その者の意思
いらっしゃいませ。
ごゆっくりどうぞ。
「らっしゃっせー!」
「一名様、カウンターへどうぞ!」
僕は中村貴志
飲食店でバイトをしてるフリーターさ。
今年で25歳になる。もうそろそろ本当に就職しないと、大変なことになってしまうんだよね。
フィギュア原型師になりたくて専門学校に通ってみたものの、実力が追いつかず諦め、他分野に就職しようとしたものの失敗。
今まで身に付けたものなんて何もなかった。親からも心配されてばかり。これからどうやって生きていけばいいだろうか、そんな事ばかり考えて夜を明かした。
でも、今までの自分の人生を否定したくもなかった。それなりに楽しく過ごしてたし、お金がなくても案外生きてゆけるものだと感じていた。
一日中バイトして帰って寝て、バイトして帰って寝て、それだけ。
僕は、何が好きだったっけ?
バイト終わりに深夜アニメを観ながらふと、そんな事を考える。アニメの内容が全く入ってこない。先週の話も忘れてしまった。
好きな作品だったのに……、だった?今は好きじゃない?
「あぁあ!何考えてんだ僕、……ハァ、コンビニ行くか。」
夜に閑静な住宅街を吹き抜ける風は、ひんやりしてて気持ちいい。こうして深夜コンビニに、アイスクリームを買いに行くから太っちゃうんだよね。だって美味しいんだもの。
「うあああああぁ!」
「へ?」
路地を振り返った時、もう遅かった。突っ込んできた大型バイクをよけられずクリティカルヒット。
しかも硬い外壁に叩きつけられ、内臓を潰されながら、僕は即死した。
身体は動かせず、意識はスゥッと無くなった。
ちゃんと左右確認するんだったなー。
過ぎてしまったことは覆しようがない。というか、案外まだ意識がある?
目は開かないが、何だか不思議な気分だ。
プカプカとぬるま湯に浸かっているようで、凄く心地いい。
こんなことなら部屋を出るときに綺麗にするんだったなぁ。
散らかしてると母さんに怒られて……、あ、死んだから怒られないや。
というか、随分とぬるま湯に流されてきたけど、まだ何も無い。これがあとどれくらい続くのだろうか。
「あのー、そろそろ起きようね。」
「へ?」
誰かの声が聞こえる、女の人だ。今までどんなアニメでも聞いたことがないような美声。
「もう、意識はあるでしょう。こんなに遅いのは初めてですよ。」
僕を優しく抱き上げてくれるような声、一文字ずつに母性が込められてる感覚。たまらない。
「たまらなくない、ですよ。さっさと身体の感覚を取り戻してくれなきゃ、いつまでたっても始まらないですよ。」
もういいんじゃないかな、いいよ。主人公が転生して目を覚ます事なく物語が終わる。そんなお話があってもいいと思う。
「良くありませんよ、全く。こんな事だから前世でどうしようもない人生しか過ごせなかったのですよ。」
うわ、酷い!でもすごく正論。
「はいはい、わかったよ、もう。起きるから。」
ゆっくりと目を開けると、そこには銀色の長髪、僕の鼻息だけで揺れているサラサラの髪の毛と透き通る肌と整った顔。完璧なスタイル。柔らかい膝枕。
膝枕!?
反射的に飛び上がってしまう。
「うふぉぁあ!」
「初めましてたかし君。私は女神ラカ」
その場でスッと立ち上がり、仰々しく自称女神が自己紹介をしてくれた。
「はッはひ!」
「もう、そんなに緊張しないで。ね?」
そう言うと女神ラカは、いきなり両手を僕の身体にねじ込み、何かを解すように手を動かす。
全く流血していないので、その感覚が余計に気持ち悪かった。
「ッなっ何してるのさ!?」
「何って、緊張をさ、解してあげようと思ってね。」
「そんな物理的に緊張って解れるの!?怖いよ!」
確かにこの女性はただの人間じゃない。女神だと言われればもう信じる。
そう思うと余計に怖くなってきた。
「僕は、これからどうなってしまうのですか?その……、異世界に転生とか?」
「はい、あなたには私が啓示を与えましょう。そのために今ここにいるのですから。」
今まで真っ暗だった空間に突如として何かの紋章のようなものが浮き出てきた。身体がそれに吸い付き、床のような状態に変化した。
「たかし、選ばれし導師よ、貴方は異界にて災厄を司る悪神から、世界を救うのです。」
「そんな無茶な!僕にそんな力ないって。たぶん、人違いでしょ?」
「いいえ。間違ってなどいません。確実にあなたです。」
私のいる世界は今、未曾有の危機に直面しています。神々の対立により天と海と地が裂かれて、沢山の生命が脅かされています。
その対立に終止符を打つため、異界エンシェントに適正のある貴方を見つけたのです。
「そして貴方には特別な力がある。この対立を治めるに足る能力が。」
「随分と大それたこと言っていますけど、その能力とやらは一体何なのです?」
「それは、」
「それは?」
「……、言えません。」
「へ?」
能力が発現するまではその能力を説明することは出来ないのです。
たかしが用いるその能力は、神秘そのもの
私がその能力の存在を見つけたのは、女神の私しか持ち合わせていない神秘によるもの。
神秘は、証明してしまうとその力が低下したり、二度と使えなくなったり、現象に取り込まれてしまい神秘ではなくなってしまうのです。
「要するに、ネタバレしたら意味がなくなってしまうということですか。」
「そうです。」
自分の力で発現させなければいけない、そんな大変なこと僕に務まるのだろうか。
今までそんな事出来たことないのに、何者にもなれなかった僕が。
「僕の中に眠る神秘……、それで世界が救えるなら。」
「たかしを知る者は誰一人としていません。辛いこともきっとあります。それでも、私に力を貸していただけるのであれば、女神ラカが貴方の二度目の命を最大限にサポートさせていただきます。」
貴方が世界を救わなくとも、それは貴方の選択です。誰にも咎められません。
私が無理矢理転生させても、きっと最後は負けてしまうことでしょう。
大事なのは貴方の意思です。
「僕の意思。」
床に描かれた紋章が再び輝き始める。先ほどより一層僕を照らした。
身体が徐々に溶け出し、もう一度ぬるま湯に包まれる。
「そこから先は新たな人生です。もう後戻りはできません。」
「たかし、選択の時です。」
「僕の、選択は……ッ!」