魔導要塞アーレデイン
──魔導要塞アーレデイン──
ヴレインディアにおいて武力で覇を唱えるガルドス帝国が、侵攻の先駆けとして構築した前線要塞である。このアーレデインを拠点にガルドス帝国軍は深緑の国、エレデイア攻め入った。
ヴレインディアでは北方の強国「ガルドス」、大陸東部を覆う精霊樹海に囲まれた「エレデイア」、南部の砂漠地帯に位置する海洋国家「ロムダール」、そして西部山脈にある高地部族の国「デラドラ」、そして大陸中心部の大草原地帯を治める商業都市国家「レクテナント」……この5つの国家群を総称して「ヴレインディア五大国」と呼ばれている。
なお、将一が物語冒頭で訪れたグライユの街は、商業都市国家レクテナントの管轄下にあり、ほぼ大陸の中心に位置している。
ガルドス帝国は突如としてヴレインディア平定を掲げ、近隣国家への侵攻を開始した。それに対抗するために残りの4つの国家はお互いに軍事協定を結ぶ。しかし強力な武力を元に侵攻を続けるガルドス帝国は、高地国家デラドラを滅ぼし属国化、その勢力下に収める。
デラドラを滅ぼした先に狙いをつけたのは深緑の国エレデイアであった。ガルドス帝国はエレデイアへの侵攻の為、手始めに高地国家デラドラとエレデイアの国境線に大規模な要塞を構築、それが魔導要塞アーレデインである。
冒険者は最初はギルドの依頼をこなすだけの存在であったが、次第にその名が知れて三大軍事同盟への冒険者部隊としての参加、デラドラ王家の残党である「デラドラ解放戦線」と協力してデラドラ解放を目指すことになる……。
と、ここまでがブレオンにおけるメインクエストの概要であり、バージョン2.3の段階ではガルドス帝国をエレデイアからのひとまずの撃退……が描かれていた。その総仕上げとして、魔導要塞アーレデインの攻略がレイドクエストとして実装されているのである。
「ソーマさん、これまでのインスタンスダンジョンのように、雑魚を釣りながらMTが先行する形でいいですよ。我々は後ろからついていくので」
「はい」
クラウスが、緊張しているソーマを察してかアドバイスをする。当のソーマはそれを聞くのが精いっぱいであった。
「アリス、君はMTが拾えなかった雑魚を頼む。まぁ……ここは基本、グループごとにしか雑魚は出てこないから大丈夫だろう」
「うん」
相変わらず、必要最低限の受け答えしかしないアリスであったが、その外見は非常に頼もしく見える。
アリスのクラスは「シールドガード」、ロールで言えばタンクになる。
ミルディ特有の小柄な体格には不釣り合いなほど大きい、アリス自身の身長ほど……おおよそ1メルト半(※)もある「スクトゥム」と呼ばれる長方形の巨大な“盾”はシールドガードの一番の特徴であった。全身を甲冑で固め、巨大な盾を構えるシールドガードはタンクの花形であり、MTとしてパーティにはなくてはならない存在である。
※メルト……ヴレインディアにおける長さの単位。1メルトはそのまま、おおよそ1メートルになる。
ソーマもアリスと同じタンクではあるが「アークナイト」。このクラスは防御に特化したシールドガードとは違い、防御力、及び防御スキルの豊富さはシールドガードほどは無いが、その代わりタンクとしては火力が出せるクラスとなっている。
タンクとして行動でき、尚且つある程度の火力出せるということはST向きという事になる。無論MTも出来ないわけでは無いが使えるスキルがST時の時に有効なものが多いため、自然とSTを務めることが多くなる。
例えば、アークナイト特有の、ターゲットした味方一人のダメージを肩代わりする「シェアディフェンス」などは、ST時において非常に有効なスキルとなっている。
「大丈夫、タンクが取ってくれりゃ俺たちが速攻で倒しちゃうから、タンクは雑魚のヘイトだけ気にしててくれよな!」
パーティ全員が固まって要塞への入口である正面ゲートへ向かっている途中、パーティ内でひときわ大柄なガドドル族のボルフントが気さくにソーマへ話しかける。
「ほら、出てきたぜ」
正面ゲートへ続く通路を進んでいると、両脇から青黒い甲冑に身を包み、手には片手剣や槍、斧と言った様々な武器を携えた帝国兵が襲ってきた。
MTとして先頭を走るソーマは、左側から向かってくる帝国兵グループの一人にターゲットを合わせ、アークナイトに唯一存在する遠隔攻撃スキル「スライパーショット」を発動する。このスライパーショットはダメージソースというよりは、一種の「タウントスキル」として使用される。
タウント(Taunt)……とは、直訳すると「あざける」などと訳されるが、ようは相手を挑発することであり、このゲームでも、そのまま挑発して敵の敵対心をこちらに向けることを指す。そのような効果があるスキルを「タウントスキル」と呼んでいる。
シールドガードのハウリングブレード、アークナイトのスライパーショットなどがこれに当たる。
どちらも遠隔攻撃であり、ある程度離れた敵であってもその場から動かず自身のところへ引っ張ってくることが出来る。
ソーマが目の前で剣を振り下ろす動作をすると、ターゲットした敵めがけてオレンジの波動が飛んでいく。
ヒットした瞬間その敵を含めた左側の敵グループが、ソーマめがけて向かってくる。ソーマはすかさず全体攻撃である「サークルブロワー」を放つ。
ズシャアアアァア──
ソーマ中心に、円形に青白い衝撃波が広がる。ソーマへ集まってきた敵グループは、その衝撃波をまともに受けた。これでこの敵グループはソーマを一番の脅威と認識した。こうなればもう、敵の攻撃はソーマに集中する。あとは味方が殲滅してくれるまで自身も攻撃しつつ、防御スキルを使い敵からのダメージを軽減すればいい。
