インスタンスレイド
「あのさぁ……」
コンビニにて、唐突に将一に話しかける人物がいた。制服を着ているところを見ると高校生か中学生である。
だがよく見ると、数キロ先にある高校のブレザーであることに将一は気が付いた。
真黒な黒髪が背中まで伸びている。色白な腕が制服から伸びているが病的ではない。その均衡のとれた顔立ちから発せられる声は非常に冷たい感じを覚えた。
「は……はい、なんでしょう」
将一は咄嗟のことに面食らいつつもそう答えた。
「今週のVRGAMES無いんだけど……売り切れ?」
外見の雰囲気とは裏腹に目当てのゲーム雑誌が無いことにお怒りのようだ。
「あ、VRGAMESは……まだ届いてないんです。すいません」
そう答えると少女は
「あっそ……」
とだけ答え、コンビニを後にした。踵を返す際に長い黒髪が広がるのが印象的であったが、その冷ややかな態度に将一はしばらく少女を忘れることが出来なかった。
高校生、三神阿利紗の唯一の趣味はVRMMORPGである。これは学校の同級生には話していない。「所詮ゲーム」と失笑されるだけなのが分かっているからだ。阿利紗は偶然出会ったVRMMORPGの中に理想の自分を夢見ていた。
VRMMORPGの中なら自分は伸び伸びと生きることが出来る。現実での自分とは全く違う性格、姿形のキャラを操作するのがこんなに楽しいとは……自分でも驚くほどVRMMORPGにのめり込んでいった。
そのVRMMORPGの名前は「Brave Dust Online」という。
ブレオンでは大型アップデートを目前に控えており、当然プレイヤーの間ではその大型アップデートの話で持ちきりだった。ちなみにブレオンはアップデートナンバーを「バージョン」と称しており、現在のバージョンは「2.3」、次に控えてる大型アップデートが「バージョン2.4」といった具合である。
偶数バージョンでは高難易度コンテンツの追加が慣例になっており、バージョン2.4でも高難易度コンテンツの実装が事前にアナウンスされていた。
ブレオンにおける高難易度コンテンツは主に3つある。
ひとつは「インスタンスレイド(※1)」と呼ばれる、パーティ毎に生成されるインスタンスでのボスバトル。ふたつめはソロで黙々とダンジョンを攻略する「迷宮城アビス」こちらも、プレイヤー毎に生成されるインスタンス中で行われる。
みっつめはプレイヤー同士が100対100のグループに分かれて戦い合うRvR(※2)「ホークリッジ攻城戦」である。
※1……パーティごとに、新しいエリア(ダンジョン、等)を生成する仕組みのこと。および、この仕組みにより生成されたエリアそのもの。
※2……RealmvsRealmの略、 国vs国や10~200人規模の組織戦闘の対戦をいう。Realmとは「大多数の人、国、種族」という意味合いを持つ。
どれもレベルを50までカンストさせていなければ挑戦することは出来ず、尚且つ非常に高いプレイヤースキルを要求されるコンテンツである。レベルさえカンストしていれば、装備さえ最高のモノを揃えていれば……、それだけでクリアできる程甘いものではない、中の人の腕が試されるコンテンツである。
ゆえに非常に人気があり、実装されれば我先にとクリアーを目指すコアプレイヤーが多い。
とりわけ、インスタンスレイドである「大迷宮ヴォルゴス」は非常に難易度が高く、それをクリアーすることはブレオンにおいて名実ともにトッププレイヤーの証でもあった。
ブレオンのサービス開始時から実装されている「大迷宮ヴォルゴス」は4層からなるインスタンスエリアに分かれており、それぞれの層にボスが鎮座している。1層から順に攻略していかなければならず、ボスを倒すまでは次の層に挑めない。
この大迷宮ヴォルゴスを早期にクリアーすることがブレオンではステータスとなっており、これまでのインスタンスレイド型のMMORPGにあった、俗にいう「レイドレース」という文化もブレオンでは継承されている。
レイドレースとは、どのレイドパーティが一番早く「ワールドファースト」を狙うかを、レイドパーティ自身、もしくは外部のレイドパーティを見守るプレイヤーがお祭りのごとく競い合い、応援し合う一種のスポーツのようなものである。
一番最初にクリアしたレイドチームがSNSなどでクリア報告を行い、その後クリア時のリプレイデータを動画として動画サイトにアップする。この順でワールドファースト、ワールドセカンド、ワールドサードと順位をつけていく……。
ワールドファーストのレイドチームは世界中のブレオンプレイヤーから称賛される。その栄光の為に、昼夜を惜しまず攻略を続けてワールドファーストを狙うのだ。そんな行為を揶揄して「ブレオンは遊びじゃない」と言う人もいる程である。
そして間近に控えたバージョン2.4では大迷宮ヴォルゴスの続編が実装される。プレイヤーの間ではどのレイドチームが、はたまた今回新たな無名のレイドチームがワールドファーストを獲るのか、その話題でゲーム内やゲーム外の匿名掲示板などで盛り上がっていた。
「今回も前のワールドファーストのsquirrelが獲るだろうな」
「いいや、今回の為にメンバー入れ替えたMustangが獲るね」
「もしかしたらEUチームのGlonasかも?」
などと、ネット上では早くもどこの有名レイドチームがワールドファーストを獲るのか、という予想が行われており、これが偶数バージョン前の風物詩にもなっていた。
そんな世間の激論は余所に、将一が初めてブレオン内で美玖と対面してから丁度3週間が経っていた。
美玖が早ければ、3週間もあればメインクエストを終わらせてカンストできる……と言っていたが、将一ことソーマ・ディオレスは──
「あと2レベル……カンストまでもう一息だ……」
レベル48に差し掛かったところであった。メインクエストはあと5つ、そのうち2つはインスタンスバトルとなっている。
