★52話
「『復讐原則』」
何もしない。ダークエルフはただその場に立ち尽くすだけだった。それは自らの死を悟ったからでも、全てを諦めて絶望したからでもない。
「……は、はあっ!? なにがおきて……」
「お、おおおお! 我らの攻撃を受けてええ!?」
「小揺るぎもしないだと……!」
何もする必要がなかったのだ。おそらく三人の兵士の渾身の一撃と思われる総攻撃を、ダークエルフはただ立っているだけで完全に受け切った。頭部、腹部、脚部、三人の攻撃は確かに敵の体に当たっているが、それだけだった。ダークエルフに何のダメージも与えていない。
「『正統暴礼』」
それどころの話ではなかった。兵士たちの姿が消える。ダークエルフが軽く手を振り払っただけで、三人の兵士はフータと同じ末路をたどった。壁に激突し、沈黙する。
「弱すぎる。こんなものか?」
歓声をあげていた人々は静まり返っていた。絶望しているというよりも、何が起きたのか理解していない。兵士たちが一瞬で片づけられたという認識を脳が拒否している。
「こんなものかニンゲンどもおお!!」
ダークエルフが手を払った。ただそれだけの挙動で衝撃波が発生し、周囲の建物を揺るがし、削り取る。自らの身に迫る危機を前にして、ようやく人々は我に返った。絶叫のような悲鳴をあげて逃げ惑う。
「なんなんだよおおお!? なんで負けてんだ最強の四属性四重士だろおお!?」
「ひいいい! 邪魔だっ! どけぇっ!」
「ママー! ママーッ!」
人ごみに巻き込まれないよう、近くの建物の屋根の上へと移動する。眼下は大混乱に陥っていた。幸いにして、ダークエルフは衝撃波を人ごみの中へと放ってはいない。もしそうなっていれば大勢の人間が死んでいる。
ダークエルフは哄笑しながら、力を誇示するように建物を破壊している。まだそのおかげで人的被害は出ていないが、それも敵の気まぐれ次第だ。まるで大砲を乱れ撃ちしているかのように破壊の範囲が拡大している。
「な、ヤベぇだろ?」
「デタラメですね」
魔力を体外に威力として放出する血結技の根幹にある魔技は『闘気』である。しかし『闘気』には原則として肉体から離れるほどに威力を失う性質がある。このダークエルフが行っているような破壊を可能とするだけの『闘気』ともなれば莫大な値となる。とてもではないが、個人が持ち得るエネルギーの限度を越えている。
おかしいのはそれだけではない。これほどの破壊をもたらすエネルギーが放出されているというのに、ダークエルフの周囲から『闘気』をほとんど感じないのだ。これは魔力を消費して撃ち出しているエネルギーではないのかもしれない。
その別のエネルギーが何かはわからないが、費用対効果は非常に優れていると見える。無駄としか思えない破壊行為をいまだに繰り返しているのだから。
「あー! うっとうしいのがまた来てる! しつこいぞ!」
向こうもこちらの存在に気づいたらしい。ダークエルフはスケアクロウを指さして叫ぶ。
「『消えろ』!」
私たちはすぐに屋根の上から飛び降りた。それと同時に先ほどまで私たちが立っていた場所が抉り取られるように吹き飛ぶ。
「この往生際の悪さだけなら七魔剣最強であるスケアクロウ様から逃げられると思うなやゴラァ!」
「『死ね』!」
これは詠唱なのか。ただの罵倒としか思えない言葉を、ダークエルフが発するだけで衝撃が大気を震わせる。もう滅茶苦茶だ。
「はい残念! 当たりませーん! べろべろばー!」
「『死ね死ね死ね』! くそっ、またミンチにしてやる!」
ただ、スケアクロウが言っていた通り、このダークエルフは鍛錬を積んだ武人ではない。血結技が凄まじいだけで、ろくに闘気を練れていない。おそらく魔力とは別のエネルギーに頼っている弊害だろう。普通は闘気が弱ければ、血結技の威力も低くなるはずなのだが。
ほとんど闘気を使えないようなので身体能力は見た目通りの子どもと同じである。武術を修めている様子もない。攻撃も単調で狙いがわかりやすい。衝撃波の威力は脅威だが、狙う場所がすぐにわかるので避けることは難しくないだろう。
スケアクロウがダークエルフを挑発しながら目配せしてくる。盾役を引き受けてくれるらしい。彼女になら安心して盾を任せられる。別にやられても構わないともいう。
私は弓を構えた。闘気を矢に込める。奥義の発動シークエンスに入る。
「『確率算出』」
『六十四仮装界機集積回路』に予測結果を要求する。この算出時間は敵の強さに比例して長くなると言っていい。実現させたい確率が低いほど、その可能性を見つけ出すのに時間がかかるからだ。
果たして、算出結果は1秒とかからずに叩き出された。
算出完了。実現確率0%。『確率確定』使用不可。
どうやら、奥義は使えないようだ。私は闘気を込めた、ただの矢を撃ち出す。これでも『投気』を用いて強化した矢だ。威力自体は『確率確定』を使って撃ち出す攻撃と変わらない。
特に避ける様子も見せないダークエルフに矢を当てることは容易だった。しかし予想通り、ダメージを与えられない。
「攻撃したな?」
ダークエルフがこちらに振り向く。何か、嫌な予感がした。とっさに『鎮気』の派生魔技『堅固』で守りを固める。
「『正統暴礼』!」
一瞬にして距離を詰められた。速い。闘気による強化ではない。対処、間に合わな――




