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青とオレンジの記憶  作者: 春山 灘
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その後の話③ お食事処 昇龍軒【綾視点】

私が最近気に入っているラーメン屋『昇龍軒』は、駅前商店街の路地裏にある小さな店だ。


この店は味噌ラーメンが美味しいと地元では評判の老舗。表通りからは見えない立地にも関わらず、昼時を過ぎたこの時間でも店の外に行列ができていた。


「久しぶりに来たなぁ。楽しみ!」

「ふふ。綾ってラーメンのこととなるとテンションが違うよね」

「え、そうかな?」

「うん。でもさ……」


会話しながら行列の最後尾に付くと、莉子はさりげなく私の脇腹を指でつまんだ。


思わず周りを見回し、私の腹肉をつまむ莉子の手を握り返す。


「ん? どうしたの?」

「これって前からこうだっけ?」

「……最近ちょっと増えたかな?」

「ふふ、やっぱりね。まぁ綾は少し太った方がいいけど、あんまり太ると悲しむ人がいっぱいいるよ?」

「えっ! 莉子も?」

「急激に太ると健康面は心配になるかなぁ。だからちょっとだけ気を付けてね」


莉子は私の目を真っ直ぐに見つめてそう言った。本当に私のことを気遣ってくれているのを感じる。


「……うん、ありがとう。最近食べ物が何でも美味しくてさ、ダメだと思いながらもついつい食べすぎちゃうんだよね」

「そういえば最近よく食べるもんね。何かあった?」

「ん? ……幸せだからだよ」

「え、なに? ボソボソ言っても聞こえないよ?」

「帰ったら話す。今はラーメンに集中したい」


ようやく私たちに順番が回ってきて店内に入ると、「いらっしゃいませ!」と威勢のいい女性の声が響いた。低くボソッとした男性の声がそれに続く。


お客さんで一杯になった狭い店内は、ラーメン屋特有の熱気に満ちていた。肌に熱気を感じ、私のラーメン欲は高まっていく。


券売機で買った味噌ラーメンの食券をカウンターに差し出すと、カウンターの向こうで調理している若い女性店員が、「空いているお席にお座りください」と私たちに声をかけた。


厨房で作業しているのは、この女性と、いかにも職人っぽい無口な中年男性。2人のやり取りを見る限り、どうやら女性の方がこの店では立場が上のようだ。


2人用のテーブル席でなんとなく厨房の様子を眺めていると、セルフサービスの水を持って来てくれた莉子が、女性店員の方をジッと見つめながら私にコップを差し出した。


「ありがとう」

「うーん。やっぱりあの人……」

「莉子、どうしたの? あの店員さんと知り合い?」

「……のような気がするんだけど、昔の知り合いがここに住んでるとは考えづらいんだよね。地元と離れてるし。でも前回来た時もなんとなく……」


少しした頃、女性店員がラーメンの乗ったトレイを持って私たちの所へやってきた。

「お待たせしました」の声に莉子が振り向き、店員の顔を見つめた。


「あっ」

「あっ」


2人は顔を見合わせて同時に声を上げた。

お互いに少し驚いたような表情を浮かべている。

どうやら莉子の予感は当たっていたようだ。


「莉子ちゃん?」

「うん。やっぱり真由美ちゃんだよね?」

「うんうんうん。えっ、すごい。こっち住んでるんだっけ?」

「そうそう。就職先がこっちで。そういやそのうち実家継ぐって言ってたっけ。ここだったんだ?」

「そうなんだよ。5年前に親父が死んでさ。色々苦労したけど、まぁこの通りなんとかやってるよ。……あ、ごめん後でね」

「あっ、邪魔してごめんね!」


会話からすると2人は学生時代の知り合いらしい。莉子の故郷はここから結構離れている。こんな偶然はなかなかないことだろう。


「やっぱり知り合いだったみたい」

「スッキリしたじゃん」

「うん。真由美ちゃんとは、大学時代に同じ学科だったんだ。特別仲良かった訳じゃないんだけど、友だちグループで付き合いがあった感じでね」

「そっか。にしてもすごい偶然だね。こんなことあるんだなぁ」


ーー


私の身体を気遣ってくれる莉子の気持ちを受け、私の食生活はこれまでよりもずいぶん健康的になった。


麺類はなるべく控え、会社の食堂ではA、B、C定食のローテーション。今日は意表を突いてカレーライスにしてみた。これもなかなか美味しい。


「あのあと真由美ちゃんと連絡取ったんだけどさ」

「……ああ、昇龍軒の?」

「そうそう。なんかさ、綾のことすっっごく気にしてた。『あの人何者!?』って」

「え、なんて答えたの?」

「『会社の同僚兼心の友』って言っておいたよ」

「……心の友? まぁ間違いじゃないけど」

「あ、あとさ」

「ん?」


莉子が正面の席から意味ありげな視線を向けてきた。


不敵な笑みに少し戸惑っていると、莉子がスマホをいじり始め、その画面を私の目の前に突き付けた。


「『昇龍軒スペシャル味噌ラーメン20杯分無料券(1杯につき餃子1皿付き)』。欲しくない?」

「えっ! そんなの欲しいに決まってんじゃん! まさかくれるって?」

「『店のロゴデザイン一新したいんだよね。もっとモダンな感じに』とか言ってたんだけど」

「もちろんいいよ!」

「決断早っ!」


その後、莉子の付き添いでスポーツジムに通うことになった。通勤途中の道沿いにあるから通い易くて助かっている。


運動で流す汗は爽快なものだ。

でも、走るのが嫌いで筋トレばかりしているせいか、最近無駄に筋肉が付いた気がする。


「スーツ買い換えないとダメかも」

「え、あれだけ運動してるのに太ったの?」

「いや、筋肉が……。腕がキツい」

「……それはマズいね。これ以上綾がカッコよくなったら……!」


結局、私は何をしても莉子に心配をかけてしまうらしい。でもそれだけ愛されているという証拠だ。このまま気が緩んで太ってしまわないように気を付けようと思う。





おわり

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