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54話

 

 さすがにプリンを買うどころではなくなった人々は、今度は逃げて行く人々の列に混じって避難しはじめた。魔族が何なのかよくわからないが、人間と敵対している強力な存在が町中で暴れているらしい。一気に緊迫ムードが高まっていく。

 

 しかし、俺はある重大な事実に気づく。開店待ちの行列がなくなったということはすなわち、それだけリミテッドプリンを目指す競争相手が減ったということ。俺のこの手にプリンをつかむチャンスが訪れたのだ。

 

 俺は迷うことなく列を詰める。物事には優先順位というものがある。この場合は、まずプリン。そしてアルターさん。いやプリン=アルターさん。その次に魔族。

 

 セバスチャからお小遣いはたくさんもらったし、一個や二個といわず……五個、いや六個買ってやろう……己の欲望が恐ろしい。幻プリンが六個も俺のものになるというのか。世界の半分を手に入れた気分だ。

 

 「フフフ……これでプリンは俺のもの、な、なにぃ!?」

 

 だが、俺は自分の見通しが甘かったことに気づかされた。なんと、この状況下において列から逃げ出さなかったツワモノたちがいたのだ。しかも、四人も残っているではないか。まさか、俺のほかにもここまでプリンを欲する者たちがいたとは。

 

 「ふっ、その表情を見るに、おおかた限定生産幻プリンを独り占めできると考えていたようだが……甘い。我ら、『ミルガトーレ町スイーツ男子の会』を出しぬけるとは思わないことだ。まあ、おめおめと逃げ出さなかったそのスイーツ愛だけは評価してやろう」

 

 列の先頭に立つガタイの良い男が俺に話しかけてくる。このいかつい男がスイーツ男子の会、会長のようだ。ギャップがありすぎる。その後ろに杖をついたかなり高齢のおじいさんと、ごく平凡な顔立ちをした若い男の二人が並んでいる。というか、この爺さんもスイーツ男子の会なの?

 

 「ワシの心は永遠のてぃーんえいじゃーぢゃ」

 

 一番高齢なのになぜ会長ではないのかというと、既に会長を退いた身だという。今は隠居をしながら後進の教育に専念しているという。教育ってなんだよ。新作スイーツ情報の交換とか?

 

 そして、列の四番目、俺のすぐ前には幼い少女がいた。この子はスイーツ男子の会とは無関係のようだ。ショートカットの青い髪が特徴的だが、何より目を引くのは後ろに背負った棺桶だ。なぜかリュックみたいな格好で棺桶を背負っている。

 

 「もぐもぐもぐ」

 

 少女は列に並びながら、紙袋に入った蒸かし芋らしきものを食べている。いいな、それ。人が食べてるものを見ると余計においしそうに見えてくる。

 

 「いや、それよりこんなところに小さな女の子がいたら危ないって。スイーツ男子の会のみなさんも注意してあげてくださいよ」

 

 「無論、逃げるように諭したが、この子はこの戦場に残ることを決断したようだ。それを言うなら貴女もまた同じ心境にあるのではないか? スイーツを愛する心に老若男女の区別はない。我々はプリンを奪い合う敵同士にして、同じ戦場を共にする戦友でもある。私は彼女のスイーツ愛を尊重したい」

 

 お前は何を言っているんだ。とにかく、この少女も列から離れる気はないらしい。のんきに芋をばくばく食べ続けているが、本当にこの状況を理解しているのだろうか。デカイ棺桶を背負って平然としているので、魔法的な強さがあるのかもしれないが。

 

 「心配無用」

 

 そう言うと、少女は棺桶を地面に置き、中からベルベルヌーンの串焼きを取り出した。どうやら本当に棺桶型デザインの物入れらしい。そして、ばくばくと食べ始める。駄目だ、この人たちマイペースすぎる。

 

 「なぁに心配はいらんぞい。ワシは医者から『これ以上砂糖を取れば死ぬ』と脅され続けてきた。それに比べれば魔族の襲撃くらい屁でもないわい」

 

 「伝説のパティシエ、ディグンプ・カスタンド。かつては宮廷菓子職人の地位にありながら、権力に縛り付けられる環境に見切りをつけ、己の菓子道を追究した傑物……さすがの腕前だ。この国でも五指に入る職人と言っていい。そんな伝説の職人が作る菓子を、我々平民がこうして食べられるとは夢のようだ。早朝から並び続けたかいがあるというもの」

 

 「……」

 

 なんだか建物が倒壊するような音が徐々に近づいてきている気がするというのに、スイーツ男子の会は和やかな談笑を繰り広げている。だが、その中で一人だけ黙り込んでいる人がいた。三番目に並んでいる平凡な男だ。この人もスイーツ男子の会のメンバーなのだろうか。

 

 「もうたくさんだ! 付き合いきれるか!」

 

 その平凡なフツメンさんが急に声を荒げた。

 

 「魔族が町で暴れてるってのに、こんなところでプリン買おうとしてるとか……お前ら馬鹿じゃねえの!?」

 

 剛速球150キロのストレート正論が俺たちに向けて放たれた。デッドボールは避けられない軌道。しかし、この場にいる全員がその死球の直撃を受けて平然としていた。

 

 なぜかアウェイになってしまったフツメンさんは業を煮やして列から離れてしまう。

 

 「待て、どこに行く気だ」

 

 「逃げるに決まってんだろ!? お前ら脳みそまで砂糖漬けか!?」

 

 「我々『ミルガトーレ町スイーツ男子の会』の掟を忘れたか。会則その一、『スイーツ求めて全力疾走! いかなるときでもスイーツを優先します!』と、入会時に誓ったはずだぞ!」

 

 「正直、スイーツ男子って名乗ってれば女の子にモテるかと思って入会しただけだ。そこまでお菓子は好きじゃない」

 

 「貴様ああああああ! なんという軟弱な志! 恥を知れ、貴様などスイーツ男子の風上にもおけん! 貴様のスイーツ愛はそんなものだったのかああああ!」

 

 「そのノリが一番うっとうしいんだよ!」

 

 会長がフツメンを引き留めようとする。そこで、お爺さんが会長の肩に手を置き、静かに首を横に振った。

 

 「無駄ぢゃ。もはや、あやつにワシらの声は届かん」

 

 「老師……!」

 

 ようやく解放されたフツメン。時間が惜しいとばかりに、すぐに背を向けて走り出そうとするフツメン。だが、その背後から素早く近づいた老師が杖を振り上げ、フツメンの後頭部を勢いよく殴りつけた。

 

 「キエーイッ!」

 

 今、闘気を使ってたぞ。フツメンは声もあげられず、一瞬で昏倒させられてしまった。

 

 「もはや、言葉だけではこやつは矯正できん。スイーツ愛を体で覚えてもらわねば」

 

 「老師……!」

 

 「砂糖フォアグラ地獄の刑ぢゃ。骨の髄まで染み込ませてくれる」

 

 狂ってやがる。俺がフツメンの御冥福をお祈りしていると、ついに破壊の手がこの大通りにまで及んできた。瓦礫が崩れ落ちる音とともに、小さな黒い影が俺たちの前に姿を現した。

 


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