84話
立ち上がり、大きな声で叫ぶノワール。俺はあっけにとられた。しかし、会場は子どもたちの騒がしい声で既に満たされている。ノワールの声はその波の中にかき消されたかのように思えた。
だがそんな中、舞台の上で苦しそうにうずくまっている怪人はハッと気づいたように顔を上げたのだ。ノワールの方を見ている気がする。彼女の声援が聞こえたのだろうか。
「よおし! みんなありがとう! パワーは十分に集まった! これで怪人を完全に無に帰すことができる!」
ノワールは怪人の方を応援していたようだ。無理もないかもしれない。やはりこの劇は根底に、「人間=正義」「魔族=悪」という図式があるように思える。ノワールの立場からすれば面白くないだろう。ショックを受ける内容だったかもしれない。連れてくるべきではなかったか。
「くらえ! 『絶対正義執行剣』!」
「ここまでか……だが、ゆめゆめ忘れるな! たとえ俺様がここで力尽きようとも、怪人たちが必ずやお前を……」
「諦めるな! ゴキブリンガー!」
ノワールが走り出した。止める間もない。
「ちょっと、ノワール!? これお芝居だから!」
あっと言う間に舞台に上がってしまった。ど、どうしよう。ノワールの見た目は子どもだが、それなりに分別のある話し方をしていただけに、こんなことをしでかすとは思わなかった。せいぜい、不快感を表すようなら途中で劇場から抜け出そうと考えていたくらいだ。
アインザーク役のイケメンも困惑し、剣を振りかぶったまま硬直している。
「た、大変よ! ゴキブリンガーが新たな人質を取っちゃった!」
「お、おのれ怪人! 卑怯なマネを!」
司会のお姉さんからアドリブが入り、イケメンが動きを取り戻す。だが、これどうやって収拾をつけるんだ。会場の子どもたちも、このハプニングにざわめいている。
「ノワールは人質ではない! ノワールは……怪人ノワール! ゴキブリンガーの仲間だ!」
ノワールはせっかくのアドリブをぶち壊し、我が道を行く。色んな意味で、ハラハラドキドキが止まらない。
「こっ、これは洗脳よ! ゴキブリンガーの力で人質が洗脳されちゃった!」
「お、おのれ怪人! もう許せん! 引導を渡してくれる!」
イケメンが流れを断ち切るように剣を怪人へと向けた。そのまま斬り捨てようと接近する。
「させるか! 『拒絶』!」
「ドゥブフッ!? ピュイイイィィン! バフウドホブヘァッ!」
ついにやりやがった……ノワールが血結技を発動し、すっ飛ばされたイケメンが舞台から弾き飛ばされ地面を転がっていく。そして動かなくなった。彼は意識を失う直前まで役者魂を発揮し、効果音を叫び続けていた。
いや、そんなこと冷静に観察している場合じゃない!
「うそだ……アインザークがまけた……?」
「な、なんだよ、あのかいじん!?」
「こんなこと、いままでいちどもなかったのに!」
まずいまずいまずい! 突然の事態に子どもたちが動揺している。今にも泣きだしそうな子までいる。もはや俺が止めるしかない。
「何が孤高の騎士だ。口ほどにもない。これでもう安心だ、ゴキブリンガー」
「君はいったい……?」
「怪人ノワールだ! お前とノワールは、ともにニンゲンを憎む同士。仲間として手を貸すのは当然だ。さて、ではアインザークとやらにとどめを刺すとしよう」
「待てぇい!」
イケメンに追撃をかけようとするノワールを見て、俺は慌てて舞台に上がった。子どもたちの視線が俺に集中する。
「だれ、おのおねえちゃん?」
「アインザークのみかたなの?」
期待のこもった眼差しが突き刺さる。俺のことを劇中の登場人物か何かだと勘違いしているのだろう。これもまた劇の演出の一つであると。
一刻も早くノワールを連れて行かなければならない。それは確かだ。だが、ここで劇を滅茶苦茶に荒らしたまま放置していいのか。この劇を楽しみにしていた子どもたちの夢を壊したままでいいのか。
「お、俺はゴッ……孤独の騎士、ツインザーク! 怪人ノワール、お前にアインザークをやらせはしない!」
こうなれば、切りの良い形でなんとか収拾をつけるしかない。このままの流れで強引に劇を進めるんだ。とはいえ、勢いだけで出てきたはいいが、ここからどうすればいいかさっぱり見当がつかない。とりあえず、メイスを構えておく。
「ふ、やはりお前がノワールの前に立ちはだかるか。積年の恨み、今ここで晴らしてくれる!」
ノワールの周囲に風が吹く。闘気による威圧とは異なる物理的圧迫感が増していく。おい、まさかこのままガチ勝負に発展してしまうのではないか。そうなればノワールが昨日の事件の犯人だとバレてしまいかねない。
「待て、ノワール」
しかし、そこで彼女を止めたのは俺ではなく、怪人ゴキブリンガーだった。
