1-2 翌日の憂鬱
噂が広まるのは早いものである。
いや、いくら早いといっても昨日の今日で全校中に広まっているなどありえるのか?
というよりどこから情報漏れたんだよ?
などと今、俺は自分の中の様々な疑問について考えていた。
「マジで広まるの早すぎじゃねぇか?
というかさっきから周りの人の視線が凄く気になる……」
先程から俺は多くの人に見られている。
意外そうな顔をしている者、嫉しそうな顔をしている者、好奇の目をしている者などその表情は本当に様々だ。
「ねぇ?あれが例の……」
「なんか意外だよね、あの天乃さんがあんな男子となんて……」
少し離れたところで2人の女子生徒が会話をしている。
いや、その会話俺まで聞こえちゃってるからね……。
先程から顔も名前も知らない多くの人が俺の顔を見てそして何かヒソヒソと会話をしている。
そしてほとんどの人が話している内容が同じことについてなのである。
「はぁ、まさか昨日の今日でいきなり全部バレてるとかマジかよ……」
俺だってある程度の覚悟はしていた。
学校一の美少女と形だけとは言え付き合うことになったのだから噂になったりするのは仕方のないことだと思う。
しかし、昨日の放課後に告白されて次の日の朝にはもうほぼ全ての生徒に知られているなど誰が思うだろうか?
「噂の広まる速さ的に昨日のあの現場、誰かに見られてたってことだよなぁ……。
てか、俺はこれから毎日学校にいる間こんな視線に耐えなければいけないのか」
考えただけで憂鬱になる。
しかし、形だけでも付き合うと返事をしてしまった以上、下手な嘘や言い訳などできない。
「てかあいつはいつもこんなに人から注目されてるのか。
注目されるってのは何とも居心地の悪い感じだな……」
これまでの人生の中で人から注目される事などなかった。
だからこそ今、自分が注目されるようになってこんなにも誰かからの視線というものが居心地の悪いものだということを実感している。
教室に着くまでの僅かな時間でもうすでに俺は精神的にかなり疲れてしまっている。
まだ今日という日は始まったばかりだというのにこんなんで今日一日耐えられるのだろうか。
「学校に着いてまだ数分しか経ってないのにもう既に帰りたいと思う自分がいる。
てか、学校中に噂が広まってるんだから教室着いたら大変なことになるよな……」
これから先、ほんの数分後のことを考えると先程よりも憂鬱な気分になる。
しかし、いつまでも教室に入らないわけにはいかないので意を決して教室の扉を開く。
「あっ!来たぞ!」
「あの話、マジなのかなぁ?」
「マジじゃなかったらここまで噂広まってないだろ?」
思った通り、俺が教室に入ると教室内にいるほぼ全ての生徒が俺の方に視線を飛ばす。
そして噂が真実なのかどうかで話し合っていた。
「おい東條!お前あの噂、ホントなのか⁉︎」
俺が席に着こうとすると一人の男子が話しかけてきた。
藤ヶ谷健斗、高校に入ってから知り合った奴だがよく放課後に二人で遊びに行ったりもするくらいには仲の良い関係の友人だ。
「俺自身、認めたくはないけど事実だよ」
「マジかよ!学校一の美少女と……。
てか何でお前みたいなが天乃さんに告られるんだよ?どこにでもいるようなモブキャラみたいなもんだろ、お前って?」
モブキャラって……。
確かにクラスでも目立たないような生徒だし藤ヶ谷の言いたいことは分からないでもないがモブキャラは酷いだろう。
「誰がモブキャラだ!大体なんで天乃が俺に告白してきたかなんて俺だってわかんねぇよ」
俺自身、何故天乃が俺に告白してきたのか、どうして俺なのか、未だに分かっていない。
本人が言うには普段の俺を見て好きになったと言っていたが俺の普段の学校での生活の中に女子から好意をもってもらうような行動は一切ないと断言できる。
「しかし、お前が天乃さんとねぇ……」
「いきなりなんだよ?」
藤ヶ谷が改まって俺の顔をジロジロと見てくる。
「いや、やっぱお前と天乃さんじゃ釣り合わねえなと思ってたところだ!」
「悪かったな釣り合ってなくて。てかそんなことお前に言われるまでもなく自覚してるよ」
こいつ、今日俺が教室に入ってきてから俺に対して失礼なこと言い過ぎだろう。
まあ言われている相手がこいつだからこそこんな風に酷いことを言われても大して何も思わず冗談として受け流せられるのだろう。
それくらいには俺と藤ヶ谷の仲は良いのだ。
「おっ!噂をしてれば彼女様の登場だぞ!」
藤ヶ谷が言葉を発するとほぼ同時に教室内が俺が入ってきた時よりも更にザワザワし始めた。
「天乃さん、おはよう……例の噂だけど本当なの?東條君とその……」
天乃が自分の席に着くと普段から天乃と話している女子たちが天乃に気まずそうにしながらも噂について聞いている。
「本当だよ。私、東條君と付き合うことになったの」
天乃がその言葉を発した瞬間、教室内の空気が変わるのが分かった。
先程までは俺と天乃が付き合っているというのはあくまで噂話だった。
しかし、今本人によってその噂が紛れもない真実であると伝わったのだ。
「本当なんだ!ていうかどうして東條君なの?彼のどこが良かったの?」
「私も気になる!正直、天乃さんと東條君て意外というか何というか」
噂が真実であると肯定された途端に天乃は女子からの質問攻めにあっていた。
「マジかよ……。本当に天乃さんが東條と……」
「てか何で東條なんだよ!他にも良い男なんていくらでもいるだろう!」
「ああ、俺たちの癒しが……」
そして笑顔で恋バナを始めた女子たちとは対照的にクラスの男子たちがこの世の終わりのような表情で嘆いている。
そして嫉妬の感情を多大に含んだ視線を俺に飛ばしてくる。
今日何回目だろうか。あのような視線を向けられるのは……。
「クラス中、いや下手したら学校中の男子を敵に回したな東條」
「やめてくれ、妙に現実感があってホントにそうなりそうだから!」
藤ヶ谷が縁起でもないことを言ってくるがその言葉が妙に現実感があってもしかしたらもうこの学校に俺の味方をしてくれる男子はいないのではないかと思えてきてしまう。
「まあ安心しろよ、お前が誰と付き合おうが俺とお前の関係はこれまで通りだ。
だから学校中の男子を全員が敵、なんてことにはならねぇよ」
なんだかすごく恥ずかいことを言われたが、これまで通りと言ってくれたのが今の俺にはとてもありがたかった。
それから担任が来てHRが始まるまで教室では女子による恋バナと男子たちの愚痴の言い合いでいつも以上にザワついていた。