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幻想と現実の境界が崩壊した世界にて

幻想と現実の境界が崩壊した世界にて

作者: 白石 縫

 ある日世界を巨大な地震が襲う。


 地震が終った後、そこにあったのは、今までと何も変らない世界だった。


 ただ一点。


 駅の中を、会社の中を、家の中を、川の上を、海の上を、空の上を、縦横無尽に好き勝手に動き回るモンスター達を除いて。モンスターが攻撃するのは人のみ。動物にも植物にも人工物にも全く反応を示さない。それどころかすり抜ける。


 当然、拳銃の弾も爆弾もミサイルだってモンスターをすり抜ける。

 

 地震からしばらくは積極攻撃(アクティブ)モンスターと非積極攻撃(ノンアクティブ)モンスターが分からず、いたずらに被害を拡大させた。


 出現したモンスターに積極攻撃(アクティブ)モンスターは居ない。全て非積極攻撃(ノンアクティブ)モンスター。つまり、こちらから『攻撃』しなければ、相手から攻撃してくることはない。しかし、この『攻撃』は、モンスターに触れることすら含む。


 縦横無尽に好き勝手に動き回るモンスター達をまるで地雷のように触れないように注意しながら送る生活に人々は疲れていた。


 ニュースでは、寝ていた所をモンスターが通過し、接触して殺された。子供がモンスターに触ってしまい、母が庇い母子共に殺された。そんな冷たいニュースが毎日続く。


 そんな中、モンスターが新たに沸くこともなく、モンスターが迷い込むこともない空白地帯が一部存在することがわかった。


 都市部にほぼその空白地帯はなく、都市部から空白地帯への避難が相次いだ。



 北関東の田舎町。俺の家は幸い、そんな空白地帯の1つにあった。


 俺の中学校も、あの日から一気に人数が増えた。それまで、少子化に伴い35人学級を進めていたにも関わらず、あっという間に教室不足、教員不足となり、一時的な緩和措置として50人学級。

 そして、圧倒的な生徒数に机も椅子も足りず、大学方式の生徒が教室を移動し、使い空き教室を作らないことによってなんとか授業を成立させていた。



 それから、また日々が過ぎ、とあるオンラインゲームのプレイヤーが、ゲームのステータスと装備を見た目では判別できないが引き継いでいることがわかる。

 世間の人は、ただの一般人だったはずのプレイヤー達をみんなで攻める。

 曰く、なんで力があるのに戦わないのかと。

 曰く、もっと早く名乗りを挙げてくれれば、○○は死ななかったと。

 隠れたプレイヤー達は、見つかればまるで魔女狩りのように、無理やり部隊に所属させ、ぎりぎりの環境で戦わされ続ける。

 モンスターはこちらから攻撃しなければ、攻撃して来ないにも関わらず、まるで、プレイヤー達が戦えば日常生活に戻れるようなそんな幻想が人々を支配し、プレイヤー達はその犠牲になっていく。


 ゲームを運営していたゲーム会社は地震の日、忽然とこの世界から姿を消していた。

 どうすれば日常に戻れるのか。誰も道を示してはくれない。



 俺もそんな隠れプレイヤーの1人だ。

 しかもLv99のカンスト組みと呼ばれるプレイヤーの中では頂点に近いような位置に居た1人である。


 ゲームの頃、一緒に闘った仲間は既に分かるだけで半分が死んでいった。

 バトルジャンキーのような奴らが、真っ先に敵に挑み破れて行った。

 仲間も多くはカンスト組みだから、テレビでは英雄のように扱われていた。


 当然、俺の所属していたギルド『黎明の奇跡』の話題もテレビに連日取り上げられる。

 今もそのギルド名のまま活動しているようだ。


 だけどごめん。俺は、そんな強くない。


 便所の落書きのような掲示板の書き込みを妬み乙。とか過去には思っていた俺だけど。


 今の俺に前線にたつ勇気はない。


 俺は回復役。所詮、1人ではなにもできない。

 盾役がちゃんとターゲットを取ってくれなければ、敵対値を稼ぎやすい回復役は真っ先に狙われてしまう。誰だって我身がかわいい。盾役を信じれるわけがない。



 学校帰りの夕暮れ、山の上にある神社の石段を登る。

 せめてもの懺悔のように、毎日この石段を登る。

 関東平野が見渡せる神社の境内。ここまでくれば、当然見える。


 アップデートで実装予定だったボスモンスター『エンシェントドラゴン』。


 あの日新宿に突然現れたその巨大な竜は、約80キロ離れたここからでも黒い多きな岩のようにそこに在る。



「探したよ。スガラ。」


 突然ハンドルネームを呼ばれ固まる。

 

