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青とオレンジの記憶  作者: 春山 灘
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身近にいた大人【莉子視点】

「……はぁ」

「あのー、真下さん」

「……はぁ……?」

「今日はアレっすね。触れちゃいけない感じ」


もはや説明の必要もないほどいつも通りの光景。


今回はついに触れちゃいけないとまで言われてしまった。

それくらい落ち込んでいたのだ。


「で、どうしたんすか?」


触れちゃいけないと言いつつ触れてくる畠山くん。


でも、この際触れてもらった方がいいのかも知れない。1人で抱え込んでたら爆発してしまいそうだ。


「あのさぁ……。ちょっと聞いて欲しいんだよ。話をさ」

「えっ、もちろんいいすよ。この前俺の悩みも聞いてもらったし」

「あ、じゃあさ、帰り一緒に飲みに行ってくれない? 会社じゃアレだしさ」

「えっ、マジすか!? じゃあ桜木さんも」

「それはダメ! 絶対!」


という訳で、会社帰りに畠山くんと居酒屋に行くことになった。


私は運転するから私は飲まない。畠山くんの代行代は私持ち。そしてこの場は私の奢り。


結構高く付きそうだけど背に腹はかえられない。とりあえず胸の内を吐き出して楽にならなければ。


「いやさぁ……、私のか」

「か? 彼氏?」

「そう、彼氏がさぁ……」

「え、やっぱ彼氏いたんすか?」

「そう、その彼氏がさぁ、元か」

「元カレ?」

「そう、元カレから……、いや元カノから復縁迫られててさぁ。私もう、どうしたらいいのか……」


すると、畠山くんは、いつもどこか気の抜けている目をカッと見開いた。

彼のこんな顔は初めて見たかも知れない。


「えっ!? 彼氏は何て言ってんすか?」

「どうしたらいいか分かんないんだってさ。本人も悩んでるみたい」

「……マジすか? 真下さんキレないんすか? 彼氏に」

「切れられない事情があるんだよ。体裁とかそういう事情がさ。私にあの人の人生ぶち壊す権利なんかないしさ……」


畠山くんの開いた口がさっきから塞がっていない。


そりゃそんなに親しくないただの会社の同僚から急にこんな重い話をされたらそうなるのも無理はない。


私はここでようやく『この人にこんなこと話して良かったんだろうか?』と我に返った。


「そんな家柄いいんすか。彼氏と元カノ」

「家柄っていうか、相手が一流企業の有望株らしい。私じゃ勝てない」

「へー……。すげーっすね」


やっぱり微妙な顔をさせてしまっている。


けどもうヤケだ。

全部話してやる。


「まぁそこは私が勝手に卑屈になってるだけだけど。あゃ……彼氏本人は別に相手の職業は気にしてないみたい」

「へー……。すいません、すげーっすねくらいしか言えないっす」

「えーと、なんか頭こんがらがってきちゃった」

「マジで大丈夫すか? あの真下さんが頭こんがらがるほど悩むって相当っすね」

「恋するアラサーは大変なんだよ。もう突っ走れる年齢じゃないからさ」


はぁー……、とため息をつくと、畠山くんは3杯目の生ビールを飲み干し、空になったグラスをドンッとテーブルに置いた。


「でも真下さん、彼氏にちゃんと気持ち伝えたんすか?」

「え?」

「いや、我慢してそうな空気醸してるんで。なんか『私は大人』みたいな」

「……だって大人だもん」

「そうすかねー?」

「え、どういう意味!?」


追加注文したビールが届くと、畠山くんは早速それを手に取ってグビグビ飲み始めた。


畠山くんって、実はこんなにお酒強かったのか。

全然顔赤くなってないし。


綾もこれくらい強ければ、今ごろ私たちはこんなことになってなかったのかも。


……いや、それはそれでもっと深刻なことになってたような気もする。


「たぶんすけど、彼氏いまツラいと思いますよ。俺だったらカノジョに必死に泣き付いて欲しいすもん」

「……まぁ、そうかも知れないけどさ。でも本人だけの問題じゃなくて両親がさ……」


そう言った時、畠山くんの目にキラリと光が宿った。


「俺だったら、一生かかっても親を説得します」

「……え?」

「そしたら一生一緒にいられるじゃないすか。もし納得してもらえなくても」


なるほど、そういう発想はなかった。


現実的に考えたらそんな簡単なことじゃないけど、そうすれば、お互いの意思が変わらない限りずっと一緒にいられる。


悩み過ぎて忘れてたけど、意外と簡単なことなのかも知れない。


……いや、そうでもないか。

だから悩んでるんだし。


でも、この一言で嘘みたいに気が楽になった。

案外畠山くんは私より大人なのかも知れない。


「ところで、彼女とは仲直りしたの?」

「はい。誠意見せたらやっと許してくれました」

「誠意?」

「前からカノジョが俺を父ちゃんに会わせたがってたんすけど、俺がビビリ腰でずっとムリだったんすよ。だから……」

「おっ!」

「今度忘れ物したら絶対会うって約束したんす」

「……いやそこは普通に会ってあげようよ」


翌日、土曜日。

綾のいない退屈な夜、私はB4の鉛筆を右手に握って精神を統一していた。


綾から教えてもらった円柱の描き方を基に、今度はそれを応用して他の形を練習している。


でも、もともと絵心のない私が自己流でこういうことをしても当然上手くいかない。やっぱり私には桜木先生が必要なのだ。


昨日、畠山くんに話を聞いてもらって思い出した。


私は最初、綾を他の人に取られるのがイヤで、なりふり構わず素直に想いを伝えようとした。


それが今は、綾を大切に想い過ぎて及び腰になってしまっている。


もしあの時、素直に泣き喚いて綾に抱きついてたら、綾はこんなに迷う前に私を抱き留めてくれていたかも知れない。


このまま黙って元カレに綾を取られてもいいなんて、そんなの私らしくなかった。


綾を取られるなんて絶対イヤだ。

子どもみたいに泣き喚いてでも、あの生き物で拷問してでもいい。私は綾と一緒にいたい。


今、綾と距離を置いて2週間。

もしかしたら、綾は既に元カレと会っているかも知れない。


でも、そんなことはもうどうでもいい。

素直に想いを伝えることで綾が変わるなら、三十路手前の幼い子どもに成り下がってやる。


統一していたはずの精神はいつのまにか爆散していた。


私は鉛筆を捨ててスマホを手に取った。

綾に素直な気持ちを伝えるために。




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