62話―装備を買う
今の俺たちに最も必要なものは何か。
服である。
いい加減、着るものに困る生活から脱したい。お金もあることだし、さっそく俺たちは服の調達に向かった。しかし、行き先は服屋ではない。冒険者用の装備がそろう武具店である。ここはセバスチャに紹介してもらった一流店なので、今度こそ詐欺られることはないはずだ。
これから俺は冒険者になる予定だ。アルターさんと、あとノワールとチームを組んでドキドキの冒険者ライフを始めるのだ。異世界と言えば冒険者。今や冒険者なくして異世界召喚は語れないだろう。
すぐにでも冒険者協会に向かいたいところだが、まずは装備を整えよう。俺は形から入るタイプである。ここは一張羅として冒険者装備をそろえたい。やはり健全な男子高校生として、剣とか鎧とか、そういうファンタジーなアイテムに対する興味は尽きない。はやる気持ちを抑えて店の入り口をくぐる。
「いらっしゃ……いらっしゃいませえ! ただちに店主を呼んできますので、少々お待ちください!」
カウンターに頬杖をついて眠そうにしていた女性店員は、俺たちの姿を見るなり背筋を伸ばして立ちあがりペコペコと頭を下げながら店の奥へと走っていった。
この反応はたぶん、俺たちの服装が原因である。というのも、いまだに領主の館を訪れたときと同じ服を着ているのだ。あの豪華な貴族令嬢っぽい服である。なにぶん、代わりの服がないので借りたままここまで来た。装備を買って、着替えてから返しに行こうと思う。
店の奥から早足で、店主と思しきおじさんがやって来た。揉み手をしながら愛想よく笑顔を振りまいている。少し堅苦しい反応ではあるが、これまで方々で受けてきた痴女扱いに比べれば文句は出ようもない。
「ようこそおいでくださいました。私は店主のブキャットと申します。何か御用件がありましたら、なんなりとお申し付けください」
「冒険者の装備を一式、そろえたいと思いまして」
「お客様ぁ、お目が高い! ここはミルガトーレ唯一の冒険者用総合武具取扱店となっております。武器、防具はもちろん、冒険者活動に必要な各種資材を取りそろえております。それで、御入り用の装備は……護衛の方などに?」
「いえ、私たちが使う分の装備が欲しいんです」
「お嬢様方が!?」
かなり驚いた様子の店主だったが、客の要望に異存はないようで、すぐにオススメの装備を持ってきてくれた。
「こちらはいかがでしょうか。プロテクター型簡易着脱式軽装甲鎧でございます。材質には双尾大蠍の貴重な外骨格をふんだんに使用しておりまして、ご覧ください、この光沢、そして肌触り……ダークバーミリオンの優雅な色調を際立たせつつも、シックなデザインとなっております。無論、美しさだけではなく性能も折り紙つきでございます」
「へー! 結構、かわいいデザインですね」
無骨な鎧兜しかないだろうと思いきや、女性向けの意外と凝った防具があった。専用のインナースーツの上からパーツごとに分かれた鎧を装着する仕組みらしい。かっこいい。
軽くて動きやすいが関節部など守りの薄い部分が結構ある。もっと防御力を求めたければフルプレートメイルなどもあるらしいが、冒険者向けではないとか。依頼によっては長時間の探索が必要なものもあるし、全身鎧を着ながらずっと活動し続けるのはきついだろう。
俺は素の防御力が既に高いし、アルターさんもあの森のクリーチャーをほぼ全裸で相手していた猛者である。防御力よりは機動性を重視した方がいいだろう。二人で相談し、この装備を買うことにする。
「これください」
「お買い上げ、ありがとうございます!」
鎧は2セットで45万ゴールドもした。高い! しかし、これから命を預けることになる装備である。俺はともかく、アルターさんにはいい防具を身につけてほしい。俺の場合も、今後ファーブニルクラスの敵と戦うことを想定すれば、決して楽観できることではない。長い目で見れば、下手に安物を買って使い潰すよりは経済的ではないだろうか。
「では体形に合わせて装備を調整しますので採寸を……」
「いえ、必要ありません。ゴーダさんのスリーサイズ、その他各種身体データは計測済みです」
この人、いつの間に。鎧の調整はそこまで時間はかからないようだ。パーツごとに分かれているので、身長などに左右されず装着しやすい。ただ、胸回りだけは細かな調整が必要なので、出来上がるのは明日になるらしい。
そうそう、この鎧の下に着るインナースーツだが、これがなかなか機能的だ。これだけでもなかなかの丈夫さで、通気性に優れているそうだ。この上から上着でも羽織れば町中を歩いても問題ない格好となる。
試着できるそうなので、俺とアルターさんは試着室へ向かった。ノワールには少し待っていてもらおう。目を離すのは怖いが、今さら逃げ出したり暴れたりはしないだろう。頼むぞ。
さっそく試着室に入る。アルターさんも入ってくる。
「……」
「……」
「あの……」
広さ的にはギリギリ二人でも使用可能ではあるが、一緒に入ってこられても困る。ここはアルターさんに譲って、俺は後で着替えよう。試着室から出る。
アルターさんも一緒に出て来る。
「……」
「……」
「あの……一緒に着替えるという選択肢しかないの?」
「他にどんな選択肢が?」
この娘は俺にセクハラしないと死ぬのだろうか。
「この服は一人で脱ぐことが困難なので、お互いに脱がしあった方が良いかと思います」
もっともらしい口実をつけてきた。しかし、この貴族令嬢衣装は確かに着る時、服屋のスタッフに手伝ってもらった。脱ぐ時も相応の手間がかかるだろう。無理に脱ごうとして壊したら弁償しないといけない。
しかたなく、だがちょっとドキドキしつつ、アルターさんと二人で試着室に入る。




