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64話

 

 さて、次はノワールの装備を整えよう。金使いの荒さを悩みはしたが、彼女もまた俺たちの旅の仲間である。ここでケチるようなことはもちろんしたくない。

 

 「服なんかいらない」

 

 予算の範囲内で好きな物を選んでいいと言ったのだが、ノワールは何もいらないと言う。おしゃれとかしたい年頃ではないのだろうか。別にこちらに遠慮している様子もない。

 

 どうやら今着ている服が気に入っているらしい。幾何学模様の刺繍が入った民族衣装的なワンピース、というかこれは貫頭衣というのだろうか。随分洗っていないのか薄汚れてはいるが、作りはしっかりとした手の込んだ品であることがわかる。

 

 しかし、せめて靴くらいは履かせたい。ここまでずっと裸足で歩いているのだ。これは俺たちがいじめているわけではなく、彼女には靴を履くという習慣がないようである。

 

 「いやだ。裸足がいい」

 

 防御スキルのおかげで怪我はしないのだろうが、できるだけ素肌をさらしてほしくないので履かせておこう。丈夫な皮のブーツを買う。これは俺も自分用のを買っている。頑丈ではあるが、これを一日中履き続けると蒸れそうだ。アルターさんはブーツではなく別の靴を選んでいた。足首の関節を自由にできるものがいいとか。

 

 防具については本人が着るのを嫌がっているし、彼女の場合はスキルがあるので必要もなさそうである。着替えの服は別の店で買えばいいだろう。この店の服は防具としての性能が第一におかれているので高価なのだ。

 

 領主の館で渡されたフード付きローブも買い替える必要はないだろう。深緑色の綺麗な生地で作られていて、素人目にも高品質に見える。店主にも見立ててもらったが、防具としての性能も期待できる品であるようだ。

 

 後は手袋も買っておこう。極力肌を露出しないようにしなければ。二の腕まで保護する長さの丈夫な手袋を購入する。

 

 うん、あまりお金がかからなかったな。靴と手袋しか買ってあげてないじゃないか。他に何か必要な装備は……そうだ! 一番重要なものを忘れていた。

 

 ノワールの顔を隠すものが必要だ。身長が低いので、フードをかぶってうつむいていれば結構バレないものだが、それも絶対ではない。

 

 どうやって隠そう。覆面はさすがにこの店には売ってない。あったとしても怪しすぎる。フルフェイスの兜をかぶらせるか。いや、それだと鎧もセットで着ないと怪しい。

 

 「フルプレートメイルとか興味ある?」

 

 「絶対着ない」

 

 靴は何とか履いてくれたが、鎧の装備は難しそうだ。それにノワールの体のサイズに合わせたフルプレートメイルとなると、特注で一から作らないといけないようだ。1か月近くかかると言われてしまった。

 

 他に何か手はないものか。顔を隠す以上、もはや怪しくなることは避けられない。それでも応急的な措置でもいいので、何とかしないと町中も満足に歩けないだろう。

 

 考えを巡らせていた俺は、商品棚の片隅に一風変わったコーナーがあることに気がついた。そこに置かれていたのは木彫りの仮面だ。他にも怪しげな木彫りの人形などが置かれている。

 

 「そちらはミルガトーレの物産品コーナーになります」

 

 「そんなものまで扱っているんですか」

 

 「いやあ、実は私が趣味で作っているものでしてね。お恥ずかしい。ですが、丹精込めて掘り上げた品ですので、よろしければご覧になってください」

 

 虫と人間のキメラみたいなデザインの人形が並んでいる。なんだろう、この旅行先の土産物屋でよく目にする雰囲気は。知り合いが旅のお土産に買ってきてくれたのは良いけど、壊滅的に部屋のセンスと合わず、かといって捨てることもためらわれ、結局飾ることなく物置にしまわれてしまうこの感じ。

 

 しかし、この仮面はいいかもしれない。ちゃんと目と口の部分に小さな穴があいていて、装着できるようになっている。

 

 「それは『蟲長の面』ですね。それをつけていれば『夜噛蟲の森』の魔物たちに襲われないと言われています」

 

 「そんな効果があるんですか!?」

 

 「い、いえ、あくまでおまじないというか。魔除けの意味で、ね?」

 

 なんだ、ただのお面じゃないか。てっきり魔法的な力を秘めたアイテムかと思ってしまった。

 

 「収穫祭になるとこの町では、その面を着けた男たちが町を巡って安全祈願するんですよ」

 

 虫をモチーフにしているのか、仮面ライダーみたいなデザインのお面である。あれも元はバッタの怪人だからな。これをつけた男たちが町を練り歩くとか、なまはげ祭りにも似た恐ろしさを感じる。

 

 「これつける?」

 

 「やだ」

 

 まあ、そうだろうな。だが、あまり選り好みされても困る。とりあえず、今日のところはこれで我慢してもらいたい。

 

 「これをつけるんだ!」

 

 「やだ!」

 

 仮面を手にジリジリと俺はにじり寄る。それに合わせてノワールは逃げる。あまり無理強いして暴れられても事だ。なんとか自発的につけてくれないものか。

 

 「ふう、この仮面の価値を理解していないみたいだな……」

 

 俺はやれやれと肩をすくめて見せる。

 

 「ただの仮面でしょ」

 

 「そう、これはただの仮面……しかし、それによって得られる演出効果をお前は理解できていない」

 

 「なに?」

 

 「お前は人間にダークエルフの恐ろしさを教えてやりたいのだろう? ならば、まず自分の正体を隠して人間に近づくんだ。そして人間たちが気を許したところで……仮面を脱ぐ! ただやみくもに自分の正体を誇示するだけよりも、何倍もの恐怖を人間たちに植え付けることができるだろう」

 

 「……!」

 

 ノワールが、はっと息を飲む。物産品コーナーに近づき、仮面を手に取った。自分の顔に装着する。

 

 「ククク……なるほどな、さすがは悪知恵のはたらくニンゲンらしい姑息な手だ。このノワールが逆に利用してやろう。後悔するがいいニンゲンどもよ……ククク……」

 

 「お買い上げ、ありがとうございます」

 

 よし、どうやらこの路線でコントロールが可能なようだ。

 


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