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青とオレンジの記憶  作者: 春山 灘
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それぞれが持つ色【綾視点】

『仕事中に綾のことばっかり考えちゃってさ。近くにいたら触りたくなるし』


あの日から気持ちが浮ついているのは私も同じだ。


どちらかというと恋愛に淡白な自分がここまでのめり込んだ相手は莉子以外にはいない。


初めて触れた肌の柔らかさが頭からずっと離れない。

2人きりで過ごしている時、気を抜くと莉子に触れてしまいそうになる。


「莉子、県立植物園って場所知ってる?」

「うん。入ったことないけど結構その辺行くからね」


長年そうして来たからか、すでに遠慮の必要がなくなった今でも、安易に触れないようにと常に気を張ってしまう。


でも、その方がいい。

そういうことが当たり前にならない新鮮な関係をできるだけ長く保ちたい。莉子とは特にそう思う。


「今日天気いいねぇ。2人で一緒に出かける時ってあんまり雨降らないよね?」

「莉子が晴れ女なんだと思うよ。じゃないとこれだけ高確率で晴れる理由が説明できないし」

「綾が晴れ女っていう可能性は?」

「私は性格的に違う気がする」

「ふふ、たしかに。どっちかっていうと私か」


莉子は私にとって晴れ女。太陽みたいな存在だ。

明るい性格だからというのももちろんだけど、少し落ち込んだ時に物事を暗い方向に考えがちな私をいつも暖かく照らして気分を明るくしてくれる。


私にだけじゃない。

誰に対しても明るく、優しく、時には本音で厳しく接するから、周りの人たちは莉子を慕うし、信頼して付いて行く。


「え、これバナナ? 実際現地にこういうのあるのかな?」

「ホントだー。でっかいイモムシが集合してるみたい」

「……莉子、わざと?」


こうやって私をからかっている時の楽しそうな笑顔も、会社で見せる厳しい顔とは別人みたいに無邪気で、つまらない大人になってしまいそうな自分を童心に返らせてくれる。


私に足りないもの、見習うべきところを沢山持っている莉子と、できればこの先もずっとこんな関係のままでいたい。


莉子もそう望んでくれているなら、私はこの関係を絶対に壊したくない。


「クリスマス展かぁ。もしかして綾、これも目的だった?」

「ん? たまたまだよ。まだクリスマスには早いからこんなんやってるの知らなかったし」

「そっか。てっきりまたロマンチスト発動してるのかと思った」

「なんなのそのイメージ……」


莉子は最近、私のことをよく『ロマンチスト』と言う。


私自身にも自覚がない訳じゃない。

現に今も、そう言われても仕方ないようなことを考えている。


莉子が見ているポインセチアの隣。

いま私は、淡いオレンジと白のグラデーションが目を惹くシクラメンを見つめ、隣に立つ莉子の姿と重ねている。


今まで莉子の前では口に出したことはなかったけど、私の中で莉子のイメージはずっとこのオレンジ色だった。


強い色じゃなくて、このシクラメンみたいな淡い優しい色。ここまでしっくり来る色はここで初めて目にした。


「莉子の色だね」


自然とこう口に出していたのはそのせいだ。


「口下手だよね、ホントに」


そう言って笑う莉子は、私をからかうようなそぶりを見せつつ、どこか嬉しそうだった。


ーー


その莉子がまさかラブホテルに行きたいなんて言い出すとは思わなかった。


「この辺で見た気がするんだけどなぁ……、あ、あった! あれそうじゃない?」

「ん? あの派手な看板?」

「うん。あそこに向かって」


莉子は、私の過去の話を聞きながら、助手席から私に道を指示する。


私も当然分かっている。

私たちはもういい大人だ。お互いその年齢なりの経験はして来ている。


「でさ、その彼とはどういう馴れ初めだったの?」

「新歓コンパだよ。大学の」

「へー。同じ学部の?」

「うん。工学部でさ、私はデザインだったけど彼は機械工学の方で」


だけど正直、莉子の前でこんな話はしたくなかった。

でも、莉子に嘘をつくことの方が嫌だ。


「じゃあ、大学時代はその彼とずっと付き合ってたんだ?」

「うん」

「……やっぱり綾は一途だね。だから私のことも5年間も想ってくれてたんだ」


私の話に気を悪くすることもなく、むしろ楽しそうに聞いている莉子は、やっぱり私と違って現実を直視できる大人だ。


私は、そんな莉子が自分を求めてくれることが心から嬉しかった。


夢中で私を求めてくる莉子の耳元で何度も名前を呼び、縋り付いてくる身体を両腕でしっかりと抱きしめた。


そうやって、久しぶりに触れた莉子の柔らかさに心を癒された私は、過去を打ち明けてしまった複雑な気持ちをすっかり忘れ去っていた。


