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9話―森の妖精

 

 俺はとにかく森を走った。

 化物のような虫たちに襲われるのは怖い。しかし、今感じている恐怖はそれとはまた別種のものだ。

 

 敵は捕食が目的で俺を襲ってきているとは限らない。弓という武器を使うということは知的生命体のはずだ。なにしろここはファンタジーの世界なのだから、相手が人間であるかどうかさえ不明である。いずれにせよ攻撃された以上、害意を向けられていることは確かだ。対話を試みる勇気はなかった。

 

 だが、実のところこの現地人のことについては一旦、頭の端に置いておくことにした。なぜならもっとヤバい状況に直面しているからだ。

 逃走を始めて間もなく、背後から追跡者の気配を感じ取った。いや、気配というか思いっきり物音を立てて追ってきているのでわからない方がおかしい。そいつは巨大な虫だった。謎の弓使いを警戒する余裕なんてなくなった。

 

 見た感じ、ゴミムシ。ゴミムシってどんな昆虫か、よく知らないけどそんな感じ。全長3メートルくらいはある。灰色で艶のないガサガサした甲殻は岩のように見える。実際、硬いだろう。それが六本の足を高速でシャカシャカ動かしながら追いかけてくるのだ。

 

 それも一匹や二匹ではない……三匹だ! ジェットストリームアタックでもしかけてこようとしているかのようだ。

 いつこいつらに捕捉されたのか定かではないが、寝込みを襲われていたらヤバかった。そういう意味ではあの矢で目覚めることができたのは、まだ運のいい方だったのかもしれない。

 

 そしてそんなことを考えているうちにも俺は確実に追い詰められていった。土台からして犬並みのスピードで追いかけてくる巨大昆虫に足で勝てるわけがない。

 

 「くんなー! くんなー!」

 

 もうダメだ。何とかして追い払うしかない。一発殴ればビックリして逃げてくれる可能性はある。これがムカデとかクモとかが相手だったら絶対に触りたくないところだが、こいつらの見た目は岩の塊だ。そこまでグロくない。そう思えば、かわいげさえ感じられる気がする。

 

 「「キチキチキチ……」」

 

 前言撤回。やっぱキモい。でも逃がしてくれそうにないので、やるしかないのだ。三匹のうちの一匹が猛スピードで接近してくる。目をつぶり、うずくまりたくなるのを必死でこらえる。

 

 一発殴ればとか考えはしたが、こうして迫りくる敵影を見ているとその体格差に圧倒された。無理じゃない、これ? ねえ……

 

 「ひいいいいいいっ!?」

 

 一直線に進んでくるかと思われた巨大ゴミムシ。だが、予想に反して大きく横に移動した。まるで慣性を無視するかのように直角に曲がっていく。

 いや、違う。移動したというより、横に吹っ飛ばされている……?

 

 バランスを崩したゴミムシは横転し、体の上下が逆さまにひっくり返った。あらわになった腹側にはワシャワシャと蠢く脚が見えて気持ち悪い。頭部と思われる部分にはノコギリのようなハサミのような、凶悪な形をした口器が見える。

 

 次の瞬間、その頭部が爆発した。生木が割れるような音とともに、甲殻の破片とグチャグチャの内容液がはじけ飛ぶ。頭部がなくなった胴体は、むしろ狂ったように暴れ出した。それまで以上の勢いで猛然と脚を動かすが、空を切るばかりである。そのまま起き上がることはできずに動きは鈍り始め、痙攣するようにピクピクした後、ついに動きを止めた。

 

 何が起きたのか、さっぱりわからないのですが。

 急に敵が襲ってきたと思ったらなぜか吹っ飛んで頭がパーンしていた。

 黄色とか白のプルプルした液体が盛大に飛び散る様は、俺に新たなトラウマを植え付けるに十分な威力を誇っていた。

 

 呆然とするしかない。残りの二匹のゴミムシたちはと言うと、既に逃げ出したのか影も形もなかった。彼らにとっても衝撃的な出来事だったのだろう。

 しかし、襲い来る衝撃はこれにとどまらなかった。

 

 森の奥からゆっくりと近づいてくる人影に気づく。そう、虫ではなく、人だった。

 その人は手に弓を持っていた。背中に矢筒らしきものも背負っている。だが、注目すべき箇所はそこではない。服装だ。

 

 スリングショットである。武器の名前ではなく、水着の方。両肩と局部を結ぶV字ラインしか隠せていない紐のような水着だ。なぜか全裸よりもエロい不思議。

 これがまだムキムキマッチョマンの変態だったら、森に暮らす野性的な原住民族として納得できたかもしれない。しかし、その人は変態は変態でも女性。しかもアマゾネスといったふうでもない。

 

 白磁のような透き通った肌の、スタイルのいい少女だ。体の線は細い。スラリと背が高いが、その割に顔は若干の幼さを残したような印象を受ける。髪は銀色に輝いており、肩にかからないくらいの長さで切りそろえられている。顔つきも整っていると言うほかない。なんだか綺麗すぎて人形のような無機質さすら感じる美しさがあった。

 

 森に住む部族というよりは森の妖精♀さん。

 ただ、この人は美少女ですか?と質問すれば、十人が十人肯定することだろう。そんな浮世離れした美少女が変態チックな格好をして近づいて来ている。ここがジャングルの奥地じゃなかったらグラビアアイドルの着エロ撮影としか思えない光景である。しかもなぜか、うっすらと笑っている。コワイ。

 

 一応、森の妖精♀さんは手に持った弓を構えず自然体でこちらに向かって来ている。他に武器を持っている様子もなく、笑顔であるし、敵意は感じられない。しかし状況から考えて、先ほどあの巨大ゴミムシを瞬殺した猛者は彼女であると思う。どのような魔法を使ったのかしらないが、頑丈そうな甲殻を持った化物昆虫をミンチに変えるほどの戦闘力を有しているのだ。その笑顔の下にどんな感情を忍ばせているのかわからない。指が震えてきた。

 

 「一つ、尋ねたい」

 

 彼我の距離が二メートルくらいのところで彼女は立ち止り、質問を投げかけてきた。

 完全に想像外の質問を。

 

 「あなたは……女の子が好き?」

 


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