!?」

 怒ったミス・バークリーはまた妹の胸ぐらをつかんだ。

 この毎度行わる姉妹喧嘩を見て止める気もおこらなかったジブリールは眉をハの字にさせ、手を伸ばし、片方の石をひょいと持ち上げた。


 ――こうなれば、もう父上がガード領に赴く軍隊の総大将になることを祈るしかないな。

 自分達に追い風が吹くのか、向かい風が吹くのか。神のみぞ知る所であった。


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