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憩い屋

作者: 26モチモチ

短編で完結済み。以前、別サイトで投稿した作品になります。

都会の喧騒から少し離れた場所。

薄暗い光が一点だけ灯っていた。

一歩ずつ、重い足を引きずって家路に向かう。

……しかし、人はその光の前へ来ると足を止める。

そして、導かれるように扉を開けた。

「…いらっしゃいませ」



1杯目

『クエーカーズ』


客は脇目も振らずにカウンター席へ歩いて行く。

無駄な筋肉の無い美しい脚、歩く度に揺れる豊満な胸、そして整った顔立ち。

まさに、完璧な女性というのは彼女を指すのだろう……って違う!

見惚れてる場合じゃないだろ、オレ!

「いらっしゃいませ!

お客様は、お一人様で宜しいでしょうか?」

「…………」

……って、シカトかよ!

しかも、オレを見向きもしねぇし!

…んじゃ、いいや。

ここでオレの自己紹介でもしておくか。

オレこと渡部倫(わたべりん)はこの喫茶店兼バーで働くウェイターだ。

何で、そんなに働くのかって?

オレにはちょー!ビッグな夢があるからな。

夢がなにかって?

…そ、そりゃ企業秘密ってやつだ、うん。

とにもかくにも、今は昼夜共に働いてる訳だ。

くぅ~!オレ、格好いい!

……あ。

惚れんなよ?

「倫君、お客様をご案内して?」

この不思議だけど癒し系オーラを醸し出してるこの人こそが、この店の店長。

名前は安西心(あんざいこころ)

性別は男、年齢は不詳。

つーか、名前以外はサッパリ知らない。

バイト先の店長情報なんて、大体みんな、そんなもんだろ?

そうだ。

言い忘れたが、オレが働き出したのは昨日からだったりする。

だから、情報が全然ない訳。

よし! 問題解決。

「えっと…お一人様でしたら、こちらのお席へ」

……一瞬、頭が真っ白。

そりゃそうだ。

いきなり、ビンタ喰らえば誰でもそんな状態になるだろ?

「…………っ」

叩いたご本人様が泣き出した。

おいおい、泣きたいのはこっちだから!

店長がカウンターを出て、女の前に立つ。

「大丈夫ですよ。ここなら、大丈夫」

店長が女の肩を支えたら、泣き止んだ。

そして支えられながら、カウンター席へと腰掛けた。

…オレには、謝罪も無しかよ!

まぁ、心の広いオレはひっぱたかれたとは言え、女は客。

平静を装いながらカウンターへ戻った。

我ながら漢の中の漢だぜ!

「喉が渇いたでしょう?

どうぞ、お飲み下さい」

いつの間にか、カウンターへ戻っていた店長は、水を女へ手渡す。

「…ありがとう…」

女は余程喉が渇いていたのか、一気に飲み干していた。

それから、暫くの沈黙。

……き、気まずい!

なにか話題でも振ろうとした瞬間。

「……私、大人っぽいですか?」

……なんだ、そりゃ。

一昔前に流行ってた、キレイなお姉さんは好きですか? 的なアレか?

ツッコミでも入れようとした口は、店長に遮られた。

「いいえ。

僕には、純粋な少女のように見えます」

いやいやいやいや!

こんな色気たっぷりな女に何言ってんだ、店長!

そんなのどう考えても怒るに決まって……!

「ありがとう……。」

って、えぇ!?

お礼言われてる~!?!?

「私……こんな見た目だから、今まで付き合ってきた彼も全員、体目当てだったんです」

まぁ、確かに気持ちは分からないでもない。

……同じ男としてはな。

「私は……努力して、この外面を手に入れたのよ。

彼がみんな、欲しいと言うから。

それなのに、あいつらは……!」

『お前の体なら、俺なんかより良い男が見つかるよ』

『お前だって、どうせ遊びだったんだろ?』

「私はいつだって、本気だったわ!

遊びで恋愛なんか、した事もない!」

女の涙が、また流れ出す。

完璧な女でも悩みがあるんだな、と遠くで呆けているオレが少し嫌だった。

「では、良かったらこちらをどうぞ?

僕からのささやかな贈り物です」

またしても、いつの間に作っていたのか…深い赤色のカクテルが注がれたグラスを差し出す店長。

おかしいぞ?なんで目が店長の行動速度についていけないんだ?

