69話―初心者講習
しかし、いきなりEランクになれたのは良かったが、冒険者の勝手もわからないまま護衛依頼なんて受けることになるとは。なんとなく心配はある。
「それでしたら、協会企画の初心者教室を受講なされてはいかがでしょうか。ちょうど次の講座の開始時間も近づいております」
冒険者になる上で最低限必要な基礎知識が学べるそうだ。簡単な戦闘講習もあるという。全工程を受けても昼ごろには終わるそうなので、申し込んでみることにした。
受講料は一人半銀貨一枚と言われた。三人分を払う。武具店で細かいお金を崩してもらっていたのでお釣りなく払えた。これが高いのか安いのかはわからない。
会場は協会奥の会議室を使うようだ。中に入ると、他の受講生が4人いた。席に着き、授業が始まるのを待つその光景はなんとなく学校の教室を思わせる。
受講生たちは皆、男性だった。女性冒険者も少なからずいるという話を聞いたが、はやり危険な仕事だけあって男の方が数は多いようだ。初心者教室だけあって若い男性ばかりだが、一人だけおじさんがいる。中年と言うほど老けてはいないが、それなりの年齢であるように感じる。若干、前髪の後退が目立つ。
その他の受講生はどことなく突っ張っている雰囲気があった。近づきがたい空気というか、有体に言えば不良っぽい。そのせいで学校の教室というよりバイクの教習所と言った方がイメージは近いかもしれない。
その男性陣の中に現れた女性冒険者ということで、俺たちは入室した瞬間から注目を集めた。居心地の悪い視線の中、なんとなく無害そうなおじさんの方へと足が進む。その後ろをアルターさんとノワールがついてくる。結局、おじさんの近くの席に俺たちは座った。
「こ、こんにちは」
「あ、ああ、こんにちは」
おじさんとぎこちない挨拶を交わす。彼はどこかよそよそしい笑顔を見せている。初心者冒険者同士、何か話そうと思えば話題には事欠かないだろうに、挨拶以降の会話はなかった。
わかる、わかるぞ。話しかけたいけど、急にそんなことして変な奴だと思われないだろうかという心配が先行するその気持ち。もやもやした感情が俺とおじさんの間に横たわっている。
「おい、あれ見てみろよ。すげー美人だぜっ! あの黒髪の子マジ俺のタイプなんだけど」
「ただの美人じゃねえ。あの銀髪の女は今話題の『白銀弓手』だ。お前、ちょっと行って声かけてこいよ」
「はあっ、お前が行って来いよマジで! お前ビビッてんだろ」
「俺ビビッてねーし! マジ、ナンパとか全戦全勝だし!」
前方の席に座っている二人組の青年がこっちをチラチラ見ながらコソコソと話あっている。いや、丸聞こえだけどね。この静かな会議室内で内緒話をするには、少しばかり声がデカすぎる。
何とも言えない雰囲気が漂い始めたそのとき、一人の受講生が席から立ちあがった。その男はこの中で一番ガラが悪そうな態度をしていた。さっきまで机に足を乗せて座っていたのだ。ただ、入室時にこちらへ一瞥を向けてきただけで、その後は特に反応を見せなかった。
こちらから関わり合いにならなければ問題ないだろうと思っていたところ、なんと立ちあがったその男は俺たちの方へと向かって歩いてくるではないか。こういう感じの人は苦手だ。
目を合わせまいとする俺だったが、その隣でアルターさんがじっと男の様子を観察していた。慌てて止めようとするも、そのときには既に男は俺たちの前まで来ていた。
「お前。『白銀弓手のアルター』だな?」
「名前の部分は合っていますが」
「俺のチームに入れ」
えええええええ!? 突然の勧誘。いったい、何の自信が彼にここまで言わせたのか知らないが、この流れでイエスと答えるわけがない。それとも、この業界では有名人なのだろうか。せめて先に自己紹介くらいしてほしい。
「あのスケアクロウをぶちのめしたらしいな? だが、昨日登録したばかりのFランク冒険者、その上、初心者教室を受講するほどの素人ときた。初心者にしては不相応すぎる良い装備をしているな。その財力を使って相手を買収でもしたのか? 小細工をしたか芝居を打ったか、まあどうせまともな勝負じゃなかったようだな」
自己紹介どころか、いきなりこちらをディスってくる謎の自信満々男。素人呼ばわりされるが、この人も受講生ではないのか。
「だが、協会職員も含めた多くの人間の前で開かれた試合だ。全てを偽装はできない。つまり、その場にいる人間を納得させるだけの実力はあるみたいだな? いいだろう、俺のチームに入れてやる。お前らも新人なら俺のことは知っているだろう。この『魔炎鬼マカセ』の眼鏡にかなったことを喜べよ」
そんな知ってて当たり前、みたいに言われても。そのいっそ感動すら覚えるほどの高圧的態度にめまいがする。
「『魔炎鬼マカセ』……誰だよ?」
「さあ、知らね」
ヒソヒソ話をしていた二人組の青年に、マカセが激しくガンを飛ばした。二人組はサッと視線をそらし、静かになる。
「そこの隣の女も、まあオマケで入れてやる。今の俺は気分がいいんだ。こんな機会は二度とないと思え」
マカセは俺の方を見ながらとばっちりを浴びせてきた。その視線は俺の胸あたりに集中している気がする。アルターさん、俺と来て、その標的はノワールの方にまで移っていく。
「……」
だが、チラッと見ただけでノワールに勧誘はなかった。見た目でスルーされたようだ。まるで存在自体なかったかのような扱いであるが、それが彼にとってベストの選択だった。もし彼が余計なことを言っていたら……『なんだそのお祭り仮面は? 頭の中までお祭り気分か? 虫けら同士、今から森にでも行ってテントウムシとサンバでも踊ってきたらどうだ?』などと口走っていたら血の雨が降っていてもおかしくなかった。
「そうだな、チーム名はどうしようか……ナイトメアエンジェルズ……お前たちは俺の『ナイトメアエンジェルズ』だ」
その壊滅的ネーミングセンスに鼻水が出そうになる。『ゴーダさんファンクラブ』と同レベルの危うさだぞ。悪夢の天使たちってなんだよ。お前、それで本当にいいのか。お前もエンジェルズの一員になってしまうんだぞ。
いや、というかこの人、今からチーム名考えてるってことはソロでやってる人なの? 仲間いないの……?
「そういうわけだ。お前たちは、ただ俺の言うことに『はい』と答えればいい。わかったな?」
「お断りです」
何がそういうわけなのかわからなかった俺の気持ちをアルターさんがバッサリと代弁してくれた。




