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青とオレンジの記憶  作者: 春山 灘
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間に合わなかったプレゼント【綾視点】

「綾、お客さん迎える時みたいに『いらっしゃいませー』って言ってみて。せっかくこの格好なんだしさ」

「え、……い、いらっしゃいませ……」

「なんか違うなぁ。ほら、会社で電話する時の声。あんな感じで」

「いや無理だよ。思いっきり自宅だもん」


結局、莉子に渡すための絵はこの日には間に合わなかった。ほぼ完成と言えるくらいまで描き上げてはいるけど、まだ私自身納得が行かないのだ。


そのことを聞かれたら何て答えればいいんだろう。正直、あんなこと言わなきゃ良かったと今さら後悔している。


でも、あの時は、莉子が私の特別なんだってことをどうしても伝えたかった。莉子の突然の涙が私をそうさせたのだ。


「あ、これ美味しい! やっぱり莉子料理上手いね」

「そう? 喜んでもらえて嬉しいな」

「あ、雪だるま? かわいいね。食べるのもったいない」

「そういうのは目を閉じて食べるんだよ。ひよこ饅頭とかもさ」

「食べない方がもったいないもんね。じゃあ最後に食べる」

「ふふ、綾は最後派だからねぇ。先に食べた方が絶対美味しいのに」


この前莉子が急に私の部屋に来たいと言って絵の相談をされた時、もし描きかけの絵を莉子に見られたら……と本当にハラハラした。まぁ、隠し事が苦手な私にしては上手く誤魔化せたと思う。


「それにしても髪型も凝ってるなぁ。毛先巻いたんだ?」

「うん。久しぶりにやったから手間かかったよ……」

「へー、化粧も普段と全然違うね。今さらだけど思った以上に美人だわ……」

「イメージ全然違うでしょ?」

「うん。別人みたい。惚れ直したよ」

「そっか。 あんまり女女してるからちょっと引かれるかと思った」


そう言ってもらえたら頑張った甲斐がある。

実は、このコスプレ? を莉子に頼まれてから、本人の前では躊躇うそぶりを見せつつ、莉子がどんな反応を見せるか密かに楽しみにしていた。


というか、よく見たら莉子もいつもとイメージが違う。いつもは私と同じようにナチュラル寄りの化粧なのに、今日は色気のある大人びた色を目元や唇に入れている。


今日の私に合わせてくれたということなんだろうか。


「でも中身は普段通りだね。喋り方変えたら完璧なのに」

「……無理だよ。そんなことしたら今日の生命力全部使い果たす」

「じゃあバイトは命がけでやってたんだね」

「ある意味当たってるね」


莉子が作ってくれたオードブルをほとんど食べ終え、コタツで暖を取りながら2人でシャンパンを酌み交わす。


莉子が紙箱から取り出したケーキに喜ぶ私と、それを見て満足そうに微笑む莉子。


少し滑稽だけど、日本人のクリスマスなんて大体こんなものだ。


「当時の彼氏には水商売してたこと話したの?」

「いや、内緒にしてた。レストランのバイトとか適当にごまかしてたよ」


ここに来てもやっぱりこの話題は出てくる。


でも、莉子の疑問も当然だと思う。

別にやましいことは何もないけど、あまり人に話せるような仕事ではない。交際相手ともなれば尚更だ。


「言えないよね。男の人に人気あったでしょ?」

「まぁそこそこ」

「だよねぇ。仕事中に口説かれたりしなかった?」

「あはは。スナックだからおじさんばっかりだったけどね。でもそういう時は朱美さんが割って入ってたよ」

「いいね朱美さん。会ってみたくなったなぁ」


莉子がこう言う時は本当に会いたい時だ。

未だに人見知りが強い私には、この社交性が心底羨ましい。


「じゃあ、今度一緒に遊びに行く?」

「え、行きたい! いいの?」

「いいよ。高速使えば1時間くらいで着くし」

「あ、そっか。綾の実家の方なんだね」

「うん。でも機会があったら莉子を地元に連れて行きたいと思ってたからちょうどよかったな」


すると、莉子の表情が一瞬曇った。


「……え、実家に連れて行くの?」


何か誤解させてしまったらしい。

そもそも、私自身にまだそんな勇気はない。


「いや、両親とはあんまり会いたくないから実家には黙って行く。どっか旅館でも泊まろうよ」

「……いいの? あんまり帰らないんでしょ?」

「年末だけでお腹いっぱい。また見合い話されるからイヤなんだよ」

「なるほどね。……ところで、源氏名なんだったの?」

「ハルカだったな。一応身元がバレないように全然関係ない名前で」

「その名前で呼んでいい?」

「それはイヤ!」


お互いの笑い声が部屋に響く。


その笑い声が消えた時、部屋が急に静かになった。


コタツの向こう側から、莉子が少し酔ったような赤い顔で私の顔を見つめている。


いつもと違う化粧を施した顔でそんなふうに見つめられ、私の胸は鼓動を速めていた。






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