……ま、いっか。

一人解決したところで女の口が動いた。

「おいしい……」

「お気に召されたのなら、何よりです」

「なんていうカクテルなの?」

「クエーカーズ、という名です」

……なんか、二人の雰囲気つーか…オレ、めちゃ気まずいような……。

「倫君。グラスの片付けを」

「…え?あ、はい! すんません!」

慌てて飲み干された水のグラスを洗う。

初っ端から色々ありすぎて、忘れてた。

けど…多分、オレが居心地悪そうにしてたから気を遣ってくれたんだよな。

バイトに入ったばかりのオレでも、それ位の店長の優しさなら把握できてる。

「ラズベリー・シロップとレモンが特徴のカクテルです。

…ただ、あなたの場合は甘いラズベリーの香りと、レモンの酸味とバランスが取れていないようです」

……カクテルの説明、じゃないのか?

女もキョトンとした顔で店長を見ていた。

「本当は少女のように甘く愛されたい。

けれど、外見の印象が強すぎて夢を諦めた。

……そうではありませんか?」

「!」

もしかして店長……ラズベリー・シロップをこの女の内面、レモンを外面に例えてるのか?


「でも…男の誰もがあなたの外見目当てではないと思いますよ」

「え……?」

「だから…恋をする事を諦めないで下さい。

きっと、必ず、運命の人が現れますから」

「!…あり、がとう…っ」

女は、閉店時間ギリギリまでずっと泣いていた。

そして、笑顔で帰って行った。

…結局、ビンタの謝罪は無し。

腑に落ちないまま、閉店準備に取りかかるオレと店長。

「倫君。今日はお疲れ様」

マイナスイオン大放出の笑顔に、ビンタの痛みが取れるような気がした。

「いえ! でも、店長って優しいっすね」

「どうしてだい?」

「だって、客とはいえ…いきなり人にビンタするような奴の相談に乗るなんて…。」

店長は小さく笑った。

「な、なんで笑うんっすか?」

「…倫君も、そのうち分かるよ」

「……それはあんま自信ないです。」


そんなこんなで、オレの波乱万丈(予定)のバイト生活は幕を開けたのだった。



END




新宿歌舞伎町を抜けて、暫く歩いた先。

静かな住宅街の中で、薄暗い明かりを灯した小さな喫茶店兼バーが在る。

白を基調とした店内では、どこか聞き覚えのあるクラシックが流れている。

カウンターでグラスを磨いていた青年が顔を上げて、微笑んだ。

「お帰りなさいっす、店長!」

「…ただいま」


2杯目

『マティーニ』



カウンターへ戻ってから調達してきたチーズ、果物類の補充。

今までなら、それに加えて店内の掃除も全て一人で行っていた。

けれど、今は新しくバイトで入ってくれた倫君も負担してくれている。

そのお陰で、今はとても楽になった。

更に……

「あ。店長! グラス全部、磨いておいたっす」

言ってない部分まで、こなしてくれる。

「倫君、ありがとう。」

照れ臭そうな…はにかんだ笑顔。

これは、時給を上げないといけないかな?

カランカラン…

軽快なベルの音が来客を告げた。

入ってきたのはTシャツとGパンという、ラフな装いの男性だった。

髪はいつもムースで固めているのか、傷みが遠目でも分かる。

……腕時計はロレックス、靴は革靴…。

「あ。いらっしゃいませ、こちらメニューになります」

バイト三日目とはいえ、昼夜共に働いていて慣れたのだろう。

倫君が素早く接客に動いた。

男性はメニューに一瞬だけ目を通して言った。

「一番高い酒で。」

倫君がよく分かる位に驚いた顔をしている。

ポーカーフェイスが苦手の素直な子なのだろう。

「では、お客様には…マティーニなど、いかがでしょうか?」

男性も倫君同様に驚いた顔をする。

それから、自嘲めいた笑みを浮かべた。

「心配しなくても金なら有るぜ。…今じゃ、もう用のない大金がな」

……やっぱり、か。

「良かったら、聞かせて頂けませんか?」

「聞いても、つまらないぜ。」

「構いませんよ。」

「……俺さ、大切な女が居たんだよ。」

俺とあいつは、北海道から出てきたばっかの田舎者だった。

小さい頃からの約束だったんだ。

いつか都会へ出て、日本一幸せな夫婦になろう…ってさ。

バカみたいだろ?

