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75話

 

 ついに俺の番が来た。少し緊張する。痛みがあると言っていたし、予防接種を受けるような心境である。クロウさんが俺の胸の上、心臓のあたりに手を置く。ちょっと怖くて目をつぶってしまう。

 

 「……お前、『鎮気』使ってないか? 全く闘気が通らないんだが」

 

 緊張しすぎたらしい。力を抜いてリラックスしろと言われた。俺は深呼吸する。こんにゃくをイメージして体を柔らかく。

 

 そうだ、どんな診断結果が出てくるか考えよう。これでも異世界転移を果たした者だ。きっとチート属性が手に入るに違いない。光とか闇とか! いや、もしや全属性適正なんてのもあるかも……

 

 

 物欲センサー『見とるで』

 

 

 っ!? な、なんだ……? 今、俺の心の中で何かがささやいたような……

 

 

 物欲センサー『見とるで』

 

 

 気のせいではない! これは、やりこみタイプのRPGプレイヤー最大の強敵、物欲センサーさんではないか!

 

 低確率で敵からドロップする貴重なアイテムを求め、せっせと戦闘を繰り返すプレイヤーの前に現れてはその確率を操作し、ドロップ率を著しく低下させてしまう悪魔のセンサーである。「このアイテムがほしい」というプレイヤーの物欲を正確に読み取り、妨害してくれるのだ。

 

 まずい、このままでは物欲センサーさんにブロックされて光属性も闇属性も手に入らなくなってしまう。物欲を消さなければ。何か、他のものを希望するんだ。

 

 よし、火属性にしよう。光とか闇とか、そういう高望みは止めるんだ。期待が大きくなるだけ外れたときのショックも大きくなる。ここは無難に四属性の中から選ぼう。

 

 やはり、魔法と言えば火力。『火燃貫通ファイア』の効果は最もそのロマンに近いと言えるだろう。青年二人組やおじさんも火属性だったのだ。これは流れが来ている。火、火、火ときて次も火! これは来る。

 

 物欲センサー『見とるで』

 

 なにぃ!? 火も駄目だと!? このささやかな希望さえも許さないというのか。しかし、この一線だけは断じて譲ることはできない。本当は火がほしいが、じゃあここは、あえての水……水がほしい、ということにしよう。うん、水……からの火。水からの火だ。

 

 来い! 水からの火!

 

 「だから力むな! 闘気が通らねえだろうが!」

 

 どうも俺の診断は難航しているらしい。他の人たちは1秒もかからずに終わったのに、俺だけいまだに結果がでない。痛みというのも今のところない。

 

 「スケアクロウさん、いくらゴーダさんが可愛らしいから言って、その可愛らしい胸にいつまでも手を当て続けるなんてハレンチですよ」

 

 「お前は黙ってろ……うん、駄目だ。これはいくらやっても無駄だな」

 

 「ええっ!? じゃあ、属性はわからないんですか!?」

 

 「いや、この感じは……たぶん水だ。お前は水属性だと思うぞ」

 

 「おのれ物欲せんさあああああ!!」

 

 確か水って一番しょぼいヤツだったじゃないか! 魔力の燃費が良くなるだけでしょ。そもそもまだ魔技も自体、まともに使えないのに先の燃費の心配をしたところで意味ないじゃないか。

 

 「おい、水だってよ」

 

 「かわいそうに、ハズレ属性じゃん」

 

 青年二人組が俺の方を見てヒソヒソ話をしている。冒険者の間では、やはり水はハズレ扱いを受ける属性らしい。おじさんも気の毒そうな目を俺に向けている。

 

 「火がいい。火にしてくれ……」

 

 「あのなあ。水属性が弱いという偏見は捨てろ。魔力の消耗を抑える効果があると説明したが、その他にも優れた点がある。精神鎮静効果があると言ったよな? これは闘いにおいて重要なファクターとなりうる」

 

 闘いの最中に冷静沈着に物事を考えられる力は確かに有用だと思うが、クロウさんによるとそういう精神論だけでなくもっと実用的な効果があるらしい。なんでも『鎮気』を扱いやすくなるのだとか。

 

 「『闘気』とは“動”の気だ。戦闘に臨む人間は、自ずとその熱に支配され、この動の気に心が偏ってしまう。これが『鎮気』の使い手が少ない所以でもある。『鎮気』を扱う者には、戦闘中であっても心乱されることなく精神の均衡を保つ能力が求められるからだ。水の血結技『水流黙示ウォーター』は『鎮気』への理解を深めるために大きな助けとなる」

 

 水属性には優れた『鎮気』の使い手が多いという。偏見で弱いと決めつけてごめんなさい。でも、やっぱ火の方が……

 

 「皆、自分の属性は理解できたな? では、血結技の発動訓練に入ろう」

 

 何か、特別な手順みたいなものがあるのだろうか。『普遍級』は誰でも発動できるチャンスがあると言っていたが、実際ここにいる面々はそこまでに至っていない。一般人全員が容易く力に目覚められるわけではないようだ。そんな『普遍級』を使えるようになるという訓練法を、簡単に教えていいのだろうか。

 

 「やりかたは単純だ。拳や武器を素振りしながら、自分の属性に合った血結技の詠唱をしろ。大声でな」

 

 え? それだけ?

 他の受講者も拍子抜けしたような顔をしている。

 

 「もともと、お前たちの体の中には血結技の術式が備わっている。後はその力を引き出してやるだけでいい。詠唱とはその魔技の術式を起動するためのトリガーだ。とにかく、できると自己暗示をかけながら叫べ」

 

 大声を出すのがポイントらしい。そうもっともらしいことを言われては、俺たちも素直に従うしかない。各々、持参した武器を振りかぶりながら詠唱を開始した。

 


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