83話
子どもたちから異常な支持を集めるアインザーク劇場。何の気なしにノワールを連れてきてしまったが、判断を誤ったかもしれない。ちらりとノワールの様子を確認してみる。
彼女はおとなしく席に座っている。アインザーク熱気に冒されていないようで安心した。アインザーク熱気に冒されていないようで安心した。ただ、静かに観劇しているが、仮面で顔が隠れているので、どんな表情をしているのかまではわからない。
そうしている間にも劇は進行する。場面は移り変わっていた。どうやら宿から一人で出てきたところのようだ。アンジェリカの姿はない。
「すまない、アンジェリカ……君を危険な戦いに巻き込むわけにはいかないんだ。領主の娘である君には、輝かしい将来がある。オレのことは忘れて幸せな人生を歩んでほしい」
自分が浮気したあげくボロクソに振った理由を、あたかも外的要因によるものだと言わんばかりの弁明をし始めるアインザーク。まあ、こんな男に騙されたアンジェリカも考えなしだったのかもしれない。しかし、貴族の娘を傷物にして逃げるとか、死刑にされてもおかしくないのでは。
「大変だあああ! 怪人が出たぞおお!」
そのとき、一般人らしき格好の役者が大声をあげる。町人Aとでも呼ぼうか。いよいよ敵役が登場するようだ。
町人Aはすぐにはけ、入れ替わるように怪人が現れた。光沢のある黒い衣装を着ている。顔には精巧に作られた被り物をつけていた。生々しいほどにリアルな虫のマスクだ。
というかこれ、本物の魔物の頭部としか思えない。おそらく、森の巨大昆虫の死骸から調達したものだろう。頑丈な外骨格があるので、中身をくりぬいて乾燥させればマスクのように使えないことはないだろうが……俺なら全力で辞退するぞ。
「きもい!」
子どもたちから正直な感想があがる。こればかりは俺も同感である。
「ギャーッハッハッハ! 俺様は怪人ゴキブリンガー! この町の人間たちの体内に卵を産みつけ、苗床として利用し、幼体ゴキブリンガーを量産してやる!」
計画がおぞましすぎる! 名前も最悪だった。もう直視できない。とりあえず、この劇の脚本を考えた奴をぶん殴りたい。
「待てえ! 現れたな怪人め……! 俺はアインザーク! 孤高の騎士なり! この町の平和を乱す者は許さない!」
「アインザークはやくやっつけて!」
「まぞくをぶちのめせー!」
俺はアインザークの奴が嫌いだが、さすがにゴキブリンガーの味方をすることはできなかった。
ところで、子どもたちが怪人のことを魔族呼ばわりしているのが気になった。確かに、「人間以外の知的生命体」という定義から言えば、このゴキブリンガーも魔族ということになる。
なんというか、意図的に「魔族」という呼称を「怪人」という言葉に言い換えているのではないかと思えた。直接的に差別するような表現を避けてはいるが、根底には魔族蔑視の思想があるような気がするのは深読みのしすぎだろうか。
ノワールが気を悪くしていなければいいのだが。そちらを見やると、彼女はまだおとなしく座っている。しかし、やや前傾姿勢になり、食い入るように舞台を見つめているように感じる。固唾をのんで見守るという感じだろうか。
もし、感情移入しているのだとすれば、いったいどちらを応援しているのだろう。アインザークか、ゴキブリンガーか。本音を言えばどっちも応援してほしくない。
アインザークがスラリと剣を引き抜いた。その勢いのままに怪人へと飛びかかろうとする。
「おおっとアインザーク、下手なマネはよすんだな。こちらには人質がいる」
人質とはまたお約束な。そう言えば、前回のあらすじでも怪人が人質を取ってなかったか。
「助けてアインザーク!」
「アンジェリカ!?」
しかも、お前かよ! キャストを使い回すな。ピ○チ姫か。
「許せん、怪人め……!」
「ファッハッハ! これで手も足も出せまい?」
「おのれ……おのれええええええ!!」
アインザークの体から闘気の威圧が放たれた。怒りに体をわななかせている。
「オレは孤高の騎士アインザーク……しかし、オレは知った。真の孤独とは、一人きりで生きることではない。愛する者を失うことこそ、本当の孤独! 大切なものは失ったとき、初めてその価値に気づく……後悔、諦め、怒り、その全ての感情がオレの孤独! そしてオレの力だ! オレの真の力が今……覚醒した」
いや……アンジェリカ、まだ生きてるけど……
「フッ、フフフフ……ファッハッハッハ! 女にうつつを抜かし、負抜けていたかと思ったが、ようやく戦士らしい顔を見せてくれたな。おもしろい! それでこそ、俺様が相手をするにふさわしい男だ。もはや人質など不要! 拳で語り合うまでだ!」
ええ!? 人質取った意味ないじゃん!? 今さら正々堂々戦うのか。何がしたかったんだこいつ。そして、二人は大立ち回りを演じ始める。
「ハァーッ! セイッ! セイッ! カキンッ! シュバッ!」
「ズバーッ! シュ! フンッ! フンハァーッ! ゴオオッ!」
だから口で効果音を言うのをやめろ。小学生のごっこ遊びみたいになっている。一応、殺陣はなかなかの迫力ある動きに仕上がっているだけに、余計残念さがにじみ出て来る。
「ズバ! キンッ! シュウゥゥ……シュバシュッ!」
「グッ、グオアアア……!」
と、そこで怪人に鋭い一撃が入った。苦しそうにひざまずく。アインザークはそんな絶好のチャンスを前にして、ゆっくりと見せつけるように剣を高く掲げていく。はよ斬れ。
「俺様は怪人、ゴキブリンガー……! 人々が自然への敬意をなくし、傍若無人に振舞うがゆえに生まれた精霊の代弁者……! 貴様たち人間が生み出した闇の産物! 俺様の怒りは自然の怒りだ! それに逆らおうというのか!?」
ここにきて怪人サイドの複雑な事情が浮き彫りになる。なるほど、単純な勧善懲悪というわけではないのか。
「知ったことか! お前が自然の代弁者であるというのなら、オレは人間の代弁者だ! 人間に危害を加える存在を許してはおけん! 卑怯で野蛮な怪人め! 孤高の騎士が正義の鉄槌を下す!」
怪人の主張を真正面からぶった切ったぞ。いや、確かに最終的にそういう結論に行きつくとは思うけど……もうちょっと葛藤みたいなものがあってもいいのでは。オレのやっていることは本当に正しいのだろうか、とかそういうの。
剣を振りかぶるアインザーク。そこで、司会進行のお姉さんが会場の子どもたちに向けて声を投げかける。
「会場のみんな! アインザークに声援を送って! みんなの声が集まれば、きっとアインザークの力になるわ! みんなの力を一つに集めて!」
孤高の騎士なのに、みんなの声援でパワーアップするのか……というか、既に怪人は劣勢なんだからパワーアップする必要はない。とどめの一撃にフルパワーをぶち込むとかイジメか。
「あいんざーくさまああああ!」
「まちのへいわをまもってえええ!」
「てきをぶったおせっ、あいんざーく!」
子どもたちが思い思いの声援を送る。この様子だとそろそろ物語もクライマックスだ。後はアインザークが怪人を倒して大団円、という流れだろう。
「負けるな! ゴキブリンガー!」
だが、そこで一つだけ場違いな声援があがった。アインザークではなく、怪人を応援する声。それはノワールのものだった。