…けど、本気だったんだよ。

でも、現実はそう上手くいかなかった。

普通のアルバイトなんかじゃ、生活費が全然足りない。

だから……俺はホストとして働き始めた。

それから生活費には有り余る位の金が入った。

これで、幸せになれると思った。

でも、それは違った。

夜から働く俺と、朝から働くあいつとでは生活が合わなくなった。

それからはケンカが絶えなくなった。

『早く、ホストなんて仕事辞めてよ!』

『何でだよ!生活費を稼ぐには、この仕事しかないだろ!?』

『…どうして、私の気持ちを分かってくれないの!?』

『お前こそ、俺の気持ちを分かってないだろ!』

『っ……もう、知らない!』

それっきり、あいつは帰って来なかった。

「…つまらない話だったろ?」

倫君は複雑そうな表情を浮かべていた。

彼は気付いていないけれど、心優しいから…何かフォローの言葉でも考えているのだろう。

その隙に、シェーカーを取る。

まずはドライ・ジンとドライ・ベルモットの後に氷を入れる。

それから、かき混ぜてグラスに移してカクテルピンに刺しておいたオリーブを入れればマティーニの完成だ。

「女って難しいよな…No.1ホストの彼女なんて、普通だったら自慢したくなるだろ?」

「え!? No.1だったんですか?!」

倫君は瞳を丸くして、先程の表情とは変わって尊敬の眼差しで男性を見つめ聞き返す。

「まぁな。どうせホストやるなら、やっぱ一番になりたいからな」

「お待たせ致しました。マティーニになります」

「サンキュ」

一口で飲み干して、空になったグラスを机に戻す。

「マティーニは『カクテルの王様』と、呼ばれているんです」

倫君と男性は二人揃って、不思議そうな顔をしている。

まるで兄弟のようだった。

「材料の微妙な分量の違いや、使用するジンのメーカーの違い……。

それから、作り手によって味覚が異なる。

作り手の数だけマティーニがあるから、王様と言うそうです」

男性は感心してくれたのか拍手を贈ってくれた。

倫君も慌てて、その拍手に合わせていた。

「お客様の恋人との微妙な気持ちのスレ違いがマティーニに似てると思い、出させて頂きました」

拍手が、止んだ。

「大丈夫です。

まだ遅くありませんよ」

男性は立ち上がった。

「…悪い。

代金は今度、払う!」

勢いよくドアへと走って行った。

「て、店長!

あれは食い逃げ…じゃなくて、飲み逃げじゃないっすか!?」

倫君がカウンターとドアを行ったり来たりを繰り返している。

「追わなくて大丈夫。

彼は、きっと戻って来てくれますから」

キョトンとした表情。

それから、ため息。

「ったく、店長はどんだけ心が広いんっすか…」

でも、僕は分かっているよ?

男性が、もう一度、

勇気を出したのを君が何よりも喜んでいる事を……。



END


人でごった返す新宿駅。

人口の光で彩られた道を一直線に走って駆け抜ける。

歌舞伎町を抜けて、都会の喧騒を忘れさせてくれる住宅街にひっそりと佇む場所に店は在る。



3杯目

『マリアージュ』



開店時間を数十分、過ぎていた。

いくら心優しい店長とはいっても、遅刻をしたらまずいに違いない。

「すんません、店長!

遅くなりま……」

扉を開けた先には、見覚えのある人物が居た。

「倫君、遅刻はダメですよ?」

カウンターでは笑顔で注意をする店長。

でも、それよりも、気になるのはカウンター席に座っている二人だ。

「あの…店長、その人たち……」

長く艶やかな茶の髪をなびかせて女が振り返った。

「あら、バイト君。

遅刻はダメじゃない」

オレに強烈なビンタを送っておきながら、謝罪もせずに帰った女!!

「そうだぜ。

仕事で遅刻は信頼を無くす元だからな」

金を払わずに飲み逃げしたNo.1ホストの男!!

