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80話

 

 しばらく二人で歩いていると、公園の前を通りかかった。近くに屋台が出されているようだ。屋台形式の露店は、この町でよく見かける。お祭りでなくても常設しているようだ。

 

 屋台で買い食いするのもいいかもしれない。ちょっとデートっぽい気がする。下手に雰囲気の悪い店に入って損した気持ちになるよりも、その場のノリでジャンクフードを頬張るのも一興か。

 

 「お、あれは」

 

 そこで一つ目についたのがクレープを売っている屋台だ。プリンがあるのだからクレープがあってもおかしくない。

 

 おいしそうではあるが、これを昼食にするのはさすがに……と、思ったものの、看板に掲げられた『クレープ』の文字を目にした瞬間から俺の脳内にはふんわり薄い卵生地に包まれたチョコや生クリームの想像があふれて止まらない。

 

 いいんだ。今の俺の体は女子。ノワールも女子。女子なら昼食をクレープで済ませても許されるのだ! カロリーを考えればそれだけで十分なのだ!

 

 「あれを食べよう! クレープだぞ、ノワール」

 

 「くれーぷ……?」

 

 「ああ、卵を使った甘いお菓子だ。まあ食べてみればそのおいしさがわかる!」

 

 想像しているだけで口の中に甘さが広がってきそうだ。俺たちは屋台に近づいていく。なんか、お菓子を売っているにしては香ばしいにおいがするな。

 

 「いらっしゃい! クレープ二つだね!」

 

 俺たちの姿を見た店主は、こちらが注文を口にする前に手早く調理を始めてしまう。探してみてもメニューなどどこにも書かれていないので、商品は一種類だけなのかもしれない。

 

 鉄板の上に薄く広げられた溶き卵。ここまでは良かった。その折りたたまれた生地の上に乗せられたのは、肉だ。一口大にカットされた肉がゴロゴロと、卵生地の器に盛られている。

 

 「はい! ベルベルクレープおまち!」

 

 渡されたクレープは実においしそうな香りを放っている。確かにおいしそうではある。だが、俺が求めていたクレープはコレジャナイ……

 

 「あ、甘いクレープってないんですか?」

 

 「甘い? 肉の味付けが?」

 

 「いや、そうじゃなくてこう、生地の中に生クリームとかのお菓子を包むとか……」

 

 「お菓子ぃ? うーん、その発想はなかったな。クレープの中身と言えば普通はベルベルヌーンだろ?」

 

 クレープは甘くない食べ物というのがこの世界のスタンダードらしい。残念ではあるが、俺にはそれとは別に気になることがある。

 

 ベルベルヌーンって、そもそも何だよ。串焼き屋台でも売っていたこの町のソウルフードらしいが、結局何の肉なのか判明していない。店主にそのことを聞くべきか、俺は迷っていた。

 

 別に迷わなくても聞けばいいじゃないかと思うだろう。俺も最初はそう思った。だが、そこで気づいたのだ。異世界モノ定番料理である『串焼き』だが、その材料が魔物の肉から作られているという設定もまた定番なのだ。たとえば、ホーンラビットの肉とか。

 

 そこで思いだしてほしい。この町の近辺にあるダンジョンの存在を。『夜噛蟲の森』である。虫系モンスターがうじゃうじゃいる恐ろしい場所だ。まさか、このベルベルヌーンなる肉はあの場所から調達されているのではないか。そんな身の毛もよだつ仮説が頭をよぎってしまった。

 

 安価で大量に売られているという点も不安感を増大させる。このクレープも一つ銅貨二枚しかしなかった。

 

 俺もこの肉に衛生面の問題があるとは思っていない。これだけ大衆に浸透している食材なのだから体に悪いということはないだろう。しかし、これがあの巨大昆虫たちの肉だったなら……

 

 そう考えると、店主に肉の由来を尋ねることはできなかった。店主の口から真実が語られ、もし俺の不安が的中してしまった場合、俺はこのベルベルヌーンを虫肉と知りながら食べなければならなくなる。それならばいっそ何も知らないまま、勢いで飲みこんでしまえばいいのでは。俺がその情報を知らなければこの肉の正体は不確定。シュレディンガーの肉!

 

 そんなに気になるなら食べなければいいじゃないかと思うかもしれない。だが、その選択肢は俺にはない。俺は屋台の店主からクレープを受け取ってしまった。ここで食べられませんと突き返すことは店主に対する侮辱、そしてクレープに対する侮辱である。これはヨルムンガンドによる食への執着の影響以前に、人として最低限の良識だろう。

 

 ……覚悟を決めよう。そもそも牛や豚だって精肉の過程は生々しい。命を食するということは決して綺麗な側面ばかりではない。美しく加工された動物の肉は食べられるのに、昆虫食は忌避する。そんな差別があっていいのか。何も考えず、この肉を食べればいい。無心となれ。

 

 「これ、甘くないぞ」

 

 「もう食べてる!?」

 

 何と、俺が逡巡している間にノワールは食べ始めていた。しかも、仮面をはずしている。確かにはずさないと食べにくいだろうが、これはまずい。一応、ノワールも素顔を見られないように配慮したのか、店主に背中を向けている。だが、公園には他の人目もある。俺はすぐにノワールを連れて移動した。

 


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