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青とオレンジの記憶  作者: 春山 灘
18/20

その後の話② マジでリスペクト【莉子視点】

食堂の一番奥のテーブルは大体私たちの定位置だ。


入社したての頃、綾は毎日この席に1人でポツンと座り、涼しげな顔で静かにうどんをすすっていた。


同僚たちとの会話の合間に、私は時々、一番奥のテーブルにいる綾を見ていた。


っていうか、なんで毎日うどんなんだろう。

そんなにうどんが好きなんだろうか。


綾を見るたびにそう思っていて、後で仲良くなってから聞いてみたら、『食堂のメニューの中で一番安いから』と返ってきた。そのせいで綾のために料理を作るようになったのだ。


最近は味噌ラーメンがお気に入りらしくて、ホントは毎日食べたいとか言ってるけど、綾の身体のことを考えて私が週2制限を与えている。


だから、解禁日の今日、綾はやっぱり味噌ラーメンをすすっている。


「え? 畠山さんと?」

「うん。なんか綾と一緒に飲みたがってるからさ」

「別にいいけど、私なにも話せないよ?」

「綾は居てくれるだけでいいんだよ。飲み代私が出すから」

「でも、なんで? 莉子イヤがってなかったっけ?」


目の前で美味しそうに味噌ラーメンを食べている綾に、畠山くんと3人で飲みに行こうと打診してみた。


綾の元カレのことで落ち込んでいた時、私に一歩踏み出す勇気を与えてくれた彼には、いつか何かお礼がしたいと思っていたのだ。


周りの人に聞かれないように小声で事情を話すと、予想通り綾の箸が止まった。


「……えっ!? じゃあ、畠山さんに私たちの関係を……!?」

「いや、彼氏っていう設定で話したから大丈夫。頭こんがらがったけどね」

「そっか……。まぁ、そういう事情ならね。ところで莉子、今度また昇龍軒行きたいんだけど」

「え、またラーメン?」


食堂から事務所に戻った私は、さっそく畠山くんを飲みに誘うことにした。


席に座ってスマホをいじっている畠山くんに近付くと、何やらブツブツ文句を言いながらスマホを凝視していて、今はなんだか話しかけづらい。


どうやら畠山くんはゲームに熱中しているらしい。さっきから『ヤクマンセンニン』とか『メンタンピンドラドラウラドラ』とか訳の分からない呪文を唱えている。


「ねぇ、畠山くん」

「え? なんすか?」


思い切って話しかけてみると、私の方を向いた畠山くんは思いっきりしかめっ面だった。

やっぱりゲームの邪魔はするもんじゃない。


「あ、あのさ。今週の金曜って空いてる?」

「え、はい。また飲みのお誘いっすか?」

「うん。今度は桜木綾も一緒に。どうかな?」

「……えっ? マジっすか!?」


綾の名前を聞いた畠山くんは、予想通り目を輝かせて「マジで嬉しいっす!」と言いながら大喜びした。


ちょっと微妙な気持ちになったけど、これだけ喜んでもらえたなら誘って正解だった。


「……はっ! ヤバいっす……!」

「えっ? どうしたの?」

「うっかりキケンパイ捨てて……」

「ん? ゲーム?」

「うわあぁーー!! おのれヤクマンセンニン!!」


という訳で、3人分の飲み代と代行代は例によって私持ちということで、金曜の夜に例の居酒屋へ。


最近こういう出費が多い気がするけど、そんなことを気にしていたらバチが当たる。


居酒屋で座敷に通されて、綾が私の隣に座り、畠山くんは私たちの正面に座った。


「じゃあ、2人とも好きなだけ食べて飲んで!」

「あ、はぁ」

「悪いね莉子」

「いえいえ。とりあえず生3つでいい?」

「あ、はぁ」

「いいよ。あと枝豆と揚げ出し豆腐頼んでいい?」

「了解。畠山くんは?」

「あ、はぁ。じゃあもろきゅうで」


そういえば、綾と畠山くんは喋ったことはなかったっけ。なんか2人とも緊張しててちょっと面白い。


とりあえず注文した枝豆とビールとその他が揃ったところで3人で乾杯となった。


「綾、畠山くんってお酒強いんだよ。この前びっくりしちゃった」

「あ、そうなんですか。私は弱いので羨ましいです」

「え、はぁ。意外とはよく言われるんすけどね」


でもなんか、綾はともかくとして、何故かさっきから畠山くんのテンションが低い。一緒に飲みたがってたはずの綾と目を合わせようともしないし。


もしかして、喜んでいたのは建前だったんだろうか。

だとしたら余計なことをしてしまったかも。


「畠山くん、なんか元気ない?」

「え、いや。ちょっと緊張しちゃって」

