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青とオレンジの記憶  作者: 春山 灘
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その後の話① 2度目のファーストキス【莉子視点】

飲み会を終えたほろ酔いの綾を助手席に乗せ、駅前の渋滞を抜けて広い国道へ。


まだ午後10時を少し過ぎた頃だから、駅周辺のこの辺りは結構車の通りが多い。


「綾、今日はそんなに飲んでない?」

「うん。ちょっと顔が熱いくらい」

「デザイン課は大変だね。飲み会ばっかりで」

「まぁ、酔っ払い相手なら別に気を使わなくていいから案外楽だよ」


デザイン課には飲み会好きの人が何人かいるらしくて、忘年会や新年会、歓迎会以外にも、『新春会』とか『梅雨払い』とか、聞いたこともないような名目でしょっちゅう飲み会が開催される。ちなみに今回は『雪解け会』だそうだ。


綾も飲めないんだからたまには断ればいいのに、ヘンに真面目な性格だから毎回律儀に参加している。


だからこうやって綾を迎えに行くことが結構頻繁にあるのだ。


そして、迎えに行ったあとは、私の部屋で一泊、翌日綾を自宅へ、というのがいつものパターン。


だから、今日もそうなるんだろうな、と思っていた。


「今日も私の部屋泊まるよね?」

「あ、ごめん。今日は家に送ってもらっていい?」

「ん? 明日なにか用事?」

「うん、まぁ」


予想外の言葉に気分が落ちてしまった。


最近は週末に一緒に過ごす時間がなかなか取れなかったから、『今週の仕事が終われば綾と過ごせるんだ』と思って何日も前から楽しみにしていたのだ。


期待に膨らませた胸が一気に萎んでしまった。


でも、お互いのことに必要以上に干渉しないっていうのが私たちの暗黙のルール。


何年間もこうやって居心地のいい時間を過ごせていたのは、お互いに自然と適度な距離感を保てていたからだ。


「寄りたいとこある? コンビニとか」

「いや、特にないよ」

「ん、分かった」


静かな住宅街に差し掛かり、駅を出てから30分弱で綾のアパートに到着。


階段近くに停車すると、綾は「莉子、いつもありがとね」と言ってシートベルトを外した。


少し寂しい気分でその様子を見ながら、『おやすみ』と言おうとした時。


「あ、あそこなら明日まで車停めてても大丈夫だから」


綾はアパートの駐車場の一番隅のスペースを指差した。


そして、私の方を向いて「あそこに停めて」と言う。


「……え? 綾の部屋に泊まれってこと?」

「うん。パジャマ貸すから」


一瞬だけ呆気に取られて、そのあとすぐに状況を飲み込めた。


これはサプライズで何か用意している。

思い当たることといえばアレしかない。


落ちていた気分が一気に上がり、顔が勝手に満面の笑みを浮かべる。


私は敢えて何も聞かずに綾の後ろを付いて階段を登った。その音はもちろんウキウキしていた。


綾が電気を点けた部屋を覗き込むと、特に何かが飾られているということもなく、いつも通りの綾の部屋だった。


相変わらずコタツは出したままだけど、その上にかわいらしい食器が2人分用意してあるのが目に入った。


キッチンペーパーが上にかかっているあたりが細やかで綾らしい。やっぱり綾はガサツな私とは違う。


私がコタツに入ると、綾は「ちょっと待ってて」と言って台所の方へ向かった。


綾が何をしようとしているのかはもちろん分かっている。


分かっていても、こうやって私を喜ばせようとしてくれる気持ちが嬉しい。


「莉子、2日早いけど誕生日おめでとう」


予想通り、部屋に戻ってきた綾は白い紙箱を手に持っていた。箱のサイズからすると、たぶん小さいホールケーキだ。


「ふふ、やっぱり。ありがとう。嬉しい」

「……やっぱりって、気付いたよね、やっぱり」

「びっくりして欲しかったんでしょ? びっくりしたよ。だって2日前だもん」

「……当日は別でお祝いするつもりなんだけどさ。でも難しいなぁ、やっぱり」

「だから言ってるでしょ? 気持ちが嬉しいんだって」


逆に綾をびっくりさせたくなって、私はコタツを出て綾の前に立った。


そして、呆気に取られた綾に不意打ちでキスをした。


「綾、ありがとう。不器用な綾も好きだよ」

「不器用か……。なんか恥ずかしいな」

「完璧だったら好きになってないよ」


綾の顔が少し赤いのは、まだ飲み会のお酒が残っているせいだろうか。


綾は白い紙箱をコタツの上に置き、そのまま開け……るのかと思ったら、急に私の方を振り向いて身体に腕を回した。


「……ん? どうしたの?」

「いや、久しぶりに一緒に過ごせるから」

「ふふ。そうだね」


ケーキそっちのけでコタツの横で抱き合い、キスを交わす。


いつもみたいにそのままゆっくりと押し倒されて、上から綾の唇が降りてくる。


綾とこうやってキスをする時、いつも初めての時のことを思い出す。


あの夜初めて触れた、あの柔らかな感触。

それまでの強引さが嘘だったみたいに、柔らかくて、優しくて、そのまま綾の腕の中で溺れてしまいそうになった。


「なんか、初めてキスした時のこと思い出した」

「……ん? あ、あの旅行の時ね」


綾は未だにあの旅行が初めてだと思っている。

実はそれ以前に私たちがキスを交わしているということを綾は知らない。


あの時私は、拒否しようと思えばできたのに、誘惑に負けて綾を受け入れてしまった。


「なんかもう、あの時は莉子が好き過ぎて頭真っ白になっちゃってさ。雰囲気も何もなかったよね」

「後悔してる?」

「ちょっとね」


だから、この事実は綾には言わない。

この先もずっと黙っているつもりだ。


「じゃあさ、もう一回、初キスしようよ」

「ん? ……どういうこと?」

「忘れたくないんでしょ? 初々しい関係」


綾は穏やかな笑顔を浮かべ、私の頬にそっと口付けた。


2度目のファーストキスは、あの初めての夜よりもずっと優しい、幸せなキスだった。




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