この一連の動作……敵を釣る、ヘイトを稼ぐ、敵を固定する……が、タンクの基本運動である。この作業をスムーズにできなければ味方のDPSがすぐに攻撃を始めれず、最悪、タンクよりヘイトを集めてしまうヒーラーに危険が及んでしまう。
(思ったより上手く動けている)
ソーマはそう思っていた。実際、敵グループを順序良く引き付け、味方のDPSに処理してもらう。タンクの仕事としては申し分なくできていた。もう一人のタンクであるアリスも、ソーマの動きを見つつ自分は攻撃する側、つまりDPSとして敵を処理していた。
「ソーマさんいい感じ!位置取りもバッチリです!」
グラップラーのミクが敵に攻撃を与えつつ、ソーマのタンクとしての動きを褒める。DPSとしては火力を出すためにはタンクの位置取りが必要不可欠である。ミクのグラップラーやボルフントのスロウターなど、これらの近接DPSが持つスキルの射程は極端に短い。その為に敵に密着することが必要なのだが、タンクが最適な位置取りが行えてないと敵へ密着することが出来ず、近接DPSはどうしても火力が出せなくなる。
ソーマはこれまでのクエストで、最小のパーティ人数である4人パーティでのインスタンスダンジョンを何度もクリしてきた。なので経験として、まず敵を引き付けること、タンクの位置取りなどは自然と身についてたのだ。
ソーマたちパーティが正面ゲート前の敵をあらかた一掃することに成功した。敵は5体1グループで配置されており、それが5グループほど波状攻撃的に襲ってきた。ソーマのような初心者ばかりであったならいざ知らず、ソーマ以外はカンスト……レベル50になっておりこのような雑魚は問題では無かった。
正面ゲートを開けると、再び帝国兵が襲ってきた。今度は真正面から20体ほどである。それでもソーマは臆することなく、近付いてきたところを範囲攻撃でさばき、敵全部を自身へ注視させた。
そこへミクとボルフントも範囲攻撃を連発する。少し慣れた位置にクラウスとレイジが陣取り、ダークメイジの見せ場である範囲魔法攻撃とレンジャーの範囲攻撃である「アローレイン」で敵全体を削っていく。
ヒーラーのメリアディとドワイトは攻撃が及ばない位置で味方へヒールを飛ばす。余裕があれば自らも攻撃魔法で敵を削るのを忘れない。
パーティが一丸となって敵を倒す。これがバトルコンテンツの醍醐味であり、ブレオンが支持される一つの要因であった。
しかし、アリスだけは敵集団とは別方向のかなり離れた場所におり、攻撃には加わっていなかった。
その理由はすぐに分かった。敵グループの最後が倒れた瞬間、まさにアリスの目の前に敵が出現したのだ。ボルフントの三倍はあろうかという大きさ、全身が黒光りした装甲で覆われたアーマージャイアントが出現したのである。
突然の出来事でソーマは全く反応出来ずにいたが、アリスはすかさずそのアーマージャイアントへタウントスキルである「ハウリングブレード」を撃ち込んだ。
アリスが剣で突く動作をすると切っ先から一筋の波紋が伸びる。
ハァアアアアアア!!!!
小柄なミルディがどうやったらそんな咆哮を出せるのかと言わんばかりの大声で、アーマージャイアントへハウリングブレードの一撃を加えるアリス。それによりアーマージャイアントはすぐにアリスを最大の敵と認識し、その右手に持った鉈のような武器を振り下ろした。
アリスはすでに防御バフスキルである「アイアンアンク」を発動していた。このスキルは自身が受けるダメージを30%軽減するスキルである。そのためアーマージャイアントの攻撃はアリスには全く効いていなかった。
「くっ……」
ソーマは反応が遅れたことを認識しながらも、アーマージャイアントの元へと走る。アーマージャイアントへ攻撃できる距離へ近づいたころには、すでにクラウスとレイジ、そしてアリス自身の攻撃によってHPの1/3が削られていた。
「ソーマさん、あれはアリスに任せよう。ここは雑魚を処理したらあそこにアーマージャイアントがポップする、覚えておくといい」
クラウスがソーマにアドバイスする。ソーマはその通りにヘイトをとる事を諦め攻撃に専念することにした。
アーマージャイアントは遅れてきた近接組の攻撃により残りのHPをどんどん削られ倒された。その間攻撃を一手に引き受けてたアリスはほとんどダメージを受けていなかった。
「キュアバウンド飛ばそうかと思ったけど、いらなかったわねぇ。アリスちゃん、たまにはおねーさんにお仕事ちょうだぁい?」
メリアディが甘い声でそう答える。キュアバウンドとは「Hot」と呼ばれる回復効果を持つヒールスキルである。Hotとは「Heal Over Time」の略で一定時間でHPを徐々に回復する魔法の事を指す。
タンクが敵のヘイトを固定した後にかけておけばあとは勝手に回復してくれる便利なスキルである。
「……メリ姉はいつもちゃんと仕事してるし……別に」
アリスはそう答えるとメリアディの方をちらっと見たが、すぐに視線を逸らす。
ほとんど無傷なアリスを見てソーマは思った。
(もしあの時、アーマージャイアントを引き付けていたのが自分だったら?)
もし自分だったら、同じように敵の攻撃を受けても防御スキルでHPが減ることは無かっただろうか?無論アークナイトはシールドガードよりも防御スキルで劣る、しかしシールドガードの性能だからか?……ソーマは少し疑問に思ったが、そんなことを考えている余裕はなく先に進まねばならなかった。