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70話

 

 「『はい』と答えればいいと言ったはずだが? 聞こえなかったのか? それとも言葉を理解できないほど馬鹿なのか? あまり俺を失望させないでくれ」

 

 まだこのやりとり続くの? もうやめてくれ。アルターさんかノワールの激情に触れたら一巻の終わりだぞ。その「どれがアタリかな~」と言いながら時限爆弾の導線を端から一本ずつチョキチョキしていくような自殺行為は止めるんだ。

 

 「もう一度聞くぞ? 俺のチームに「お断りです」……」

 

 アルターさんが言葉をかぶせた。わかってたけど、アルターさんの言葉にはマカセに対する気遣いなど一切ない。もともとそういう話し方をする人ではあるが。

 

 「……初めてだな、ここまで俺を怒らせる奴がいるとは……」

 

 この程度で怒りの最高値を叩き出すなんて、君はいったいどんな人生を歩んできたのか。

 

 「どうやら少し、力の差を教えてやらないとわからないみたいだな? 手間をかけさせるな。俺は煩わしいことが嫌いだ」

 

 マカセが威圧を発したのか、周囲の空気が少し重くなる。

 

 「ゴーダさん、威圧による微弱な闘気を検知しました。あまりにも弱弱しく、これを威嚇行動とみなしていいのか判断に困ります。どうしますか」

 

 「煽らないで……ッ!」

 

 マカセがすごい形相で歯ぎしりしている。おそらく怒りの最高値が更新され続けている。これはもう謝ったくらいで収拾はつかないんじゃないか。

 

 「調子に乗るなよ、カスどもが。そんなに痛い目をみたいなら仕方がない。従順になるまで俺の強さを、その体に教え込んでやる……」

 

 「や、やめないか、君!」

 

 そのとき、思わぬ加勢が入った。俺たちの近くで肩身が狭そうに縮こまっていたおじさんが、マカセに注意してくれたのだ。その表情は不安の色をのぞかせながらも強い意思を感じさせる。その決意を示すように広範囲のデコが輝く。

 

 「あ? なんだお前は?」

 

 「いや、無理にチーム勧誘するのは、よ、よくないのではないかな? お互いによく考える時間を作った方がいい。ひとまずこの場は冷静に、あぐっ!」

 

 マカセの怒りの矛先はおじさんへと向かった。あろうことか、おじさんの弱点、薄い毛髪をわしづかみにして持ち上げてしまう。たまらず腰を浮かせるおじさん。にじみ出る脂汗が、デコにワックス効果を与えていく。

 

 「お前が口を挟む問題か? その年で冒険者を目指そうだなんて、あまりにもみじめだな。お前のような雑魚が俺に口答えする気か? はっ、どうせ美人の女にいいところでも見せようとしたんだろう。軽率だったな、その下心がお前の死因となる」

 

 「け、喧嘩はやめようじゃないか……! ここは冒険者協会だ、ここで問題を起こせば君の冒険者としての評価もあぐぐぐぐ!」

 

 「ここがどこだろうが知ったことじゃあない。俺は場所を選ばない。敵は全て潰す。まずは、お前のこの見苦しい毛をむしり取って綺麗に処理してやろう」

 

 「やめてくれ! それだけは!」

 

 プチ…プチ…

 

 おじさんの毛髪王国の兵士たちの命が一本、また一本と奪い取られていく。マカセはいたぶるように髪をつかむ手をじわじわと締めあげていく。このままでは、おじさんの荒涼としたデコ王国の最大版図が拡大の一途をたどってしまう!

 

 「やめてください!」

 

 もう見ていられなかった。勇気を出して注意してくれたおじさんに、これ以上の犠牲を強いることはできない。俺はマカセの暴挙を止めるべく、その手につかみかかる。

 

 だが、意気込み過ぎた。勢いのついた俺の手は、マカセの腕を押しのけてしまった。その手につかまれた毛髪ごと。

 

 ブチブチブチブブチチイイ!

 

 ちぎれた、多くの命が、儚くも散った。

 

 呆然と立ちすくむ俺。手に絡みついた毛を払い捨てるマカセ。魂の抜けたおじさん。

 

 ガラガラッ

 

 「はーい、席に着けー! 授業を始めるぞ」

 

 会議室の引き戸を開け、教師らしき人物が入ってきた。止まっていた俺たちの時間が動き出す。

 

 「命拾いしたな。この話の続きはまた後にしてやろう」

 

 マカセは自分の席に戻っていった。戦場の跡には、むなしさだけが残り続ける。床の上には舞い散った毛の亡骸が残り続ける。

 

 「ごめん、なさい、俺……俺、こんなつもりじゃ……!」

 

 「いいんですよ」

 

 おじさんの表情は穏やかだった。多くの尊い犠牲を出したというのに、彼は笑っていた。

 

 「私は争いを止めることができた。一時のことですが、あなたたちを危険から遠ざけることができた。その成果に比べれば、毛の数十本程度、安いものですよ」

 

 「おじさん……!」

 

 おじさんのデコがキラリと光る。その輝きは、誇りを守り抜いた漢にだけ許される美しいまぶしさだった。

 


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