「深追いは無用だ。ここは一旦、退いて体勢を立て直す」
「しかし、今がアインザークを倒す絶好の好機だぞ!」
「ツインザークと名乗る二人目の騎士……ただならぬ実力者だ。今ここで戦うのは得策ではない」
「くっ……確かに」
「焦る必要はない。我らが力を合わせれば、もはや孤高の騎士など敵ではないのだ! 今は見逃してやろうではないか。我々、怪人の恐ろしさをその身に刻むがいい。次会ったときがお前の最期だ! アインザーク!」
「突然に現れ、アインザークの窮地を救った謎の騎士ツインザーク! その正体やいかに!? 新たな強敵も現れ、アインザークの戦いは苛烈さを増していく! 戦え孤高の騎士アインザーク! 人々が真の平和を取り戻すその日まで!」
ゴキブリンガーの機転により何とか戦闘を避けることができた。司会のお姉さんが締めくくり、会場にまばらな拍手が鳴り響く。その後、俺は急いでノワールを回収し、舞台裏へと引っ込んだのであった。
* * *
当然のことながら、俺たちは怒られた。団長さんから大目玉をくらう。次の公演の脚本を一から書き直さなければならないと嘆いていた。本当に申し訳ない。
ノワールが魔族であり、劇中の怪人役につい感情移入しすぎてしまったことを説明すると、団長さんは最終的に許してくれた。ノワールは一言も謝らなかったので、俺が代わりに頭を下げることになったが。手のかかる怪人である。
「お~い!」
ようやく解放された俺たちが劇場を後にしようとしていると、走り寄ってくる人がいた。黒づくめの衣装に身を包んだ男だ。小脇にゴキブリンガーのマスクを抱えている。どうやらさっきの劇で怪人役を務めていた人らしい。マスクはどっかに置いてきてほしかった。
「その節はどうもご迷惑を……」
「いやいや! とんでもない! 僕はお礼を言いに来たのさ」
はて、迷惑をかけた覚えしかないのだが、何か感謝されるようなことをしただろうか。
「いやね……最近、思い悩んでいたんだ。役者として僕は本当にやりたいことができているのだろうかって」
このお兄さんはもう長いことこの劇団で怪人役を務めてきたという。不細工な自分にはこういう役がお似合いだと自虐的に語っている。それほど容姿が劣っているようには見えないが、まあ主役を張っていたイケメンに比べれば一段も二段も下と言わざるをえない。
「別に怪人役に不服があるわけじゃないんだ。魅力的な悪役が劇を引き立てることは事実。とてもやりがいのある役だよ。そう思うんだけど、心のどこかで別の感情が湧くこともある。主役に対する憧れとかね……一つ一つは小さな迷いでしかないそれが、時間と共に少しずつ積み重なっていくんだ」
怪人役に誇りをもって演じているのではなかったのか、それとも自分が役者を目指した理由とは単に観客からチヤホヤされたいがためでしかなかったのか。お兄さんは、そういった停滞した感情を抱くようになっていた。
「だけど今日、ノワールちゃんがくれた声援を僕は聞いた。情けない話だけど、感動してしまったんだ。僕の演技を見てくれている人がいるんだと実感できた。目の前にかかっていた霧が晴れたような心境だったよ」
大勢の人に認められることは確かに素晴らしいことだが、このお兄さんにはこのお兄さんの持ち味がある。誰の目にもとまらないなんてことはない。何気ないことかもしれないが、ノワールが送ったエールはそんな当たり前のことに気づくきっかけとなったのだろう。
「だからお礼を言わせてほしいんだ。ありがとう」
「……」
ノワールはぷるぷると微妙に体を震わせている。感謝されて恥ずかしがっているのだろうか。素直に受け取ればいいのにと思っていた俺はしかし、自分の認識が大きく間違っていたことに気づかされる。
「お、お前……ゴキブリンガーじゃなかったのか……?」
今のお兄さんは到底悪役には見えない人のよさそうな好青年である。怪人マスクもはずしている。これは言わば、遊園地の着ぐるみマスコットキャラが頭部を脱ぎ去って中の人を露出させてしまったも同然である。
怪人ゴキブリンガーの存在を信じて応援していたノワールの純粋な子ども心をぶち壊す失態である。
「あっ!? ご、ごめん!」
「何してるんですか!? 早くマスクつけて!」
「はいっ! すみません!」
「もっと怪人らしく喋らなきゃ駄目でしょ!?」
「くっ、クハハハハ! これこそ俺様の真の姿……怪人ゴキブリンガー、ここに参上!」
「もういい……ニンゲンはこういうことをする……」
「ノワール元気だして!」
すっかりしょげかえってしまったノワールを、俺とゴキブリンガーは必死で励まし続けたのであった。
ストックがなくなったので、更新速度が落ちます。