「て、店長~!」

どうして良いのか分からず途方に暮れたオレは店長に助けを求めた。

「おやおや…あまり、倫君をいじめないであげて下さいね?」

グラスを拭きながら店長は注意をする。

二人は小さく笑って頷いた。

……本当に分かってるのか? あの二人。

トン、とカウンターの上にグラスが置かれた。

甘いチョコレート・リキュールの香りが目の前から漂う……ん?

目の前!?

オレが立っていたカウンター席の前にグラスが置かれていた。

顔を上げて店長を見上げると、ニコッと笑った。

「店長からのちょっとしたハプニングです。

どうぞ?」

人差し指を口元に当てて、笑う店長はどこか子供みたいで親近感を覚えていた。

「店長は甘いなぁ~」

初めて来店した時のようなラフな格好をしているにも関わらず、やはりグラスを鳴らす仕草はNo.1の貫禄がある。

「倫君は大切な店員ですから。…ところで、このカクテルは知っていますか?」

「いや、分からないっすね。チョコレートの匂いがすんのは分かるんすけど」

別に恥ずかしい事ではないのかもしれないけど、回答ができず少し恥ずかしい。

でも、店長は人をバカにする事はしない。

見慣れつつある優しい微笑み。

「これは、マリアージュというカクテルなんです。

フランス語では『結婚』を意味するんです」

「え?」

「……少し、昔話でもしましょうか?」

いつも通りの和やかな口調と表情。

その筈なのに、言葉にはできない儚さを感じた。

「ある場所に、小さな喫茶店がありました。

そこは仲の良い恋人である二人が経営していました…」

入籍を翌日に控えた二人は、閉店後にマリアージュを飲んで互いの将来を誓いました。

男は彼女との生活の甘さと幸せのせいで、周りが見えなくなっていたのです。

やはり、個人では経営がうまくいってなかったのでしょう。

彼女は家計簿を眺めている事が多くなった。

男は気付けなかった。

あまりに彼女が自然に笑っていたから。

それから暫く経った、ある日でした。

彼女は……無言の帰宅をしました。

死因は、交通事故。

男は、深く悔やみました。

自分が買い出しに行っていれば良かった。

自分が交通事故に遭っていれば良かった。

いくら、悔いても彼女は戻ってこない。

けれど…彼女と作った店を潰してはいけない。

男が店を開けようと決心した日の事でした。

保険の方が彼の元を訪れたのです。

『保険……金……?』

『はい。奥様は保険に加入されていましたから。ご存知なかったですか?』

男は確信しました。

彼女は店を守る為に命を捨てたのだ、と。

男は後を追う事も考えました。

けれど、彼女はそれを望んでいるだろうか?

どうせなら……彼女のような人をもう出さない為にも、悩み打ち明けられるような親しみやすい店にしよう。

男はそう、固く決心したのでした。

「…おしまい、です」

静まり返った室内で、女の泣き声だけがこだましている。

こんな時、何て言ったら良いのかなんて分からない。

そんなの学校では習わなかった。

それでも……これだけは言える。

「幸せだったと思うっすよ」

「え?」

店長の驚いた顔なんて、初めて見た気がした。

「その女の人は、店長の…じゃなくて!男の人の為に死ねたんですから」

「あのね、バイト君……」

カウンター席の女が何か言いかけたが、店長が制した。

「そうだね…ずっと、その言葉が聞きたかったのかもしれない」

「店長……。」

静かで、綺麗な涙だった。

世の中には、こんなに美しく泣く人も居るんだな、と思ったのが率直な感想。

「大丈夫だ。そういう安心できる場所に、ここはなってるよ。俺達二人が証人だ」

カウンター席の二人が力強く頷いた。

「ここは店員のオレも安心できるっすから!」

呆然とした顔でオレを見ていた店長の顔が少しずつ、笑みへと変わっていく。

カランカラン…

来客を知らせるベルの音。

店長がいつもの優しい…けれど、仕事の顔に戻る。

「いらっしゃいませ」

いつか、アナタにも安心できる場所ができますように……。



END




初めまして。あまもちと申します。

人間ドラマ系の話って良いですよね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大人のバーの良い雰囲気が伝わってきました。 [気になる点] 作者名が「憩い屋」になっています。あまもちさんのペンネームを使うことで問題が無ければ、作品投稿時に作者名は空欄にすると作者名であ…
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