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60話

 

 ぶち破られたドアの向こうから現れたのは、あの魔族だった。大変、元気そうである。

 

 「ノワールの防御は常時発動型イモータル血結技スキル。たとえ寝ていようが発動し続ける最強の守りだ。ニンゲン風情が突破できると思わないことだな!」

 

 ビシィっと俺に向けて指を差してくる。え、俺?

 

 こんな危険な存在を野放しにしておいていいのかと思ったが、拘束しておくことの難しさもまた理解できた。鎖でつなごうが牢屋に入れようが全部ぶち壊して出て来るだろう。意識がなくても防御スキルが発動しっぱなしとか、なにそのチート。

 

 アルターさんとクロウさんは魔族が姿を見せた瞬間から構えを取り、いつでも戦えるように備えている。しかし、どうも魔族の方に敵対意思はないようだ。

 

 どうして暴れずにおとなしくしているのかは知らないが、もし戦意があったらこの館はただでは済まないことになっているだろう。キーグロも落ちついている。というか、半ば諦めたように嘆息している。

 

 「おい、このダークエルフどーすんだよ。そっちで処理しきれるのか?」

 

 「心配ないウホ。この地の治安を預かる身として、最善を尽くすつもりだウホ」

 

 心配は尽きないが、キーグロが何とかしてくれることだろう。この魔族の落ちつきようから見て、人間との関係に何らかの妥協点を得たのかもしれない。キーグロにも何か考えがあるようだし、俺たちが気にかけても仕方のないことだ。

 

 「さて、では話を戻そう。このたびの貴殿らの活躍を讃え、私から報償を与える。ゴーダには金貨100枚、スケアクロウとアルターにはそれぞれ金貨50枚を与えるものとする」

 

 えーっと、確か金貨1枚が1万ゴールドという話だった。ということは、俺がもらえる分だけで100万ゴールド。すごい! トマトスープが3杯も食べられるぞ!

 

 「それだけではない。もはや完治は不可能と思われた私の病をたちどころに取り除いたあの妙薬。まさにドラゴンの血と呼ぶにふさわしい効能であった。そのような貴重な薬を惜しげもなく差しだしたゴーダの献身ぶりを評価し、さらなる報酬を与える」

 

 キーグロの太っ腹なお礼に期待が膨らむ。本当は奴隷から解放してもらってザコッカスをボコった件を処理してもらえればそれでよかったのだが、まさかこんなおまけまでもらえるなんて。いやー、人助けはしておくものだ。さらなる報酬とは何だろうか。

 

 「ゴーダには金貨100枚に加えて……奴隷1人を与える!」

 

 「え? 奴隷?」

 

 思いもよらない内容だった。この世界では奴隷もれっきとした財産だ。そういう意味では報酬と言えるのかもしれないが、いきなりそんなものをもらっても扱いに困る。

 

 「そう、奴隷として、このダークエルフのノワールを与える!」

 

 「は? ノワール?」

 

 キーグロが手であおぐ先にいるのは、あの魔族。ちょっと待て。どういうことだ。

 

 「この魔族はきちんと奴隷登録がされておる。すでに所有権移転手続きはこちらで済ませておいた。もうこの魔族はゴーダ、そなたのものだ。謹んで受け取るがいい」

 

 「待てや! どう考えても無理があるでしょ!? その子が俺の言うこと聞くわけないでしょ!?」

 

 「問題ない。この魔族自身がそなたの奴隷になることを望んでおる」

 

 いや、ありえないだろ。あんなに人間憎んでたのに自分から奴隷になりにいくとか。だが、当の魔族はと言うと、いたって落ちついた様子で動揺は見られない。事前に聞かされていた話なのだろう。なぜ反対しないんだ。

 

 「ククク……せいぜい後悔するがいい。このノワールを奴隷にしたことをな……」

 

 「このように、この魔族は自らの過ちを悔い改めている。本来ならばあれだけの被害を町にもたらした犯人は極刑にされてしかるべきところだが、深く反省するその態度に心打たれた私は彼女に生きる道を与えた。死ねばそれまでだが、生きてさえいればその時間を使って償いができる……今後は奴隷として自らの罪を償っていくことだろう」

 

 「ふざけんな! 厄介事押し付けただけだろ!」

 

 その魔族さん、反省している様子がまるで見られませんが。絶対、何かを企んでいるとしか思えない。

 

 「というわけで、これがそなたへの報酬だウホ。異論は認めないウホ」

 

 こ、このゴリラ……! 『心配ない。この地の治安を預かる身として最善を尽くすつもりだ(キリッ)』という言葉は何だったのか。いまやゴリラは口笛を吹いてごまかそうとしている始末だ。

 

 「ところでゴーダよ。そなたは旅芸人であると聞いているが……いつ頃、この町を出立するつもりだウホ?」

 

 「話の切り替え方が強引すぎる!」

 

 魔族を連れてさっさと出て行ってくださいという思惑が透けて見える。透けてというか、隠そうとする努力すら見られない。

 

 「今回の報酬で懐も温まったことだウホ。この町から西へと進んだ先にヒットウという港町があるウホ。そこで旅の疲れを癒してみてはどうだウホ?」

 

 「旅の疲れって、そこに何かあるんですか?」

 

 「ヒットウに近い山岳地帯は火精霊の干渉地帯となっているウホ。温かい湧水が出る泉がいくつもあるウホ。最近は東の島国から伝わったという『オンセン』なる興業でにぎわっていると聞くウホ。仲間と共に一糸まとわぬ姿で温水に身を沈め、互いの身を清め合うと心身の疲れも吹き飛ぶと聞いたウホ?」

 

 ガタッ

 隣の人が急に立ちあがった。

 

 「アルターさん、座って」

 

 アルターさんの手を取って座らせる。

 

 「それにヒットウはなんと言っても海に面した港町ウホ。漁業が盛んで海産物が豊富だウホ。その海の幸を使った料理は絶品だウホ」

 

 ガタッ

 俺は勢いよく立ちあがる。

 

 「ゴーダさん、座って」

 

 そしてアルターさんが俺の手を取り、座らせる。

 

 なるほど、ヒットウの町か。この町に来てからというものゴタゴタして忘れていたが、俺たちの目的は旅をしながらアルターさんの家族の消息をつかむことにある。そのためにも旅を続ける上で、常に先々の目的地を考えておく必要があるだろう。

 

 「よし、行こうか」

 

 「はい」

 

 我々の意見は一致した。目指せ海の幸の町、である。

 


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