「次はインスタンスバトルなのか……ええ?8人?これまでの4人でのダンジョン攻略じゃないのか……」
ブレオンでは、4人でのライトパーティ、8人でのフルパーティといった具合にパーティ人数の規模が異なるコンテンツが多数存在する。インスタンスレイドでの最大パーティ数は24人であるが、高難易度レイドやメインクエストにあるパーティ人数は8人が上限である。
8人とはタンクが2人、ヒーラーが2人、あとの4人はDPSで占められる。このバランスでコンテンツの難易度が調整されており、その為プレイヤーもこの構成を大きく外れて挑むことはまずない。
「まいったな…メインクエはマッチングではなかなか入れないって聞いたし、ギルドのパーティ募集でも使ってみるか…」
そう思案していたところ、それを見越したかのように美玖のダイレクトチャットが聞こえてきた。
「ソーマさん、お暇?」
「いやぁ、今メインクエストの最後の方やってんだけど、これ8人必要でさ……困ってんだよね」
「あぁー、ラスト前のアレ、最近の初心者はみんなそこで一旦躓くんですよねぇ。よし、予定変更、私とギルドの面子集めてソーマさんのメインクエ手伝いますよ!」
美玖の突然の申し出に将一は目を輝かせる。美玖はこれまでの何かと将一の手伝いをしてくれていたが、それを将一は「このゲームに誘った手前の義務感だろう…」と考えていた。当の美玖にはそういう意識もあったのだが……。
15分ほど待っている間に、美玖からのパーティ招待の誘いが目の前に文字として現れる。それを掴み承諾の意思を示すと、7人分のステータスが一気に現れた。
「初めましてソーマさん、ミクからはお噂をかねがね」
「おーおー、これがミクのカレシ?まじで?あ、よろー、レイジでーっす」
「初めまして、ドワイトと申します。希少種のエレシンです」
「こんばんわぁ、メリアディです~、ヒーラーで参加させてもらいますね~」
「みんなのボルフント!参上!……あ、よろしくです」
「よろ……」
「もー、アリスちゃんってば、まーた、そっけないあいさつしちゃって!」
いきなり7人分の挨拶が飛び込んできて将一は混乱した。それは無理もなく、将一は今まで8人フルパーティでコンテンツに挑んだことは無かった。このメインクエストでの参加が初めてである。
「よ、よろしくお願いします!ソーマ・ディオレスです、ロールはタンクを主にやってます!」
美玖が集めてきたメンバーで8人は難なく揃った。あとはクエストを攻略するだけである。
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《魔導要塞アーレデイン》
攻略任務
推奨レベル 48
ついにローデシア橋梁の確保に成功した!幸い戦魔将軍ガルドラスは
別の作戦の為、要塞を留守にしているという偵察部隊からの情報が入った
その隙に解放軍と協力し、魔導要塞アーレデインを攻略せよ!
経験値 222,000
報酬 30,000ゴルダ
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ちなみに、パーティ構成は以下のとおりである
キャラ名/種族/クラス
◆ソーマ・ディオレス / ヒュース / アークナイト(タンク)
◆クラウス ・ザッカルト / エレシン / ダークメイジ(キャスターDPS)
◆ボルフント ・ホーナー / ガドドル / スロウター(メレーDPS)
◆アリス・クェーサー / ミルディ / シールドガード(タンク)
◆ミク・レンディア / ミルディ / グラップラー(メレーDPS)
◆メリアディ・レーネイン / ヒュース / ソウルセージ(ヒーラー)
◆レイジ ・アクト / アデント / レンジャー(レンジDPS)
◆ドワイト・スライパー / エレシン / プリースト(ヒーラー)
「ソーマさんのメインクエストだし、MTはソーマさんにお願いするか。アリスはSTでいいな」
エレシンのクラウスがメンバーのロールを確認して指示を出す。ちなみにMTとは8人フルパーティにおいてタンクが2人になった場合の役割である。
MTがボスを主にひきつけ、STと呼ばれるもう一人のタンクが、レイドにおけるギミックを処理したり、ボスをひきつけているMTの代わりに雑魚の攻撃を受け持ったりする。
それを聞いたアリスは
「別に……好きにすれば?メインクエのMTなんて下手糞でも出来るし…」
と、ド直球な事を口走る。
「アリスちゃーん、ホントの事言っちゃだめよー」
レイジが、からかいながらアリスを窘める。
「ソーマさん、すまない。彼らは悪気があって言っているのではないんだ」
クラウスがすまなさそうな顔をし、すかさずフォローに入る。間髪入れずにフォローに入るあたり、毎回の事で慣れているかのような印象を受けた。
「あ、いや初心者なのは確かですし。MTやらせてもらう分フォローしていただけるなら……」
将一は表面上はそう取り繕ったが、内心は穏やかでは無かった。初心者であることをバカにされてるように思ったからである。
将一は複雑な思いを巡らせつつ、メインクエストを始めることにした。
「それでは行きます……」
目の前に文字が浮かび上がる。
──これよりインスタンスに入ります、よろしいですか?──
全員がはい、と答える。すると一瞬にして暗闇になり、元いた空間から別の空間に一瞬で切り替わった。
これがインスタンスバトルである、将一……解放軍の戦列に加わり、要塞攻略の遊撃部隊として、冒険者を指揮するソーマ・ディオレスが目を開くと……
目の前には巨大などす黒い、西洋の教会のような3つの尖塔を備えた要塞がそびえ立っており、その要塞の周りではNPCであろう解放軍兵士と敵である帝国軍兵士が大規模な死闘を演じていた。
魔導要塞アーレデインを攻略せよ!
ソーマの初めてのフルパーティレイドが始まる。