「え? 綾がいるから?」

「まぁ、そうっす。ずっと桜木さんリスペクトしてたんで」

「リスペクト?」

「だってあのカリスマデザイナーの桜木さんっすよ? 目の前にいたらそりゃ緊張しますよ」


隣の綾を見ると、枝豆を喉に詰まらせたのか、自分の胸を叩きながらゴフゴフ言っている。


さすがにカリスマとかリスペクトとか大げさなことを言われてびっくりしたんだろう。


「みんな誤解してるみたいだけどさ、綾はそういう人じゃないよ。ね?」

「ごほっ……あ、うん。私なんて枝豆詰まらせてる豆女なんで。そんなに緊張しないでください」

「いや、枝豆詰まらせてる桜木さんもマジ綺麗っす!」


やっと畠山くんの目に光が宿った。

たしかに、綾はコタツでヨダレ垂らして寝てても綺麗な女だ。畠山くん的な言い方をするとマジでズルい。


「でも案外庶民的で親近感わきました。枝豆なんて眼中にないと思ってたんすけど」

「綾の好物教えてあげて」

「え……。味噌ラーメン」

「えっ!? 俺もっす! 今度昇龍軒行きませんか?」

「ダメ! 綾が太る!」


そこから畠山くんは緊張が解けたらしくて、調子に乗って綾に色々質問し始めた。

そして、絶対聞くだろうな……と思っていたら、やっぱり。


「桜木さんって彼氏いるんすか?」

「え、彼氏? まぁ、いるにはいますが」


『彼氏』じゃなくて『彼女』だけど。

なんか、綾の顔が少し赤い。綾のビールはまだ3センチくらいしか減ってないけど、これでも赤くなるって一体どれだけ弱いんだろう。


「そっすよねぇ。でもどんな人なんすか? 桜木さんに釣り合う人って想像できないんすけど」

「……うーん。尊敬できる人、かなぁ」

「マジすか!? あの桜木さんがリスペクトする彼氏とかマジリスペクトなんすけど!」

「でしょ? もっとリスペクトしなよ」

「え、なんでそこで真下さんが入ってくるんすか」


やばい。

ついうっかり話に入ってしまった。

私もたぶん酔ってるんだろう。気付いたらビールがほとんどなくなっている。


まぁ、どうせ酔っ払いの会話なんて無茶苦茶なものだ。言いたいこと言ってやれ。


「だって畠山くん全然リスペクトしてくれないんだもん。いっつもウキウキとかフツーとか触れちゃいけないとか私のことからかってさぁ」

「いや、真下さんのこともある意味リスペクトしてますって。課長も褒めてましたよ?」

「どうせこの前の企画会議のことでしょ? なんか逆に微妙な空気になってたけどさぁ」

「そっす。創業史上2番目の逸材に成り下がったって言ってました」

「2番目!? 褒められてるのか貶されてるのか分かんないよ」

「……あの、何の話?」


綾が枝豆を齧りながらボソッと言った。

うっかり綾を置いてけぼりにしてしまったことに気付いて、赤くなった頬を優しくつまむ。


「あ、ごめん。絵の話だよ。綾のおかげで上達したって話」

「ああ、なるほどね。そういえば噂になってたな」

「え、桜木さんに教えてもらったんすか!? じゃあ俺も」

「ダメ! 桜木先生は私専属だから!」

「えー、いいじゃないすか。真下さんズルいっす」


また子どもの言い合いみたいになった私たちを見て、綾がフッと吹き出した。


「仲のいい兄弟みたいだね。ホントに面白いわ」

「え? 別に仲良くないよ。ただの隣の席の人だし」

「え、なんか冷たいっすね……。俺マジで真下さんのこともリスペクトしてんのに……」

「そうなの? どの辺を?」

「だっていっつも明るいじゃないすか。落ち込んでても秒で立ち直るし。俺密かに尊敬してたんす」

「……悩みなさそうってこと?」

「じゃなくて、周りはそれで助けられてるんすよ。課長も『真下には言うなよ?』とか言って褒めてますし」

「ふふ。そうですよね。やっぱり莉子はスゴい」


突然話に入ってきた綾を見ると、顔を赤くしたまま得意げに腕を組んでいた。今日の綾は酔い方がちょっとおかしい。


その後もこんな調子で飲み会は続き、綾の酔い方がどんどんおかしくなって、


「畠山さん……莉子のいいところをもっと教えてください」

「え、いいところっすか? えーと、うーん」

「ほら……色々ありますよね? 可愛いとか、可愛いとか……」


そろそろマズい感じになってきたところでお開きとなった。


そういえば、畠山くんにあの時のお礼と事の顛末を話し忘れていた。


まぁ、また3人で飲みに行った時にでも話そう。



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