「ごめん。人ちが・・」


「間違えるわけないでしょ?スガラ。いや、『黎明の奇跡』ギルドマスター、スガラ。」


 俺は何も答えない。何も言えない。そう、俺はスガラ。『黎明の奇跡』ギルドマスターのスガラ。


「みんな待ってるよ。もうギルドメンバーはもう半分いないけど。私たちの固定パーティーは皆、無事。今からでもなんとかなる。」


『黎明の奇跡』の情報は毎日テレビで流れている。だから。

 知っている。みんなの安否も誰が亡くなったのかも。

 知っている。俺のことを決して外部には話さず、存在すらなかったことにしてくれているのも。

 知っている。マスターとして、サブマスターだったこの少女が俺の代わりに全て背負っているのも。


「明日、私たち『黎明の奇跡』は『エンシェントドラゴン』に戦闘を挑みます。みんな、スガラを待ってるよ。」


 戦いが、死が、怖くて逃げるみっともない俺を。信じて未だに待っているのか。なのに。俺は。


「スガラが来ないとメインの回復役はLv低いけどむーさんになる。」


「え?むーさんってまだ60にも・・。」


 何も言わないつもりだったのに、思わず声に出てしまう。


「もう、止められないの。『エンシェントドラゴン』を倒せば元の世界に戻るかもしれない。それに期待する人たちの意見を抑えられないの。」


 その声は震えていた。表情を隠すように、少女は後ろを振り返り石段の方に向き直る。2年間、あのゲームで盾役として俺の前を張ってくれた見慣れた背中がそこにはあった。


「なーんて、スガラになんか全然、期待してないよ。」


 精一杯の元気な声で嘯く。


「大丈夫、ここに居るなんて誰もしらないから。最後にスガラに会えてよかった・・さよなら・・・大好きだったよ。恭二くん。」


 そのまま石段を走って降りていく。


 盾役を信じられないなんてそんなの嘘。自分の命が危険に晒される覚悟が。そして、自分選択で誰かを殺す覚悟が。回復役として他人の命を背負う覚悟が俺にはない。



 翌日、俺は行かなかった。


 『エンシェントドラゴン』討伐の様子はテレビで生中継された。無人の定点カメラからだ。


 人々の期待と不安が入り混じる中、戦闘が開始される。


 巨大な『エンシェントドラゴン』の前に、プレイヤーはまるで豆粒のようだ。


 それでも懸命に逃げ巨大なスキルを発動して少しずつ、『エンシェントドラゴン』にダメージを蓄積していく。


 しかし、同時に『エンシェントドラゴン』の範囲攻撃によって1人、また1人と動けなくなっていく。

 誰の目にも明らかな、圧倒的な回復力不足。


「もうやめてくれ・・・。」


 俺の逃げた代償。全部分かってる。


 俺の居ない状態で、勝ち目なんてない。俺自身が一番よく分かってる。


「もうやめてくれ・・・。」


 行き場のない気持ちを壁にぶつける。強く握りすぎた手に血がにじむ。



 また1人動かなくなった。メインの回復役のむーさんだ。


 雲行きを察してか、テレビ中継は中断される。


 中断される直前まで、あの少女は懸命に1人で『エンシェントドラゴン』の攻撃を受け続けていた。



 その日の討伐で、昨日尋ねてきた少女を含め、残っていた全てのギルドメンバーの命が失われた。




 --あれから4年。


 俺は今も隠れプレイヤーを続けている。もう、プレイヤーはこの世界にほとんどいない。


 『エンシェントドラゴン』はもう倒されることがないだろう。


 IF 最初から俺も戦っていたら。


 IF あの日戦うことを選んでいたら。


 北関東の田舎町。


 未だに佇む巨大な『エンシェントドラゴン』の影を、俺は夕日に染まる神社の境内から見ていた。


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