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7話

 

 TSモノの異世界転生ってさ、まず女の子になった自分の体をじっくり観察するところから始まると思うんだ。おっぱいやわらけーとか、息子ついてないとか、そういう違いに一喜一憂する。それが醍醐味だと思わない? そんなことを気にしている暇もないくらいの極限状態からのスタートって誰も得しないと思わない?

 

 ファーブニルを倒した俺が最初に直面した危機は、戦いによって負った傷の痛みだった。外傷は竜人パワーの影響か、目を覚ましたころにはすっかり治り、鼓膜まで完全に復活していた。

 

 問題は内臓だ。肺と胃、食道から喉にかけての痛みがひどかった。息をするのも辛いほどだ。声を発するどころか、ヒューヒューと喉のかすれた音を出すことすら我慢しなければならなかった。かと言って息を止め続けるわけにはいかない。その激痛により何度も気絶と覚醒を繰り返した。

 

 食道は胸やけを起こし、喉は潰れた。文字通り、火のついた油をのまされているかのようなその痛みを単なる胸やけと表現していいのかわからない。何度も吐き気を催したが、これだけは気合いでこらえた。そもそもこの食道の炎症はドラゴンゲロを使ってしまったことによる反動だと思う。ここでまたあのイカスミパスタ君を吐き出すわけにはいかなかった。寝ている間にもどさなかったのは僥倖だった。

 

 というか、あのゲロの内容物と思われる動くニョロニョロは何だったのだろうか……うっ、想像しただけで吐きそうになる。しかし吐けば地獄。まさに負のゲロスパイラル。

 

 ドラゴンボイスで痛めた肺しかり、ドラゴンゲロで痛めた胃や食道しかり、回復が遅れたのは竜の力を使った副作用なのだろう。また、消耗した体力も戻らず、熱や倦怠感などのインフルエンザに似た症状も引き起こしていた。その日は一日中寝ていることしかできなかった。

 

 ただ、その翌日には喉の痛み以外の症状が全て回復していたのには助かった。本当に助かった。もう二度とこの痛みはなくならないのではないかと悲嘆にくれていたのだ。健康であることの幸せをかみしめ、神に感謝した。正直、ファーヴニル戦の苦痛よりもその後の反動の方がきつかった。もう二度とこの二つのドラゴン技は使わないと心に決めた。

 

 ちなみに意識を失っているときに俺の中のヨルムンガンドさんが「力がほしいか。ならばワシを解放せよ」とか訴えかけてくるのではないかと思ったが、そんなことはなかった。解放を求めてきたのはイカスミパスタ君だけだった。

 

 今思えばその寝込んでいた間、モンスターからの襲撃を受けなかったのは幸運だった。

 体調を取り戻した俺はすぐにこの森から出ることを決意した。まさかこのままこの場所でサバイバルを続ける選択肢なんて取るわけがない。一刻も早く安全が確保された場所へ行きたかった。他の人間が暮らしている町か村かを目指すことにする。

 

 その上で大きな障害になったのが森に蔓延るモンスターたちだ。物資もなく、人の手の入っていない深い森の中にいるというだけで十分すぎるほどの遭難具合なのに、それに加えてモンスターまで出てこられてはたまったものじゃなかった。

 

 ファーヴニルと戦った水場の近くにはモンスターはいなかったのだが、そこから離れて森の中を進むこと一日ほどして、モンスターの影がちらつき始めた。あの場所はもしかすると安全地帯だったのかもしれない。ただしそれに気づいたときには既に森の迷子だったので、引き返すことはできなかった。

 

 まず俺が発見した第一遭遇化物は三メートルくらいの巨大なカタツムリだ。メキャメキャ音を立てながら木をまるかじりしていた。俺はそっとその場を立ち去った。こいつは動きが鈍かったし、こちらに気づいた様子もなかったのでまだかわいげのある化物だ。

 

 木に擬態していたナナフシのようなモンスターもいた。まるまる木一本に擬態するほどの大きさである。なんか一本だけ不自然に枯れた木があるなと思ってよく見たら虫だったという恐怖は筆舌に尽くしがたい。考えなしに近づく前に気づけて幸運だった。そのまま逃げるように走ったが、特に追ってくることはなかった。

 

 次に巨大トンボ。英語でトンボはドラゴンフライと言うらしいが、この世界ではハッタリでも誇張でもない。マジでかい。五メートルくらいあったかもしれない。あまり観察すると気づかれる可能性があると思ったのでよく見れなかった。そいつが近づいてくるとバリバリバリと高速でマジックテープをはがしまくるような音がするので、即座に木の陰に身をひそめて息を殺す。恐ろしいことに遭遇頻度が高く、ちょくちょく通りがかってくるモンスターである。今のところこちらの存在に気づかれたことはない。

 

 そして蚊。うざい。圧倒的うざさ。こいつの索敵能力は高く、隠れてやりすごすことはできない。どこからともなく超音波じみた高音を発しながらやってくる。まだ単体でしか現れたことがないが、こいつが複数体きたらと思うとぞっとする。こいつと交戦すると必ず長丁場になるため、他のヤバい虫たちまでおびき寄せてしまうのではないかと気が気でないのだ。

 

 このように虫虫虫のオンパレードである。

 物語序盤はさぁ……無難にスライムとかさぁ……ゴブリンとかにしてくれよ……いやそれはそれで嫌だけど……

 

 昆虫や節足動物のフォルムというのはなんというか、根源的な恐怖を感じる。根源的って、自分でも意味わからんけど。生理的に無理なんです。ヘルプミ。

 

 こんな連中がうじゃうじゃいる森の探索なんて快適に進むはずがなかった。探索というより単なる逃げ隠れと言い換えてもいいくらいだ。特に夜なんて一歩も動けない。夜行性の虫が徘徊するからだ。視界が全く確保できない以上、遭遇を避けるためには動かないのが一番だと判断した。

 

 夜の間、一睡足りとも休息は取れない。隠れながらもいつでも逃げられるように神経をとがらせていなければならないからだ。夜になればスズムシやらコオロギやらが鳴く声が遠くから聞こえてくる。巨大コオロギなんて想像しただけで鳥肌がたちそうだ。あの発達した後ろ脚で地面を蹴って跳びかかられたら。空の上には布をはためかせるような無数の羽音が響き、うかつに木に登ることもできない。

 

 何も見えない暗闇の中で常に周囲に満ちた微細音におびえながら朝を待つ時間は永遠にも感じた。その間はずっと祈り続けていた。人は追い詰められると自然と神頼みし始めるのだと知った。神様がいるとかいないとか何かしてくれるかということよりも、ただ祈るという行為が精神安定剤代わりになっているのだろう。

 

 これらのモンスターたちと戦闘する事態となったとき勝てるかと言われれば、案外何とかなるのではないかと思う。さすがにこの森のモンスターたちがファーヴニルより強いということはないと思いたい。撃退するくらいのことはできるだろう。

 

 しかし、当然ながらこんな気味の悪い連中と接近戦なんかしたくなかった。RPGのように敵を倒せばお金と経験値が手に入るというわけではないのだ。積極的に戦う理由はない。むしろ体力の消耗を考えればマイナスにしかならない。食べ物も寝る場所も確保できない現状では冒険なんてできるわけがなかった。

 

 そう、いくら竜の力があろうとも飢えと渇きには勝てない。

 そしてついに遭難三日目にして空腹が限界を超え、異常な腹の音を発生させるようになる。

 


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