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55話

 

 あれが魔族なのか。確かに人間ではないことは一目見てわかる。子どもの形をした影が服を着て歩いているかのようだった。

 

 「なんだ? まだ逃げていないニンゲンがいたのか」

 

 向こうもこちらに気づいたようだ。その声は見た目に似つかわしくない可愛らしいものだった。普通の女の子がしゃべっているように聞こえる。

 

 異様な状況である。尋常ならざる魔族の姿もさることながら、お菓子屋さんの前で開店を待ち続ける四人組も相当おかしい。

 

 「くっ! 魔族の手がこんなところにまで及んできたとは……この先へは通さん!」

 

 なんか緊迫した雰囲気出してるけど、この先にあるの菓子屋だからね。俺らプリン食べたいだけだからね。

 

 「ほう、ニンゲンがそこまでして守ろうとするものか。ククク、興味がわいてきたぞ」

 

 わかなくていいです。ただのプリンです。

 

 「おのれ魔族め! やはり狙いは幻プリンだったか! そうはさせんぞ!」

 

 「今こそ我らのスイーツ愛を見せつけるときぢゃ! 返り討ちにしてくれるわ!」

 

 「なんでそんな好戦的なの!? 闘気に充ち溢れてるの!?」

 

 「もぐもぐ」

 

 「そして君は早く逃げて!? ジャンクフード食ってる場合じゃないから!」

 

 この俺をツッコミ役に回らせる人間がアルターさんの他にもいるとは……俺も結構なボケ属性のはずなんだが。

 

 「この町のスイーツは俺が守るッ! うおおおおお!」

 

 会長が魔族に向かって走る。そのガタイから繰り出される重いパンチを前にして、魔族はなんとデコピンで対応した。

 

 「『拒絶ハヲ』」

 

 「ポウッ!?」

 

 シャンパンのコルクを抜くがごとき声を発して会長は吹き飛ばされた。デコピン一発で大男を吹き飛ばすとか完全に漫画の世界だ……!

 

 「隙ありぢゃああ!」

 

 しかし、魔族が会長の相手をしている隙に、その背後へとお爺さんが忍び寄っていた。魔族の後頭部へと杖を振り下ろす。が、甲高い音を立ててへし折れたのは杖の方だ。魔族は痛がる様子もなく平然としている。

 

 「『うざい』」

 

 「ポウッ!?」

 

 お爺さんが吹き飛ばされた。何をしたのか全く見えなかった。突然お爺さんの体がブッ飛ばされたようにしか見えない。

 

 「会長! お爺さん!」

 

 声をかけてみたが、反応はなかった。二人とも起き上がる様子はない。まさかここまであっさり片付けられてしまうとは。もうこの場には、俺と棺桶の女の子しか残っていない。俺はどうすればいいんだ……

 

 

 「おうおうおうおう! なにをゴチャゴチャ騒いでやがる!」

 

 

 この絶体絶命の状況を突き破る勇ましい声。その声の主は意外なところから登場した。まさに今、俺たちが並んでいた菓子店のドアを開け放ち、その中から姿を現す。料理人のような服装、その頭にはコック帽をかぶっている。

 

 「まさか、あなたは伝説のパティシエ……ディグンプ・カスタンド!」

 

 その腕は王国でも五指に入ると噂されるあのパティシエが、ついにその雄姿を現した。その威風堂々した職人のたたずまいに場の空気は触発され、熱気を帯びていく。

 

 「カスタンド! カスタンド! うおおお!」

 

 「俺の店の前で随分暴れてくれたみてぇじゃねえか真っ黒野郎。そのチョコレートみたいな体を搾り袋に詰め込んでケーキのデコレーションに使ってやんよぉ!」

 

 伝説のパティシエが、その鍛え抜かれた職人技を解放する――!

 

 「『邪魔』」

 

 「ポウッ!?」

 

 「カスタンドおおおおお……!」

 

 そして撃沈する。半ば予想していた通り、伝説のパティシエは戦闘開始1秒でボロ雑巾となり地面に横たわった。

 

 「そ、そこのメイドよ……」

 

 「カスタンドさん!」

 

 倒れ伏していたパティシエはかろうじて意識を残していた。起き上がることはできないが、燃え尽きる前のロウソクのような闘志を宿した瞳で俺を見つめる。

 

 「俺の、プリンを……あの子たちを連れて、逃げてくれ……たのむ、きぼうを、つな、い、で……カハッ!」

 

 「カスタンドさああああん!」

 

 そう言い残してパティシエは意識を失った。最後に託された希望。俺の胸の中に熱い何かがこみあげてくる。これが……これがスイーツ愛!

 

 俺は立ちあがった。両手を拡げ、魔族の前に立ちふさがる。もう逃げない。本当にやるべきことを見つけたから。信じられる答えにたどり着けたから。

 

 「ここから先には行かせない……! 俺は、みんなが託してくれた希望プリンを守り抜いてみせる!」

 

 「希望だと……!」

 

 魔族から放たれるプレッシャーが膨れ上がった。何かが奴の逆鱗に触れたらしい。

 

 「ノワールたちから散々、奪い尽くしてきたくせに……笑わせてくれる! 守りたいものだと? できるものならやってみろ、ニンゲン! 『拒絶ハヲ』ッ!」

 

 怒りをあらわにした魔族が攻撃を繰り出す。空を薙ぐように腕を振るっただけで、とんでもない衝撃波が発生した。なるほど、簡単に人間一人を吹き飛ばせるはずだ。

 

 「ぐぅっ……!」

 

 俺は拡げていた腕を顔の前でクロスさせ、衝撃波を受け止めた。ビリビリと電気マッサージ機を押しつけられたような刺激が肌の上を走るが、それ以上のダメージはない。

 

 「た、耐えただと!?」

 

 しっかりと足を踏ん張り、吹き飛ばされないように堪える。体の頑丈さには自信があったが、俺の体重は見た目通りの女の子のものだ。吹き飛ばされてしまうのではないかと心配だったが、どうしてか踏みとどまることができた。

 


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