82話―孤高の騎士
思ったより客入りは順調で、木の席も半分近くが埋まろうとしていた。問題はその年齢層だ。かなり低いのである。最初はえらく子どもに人気がある劇なんだなと思っていたが、そうではない。見渡す限り子どもしかいないのである。
「ねーねー、おねーちゃんもアインザークすきなのー?」
「いやっ、俺は保護者っ、こ、この子の引率で……!」
「かくさなくてもいーよっ! アインザークさまかっこいいもんね!」
児童向けの演劇だとは思わなかった。看板に書いておけよ!
俺だけ明らかに浮いている。恥ずかしい。見物料を払うときに一言注意してくれてもよかったじゃないか。せめて親子連れで来ている客が他にもいればまだマシだったのに!
ノワールはと言うと、静かに座って劇が始まるのを待っていた。いつも大人びた言葉づかいをしているが、精神年齢はやはり見た目相応なのだろうか。ファンタジーだとよくあるロリエルフ(高齢)なんて設定ではないのかもしれない。
ノワールに観る気があるようなので、今さらやっぱり出ようとは言えなくなった。羞恥心をこらえながら俺も座り続けるしかない。悶々としながら待っていると、しばらくして壇上に一人の女性が姿を現した。
「よい子のみんなー! こんにちわー! 今日は集まってくれてありがとー! それじゃあ、さっそく我らがヒーローを呼びましょう! 孤高の騎士アインザーーーーーーーク!」
「「「あいんざああああああく!!」」」
このノリが劇終幕まで続くのかと思うと戦慄する。果たして俺は正気を保っていられるのだろうか。
子どもたちの元気な声援を受けて、一人の男が舞台の上へと躍り出た。立派な鎧を身につけた美形の役者だ。小道具はなかなかしっかりした作りである。
「オレの名は……シュッ! スラアアアッ!」
突然奇声を発したイケメンが抜刀する。その場で、ぶんぶんと剣を振りまわす。
「シュキーン! シュッ! シュラアアッ! ……スー……チン」
虚空に向けて、ひとしきり斬りかかったのち、その剣を鞘に収めた。そして客席に向けてドヤ顔とポーズを決める。
「孤高の騎士、アインザーク」
それだけで会場のボルテージはマックスとなった。子どもたちからの黄色い声援がイケメンに降り注ぐ。それと比例するように、俺のテンションは下降していく。なにこれ。
どうもこの劇は続き物らしく、ここに集まった子どもたちはアインザークの物語を知っているようだ。だからこそこの熱狂なのだろうが、たとえ俺の感性が10歳若返ったとしてもついて行けそうにない。アインザークの何が、この子たちをここまで駆り立てるというのか。
と、ここで進行のおねえさんから前回の劇のあらすじが説明されるようだ。初見の俺たちとしては助かる。
「前回のあらすじ。恐ろしい怪人たちの魔の手から町を守るため、日夜奮闘するアインザーク。植物怪人ヒマワリンガーに領主の娘、アンジェリカが人質にされてしまった! しかし、アインザークの機転により怪人は倒され、見事人質の救助に成功する。アンジェリカから送られる熱烈な好意。二人の愛は燃え上がり、連れ込み宿で情熱的な一夜を過ごしたのであった……」
「ぶっ」
これ子ども向けの演劇じゃなかったのか。情操教育への配慮はないのか。
だが、観客の子どもたちにとっては既に把握している内容だったらしく、特に反応も上がらなかった。あらすじの説明がされているうちに舞台のセッティングが整う。
舞台中央にベッドらしき書き割りが置かれた。客席から見て俯瞰視点でベッドが置かれているように表現したいのだろう。その絵の前にさっきのイケメンと美女が並んで立っている。この美女がアンジェリカだと思われる。
「チュンチュン……チュンチュン……」
口でSEを言うな。いや、まあいいけど、それを言っているのが主演のイケメンなのである。せめて誰か他の人に任せられなかったのか。
「バッ! アインザーク目覚める。オレはいついかなるときでも怪人との戦いに備えて意識を研ぎ澄ましている。オレはベッドの上にアンジェリカを一人残し、一人で宿一階の酒場へ向かう」
セリフで心理描写とか状況説明を事細かに報告しないで。
「マスター、一番強い酒を」
朝っぱらから飲むのか……一杯ひっかけたイケメンは、すぐに席を立ちあがり、どこかへ向かおうとする。
「待って! アインザーク!」
そのとき、イケメンを引き留める声があがった。
「私はアンジェリカ! アンジェリカよ! 黙って一人でどこへ行こうとしているの?」
「オレの使命は怪人を倒し、人々を守ること……オレは行かなければならない」
「でも、怪人は昨日倒したばかりだわ。もうしばらくは他の怪人も手を出してくることはないのでは……」
「そんなに都合よく物事が運ぶとは限らない。オレに安息のときはないのだ」
「……わかったわ。それなら私も一緒に貴方と戦う。私を連れて行って!」
「それはできない」
「どうして!?」
「足手まといだからだ。現に君は怪人に捕らわれ人質にされた。オレの隣に並び立つにふさわしい人間ではない。もとよりオレは孤高の騎士アインザーク。仲間も恋人も必要ないのだ!」
じゃあなんでアンジェリカ抱いてんだよ! 男としての責任とか誠実さとか全てドブに投げ捨てるかのような態度である。
「オレは孤高の騎士……しかし、その孤独に慣れきり擦り切れた心にも休息は必要だ。一時の安らぎが……人肌の温もりが必要だったのだ。オレは孤高の騎士として、一人の女性を愛し続ける資格などない……だが、それでもアンジェリカを求めずにはいられなかった! 彼女からもらった温もりは忘れない。彼女との関係はここで終わってしまうが、その癒しは俺の心に残り続け、明日を戦い抜く原動力となるだろう」
なに良い話風にまとめようとしてんだよ!? 全然取り繕えてねえよ! とどのつまり、勝手な理由をつけてヤリ捨てようとしているだけである。
「そんな……ひどいわ、アインザーク……」
アンジェリカ役の美女は泣き崩れてしまった。お芝居とはわかっているが、あまりにも不憫だ。こんな滅茶苦茶な劇を見せられて、観客も黙ってはいられないだろう。
「いいぞー! あいんざーく!」
「それでこそオトコのなかのオトコだぁ!」
だが、俺の予想に反してアインザークはひんしゅくを買うことはなかった。むしろ、男の子たちから歓声を集めているではないか。本当に情操教育に悪い。
アインザークはどうしようもないクズだが、百歩譲って男としてそのただれた生き様に惹かれる部分もあるかもしれない。しかし、この演劇を観ているのは男の子だけではない。結構な数の女の子もいるのだ。今度は彼女たちが黙ってはいない。
「ひっこめ! あんじぇりかー!」
「ぽっとでのくせに、アインザークさまのおともになろうだなんてなまいきなのよ!」
「しりがるおんな! はじをしりなさい!」
……なぜか、その怒りの矛先はアインザークではなくアンジェリカに向けられている。男の子たちに引けを取らない野次を飛ばし始めたではないか。どうなっているんだ、この子たちは。