「あー、もう……。なんか好きだとかそんな言葉じゃ表せないな。綾とこのままずっとこうしてたい気分」

「うん、私も。ずっとここにいる?」

「巨額の借金背負うことになりそうだけどね。……あ、綾の貯金で返せるか」

「……雰囲気ぶち壊しだね」


普段とは違う広いベッドに2人で寝転び、普段通りのたわいない会話に2人で笑い合う。


こんな関係も実は気に入っている。


「そうだ綾、そういえばクリスマスプレゼントどうする? 今さらあんまりサプライズって感じじゃないよね?」

「またそういう倦怠期みたいなこと言う……。私たち付き合いたてだよ?」


「あ、ごめんロマンチストさん。うっかりサプライズ無効にしちゃった……」

「あはは。別にいいよ。もう十分貰ってるから」

「ん? 何かあげたっけ?」

「莉子だよ」

「……さすがに爆笑していい?」


爆笑と言いながら嬉しそうに微笑む莉子。


その肩をもう一度抱くと、莉子の両腕がそれに応えるように私の身体に回った。


「爆笑されてもいいよ。私の本心だから」


莉子は私の胸に顔をうずめたまま何も言わない。

私の身体に回った腕にギュッと力が入る。


胸元から、微かに鼻をすする音がした。


「……え、莉子?」

「ごめん……、なんか急に……」

「え、私なんか変なこと言った……?」


突然の涙に慌てていると、莉子の両手が私の頬を包み込んだ。


そして、その両手の指先が、無防備な私の頬をギュッとつねった。


「い……痛いよ莉子。何すんの……」

「やっぱり悔しい」

「……え? 何が?」

「元カレはこんなことしなかったよね?」

「する訳ないじゃん……。っていうか痛いってば……」

「じゃあ私しか知らない顔だ。勝ったね」


莉子はそう言い、私の頬をつねっていた指をやっと離した。


“口下手だね”


莉子は、感情を言葉で表現することが苦手な私をそう言ってからかう。


口から出そうになった言葉を飲み込み、まだ涙が乾いていない頬にそっと手で触れた。


「まぁ、プレゼント用意しとくからさ」

「ん……? 別にいいよ。私も綾がいればそれでいいから」

「いや、いつか渡す。クリスマス過ぎちゃうかも知れないけど」

「え、何くれるの?」

「誰にもあげたことないもの。今はそれだけ言っておく」

「……うん。聞かないでおくよ。待ってるね」


ーー


その後私は、部屋で一人になる度に莉子のイメージを筆に託した。


一度は描くことをやめた莉子の絵。

全体の基調となるのはやっぱりあの色だ。


小さなキャンバスに色を乗せながら、何か足りないものがあることにふと気付く。


それは、私の色。

今の莉子を描くなら、今の莉子の想いをこのキャンバスに乗せたい。


でも、私は莉子の中の私のイメージを知らない。


その答えは、莉子が後日会社で教えてくれた。


「あれ、莉子。おつかれ」

「……あ、すごいタイミング。ねぇ綾、6年の時を経て全ての謎が解けたよ」

「え、謎? ……なんの?」


場所は会社の女子トイレ。


開いた窓から外を見ていた莉子が、唐突に訳の分からないことを言い出した。


「イモムシだよ。あの時どこから入って来たのかってずっと思ってたんだけどさ」

「……いや、なんでそんな謎解いてんの。別に知りたくないよそんなの」

「そう? この窓の外に木があるでしょ? そこに葉っぱがあるじゃん?」

「もう説明してるし……」

「ほら、葉っぱにイモムシがいる」

「ひっ……!! 莉子、もう分かったから! それ以上の解説はやめて……!」


必要以上に取り乱す私と、それを見ながらクスクスと笑う莉子。


6年前と同じ光景。

私たちは変わらない。


「ホントに嫌がるなぁ。別にこんなちっちゃいの怖くないでしょ?」

「それは人それぞれです……」

「綾みたいで可愛いのにね」

「……それさ、私みたいってどういうこと? そんなに私モソモソしてる?」

「それもそうなんだけど、この色合いも綾っぽいんだよね。緑がさ」


どうやら私の色は『緑』だったらしい。


こんな形で知らされるのは想定外ではあったけど、それが莉子のイメージなら私は受け入れるしかない。


「それって単に私のインナーの色なんじゃないの? こういう色よく着てるし」

「あ、それでか。納得」

「緑やめようかな……」

「え、似合うからそのままでいいよ。ごめん、もういい加減イモムシ封印するね。嫌がるし」

「それは助かる」


ロマンチストとリアリスト。

相容れないようでいて、私たちは案外バランスがいい。


そんなことを考えながら、私はまた、1人の部屋で小さなキャンバスに筆を向けた。




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