47話
「見ろ! 十年来悩まされてきた痛風が! 嘘のように完治しているッ! おおお!? 痔まで治っているぞ! なんという奇跡だああ!」
捜査兵長歴よりも長い付き合いだったらしい持病の痛風が一瞬にして治ったようだ。俺の想像通り、ドラゴンの血には病気を治す効果があるとみていいだろう。止める間もなくアサイクは血を舐めてしまったので、もし毒性があったらどうしようと心配していた俺は安堵する。
「それだけではない! 体の奥底からやる気が湧き起こってくるかのようだ……! うおおおおお! 若さと気力までもが回復している! 兵士としての職務を全うしたい! 今ならいくらでも民の血税を搾り取れる自信があるッ!」
それは兵士としての職務ではない。回復しすぎて余計な熱意まで掘り起こしてしまったようだ。
「まさしくこれは『ドラゴンの血』だ! 奴隷取引が行われた動かぬ証拠である! 総員、逮捕! その店主を捕えよ!」
「嘘だああああ! これは陰謀だあああ!」
「暴れるな! おとなしくしろ!」
兵士が数人がかりで店主を抑えつけた。抵抗もむなしく店主は取り押さえられた。諦めと怒りが交じり合い、絶望に歪んだ表情で俺を見上げてくる。
俺は少し、かわいそうかなと思ってしまった。確かにこの男からはひどい仕打ちを受けはした。最初は仕返しして当然だと思ったし、胸がスカッとする気持ちもあった。
でも、この町の法治体制から考えて、たぶんこの男は死刑になるのではないかと思う。ただでさえ人の命が軽い世界だ。罪人の権利はなおさら軽い。俺がふざけて思いついた小芝居に付き合わされて、この男は死ぬ。それは間接的に俺がこの男を殺したことになるのではないか。
もちろん、俺に不当な借金をかけて奴隷に落したことは許せない。許せないが……
俺がモブーン家の客人待遇だからとか、ドラゴンの血を持っていたからとか、そういう事情を抜きにして、改めてきちんとした捜査をしてもらえるようにキーグロに頼んでみようかと思う。
調べれば余罪も出て来るかもしれない。それらも考慮した上で、死刑が求刑されるというのなら、それはもう仕方がない。その判断を捻じ曲げてまでこの男を助けようとは思わない。この世界にはこの世界の法があって、それを現代日本の価値観に強引に当てはめた考え方は必ずしも正しくは無いと思う。
これは単なる自己満足というか、俺の殺人に対する倫理感を満たすだけの無駄手間かもしれない。だが、それでもやるだけやる意味はあると思った。
俺もこの世界で生きていかなくてはならない以上、ある程度はこの世界の倫理観に慣れていく必要があるんだろうな……
* * *
無事にマッチポンプを果たし、ドラゴンの血を手に入れた俺たちは領主の館へ戻ってきた。あとはこれをキーグロに渡して無罪放免である。
「キーグロ様! この捜査兵長アサイク! 『ドラゴンの血』を見事入手いたしましたぞ!」
「それ俺のだから!」
やたらテンションが高いアサイクと競うようにキーグロのもとへと向かう。だが、なんだかキーグロの寝室の前があわただしい空気になっている。
「ゴフォッ! ブホッ! バホッ! バホッ!」
「キーグロ様ああ!」
見ると、ベッドから転げ落ちたキーグロが発作を起こして苦しんでいる。吐血までしており、ただ事ではない。激しく咳き込んでいたキーグロだったが、今度は急に何の反応も示さなくなった。かたわらに控えるセバスチャの呼びかけにも応えない。
これは本格的にまずいかもしれない。ここでキーグロに死なれるわけにはいかない。俺は血の小瓶を持って駆け寄った。
「薬持ってきましたよ! 早くこれを!」
「薬と言われても、こんな得体の知れないものを……」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよ!」
キーグロはぐったりとして動かない。意識がないようだ。呼吸しているのか、脈が正常なのかどうかも怪しい。すぐに対応しないと命にかかわる。
「……ええい!」
切羽詰まったセバスチャは、ついに小瓶を開けた。そしてその瓶を自分の口に運ぶ。自分の口に!?
「何してんの!?」
そのまま一滴残らずセバスチャは血を飲んでしまった。かに思われたが、違う。口に含んでいるだけで、飲みこんではない。その状態のまま、キーグロの頭を持ち上げ顔を寄せる。二人の唇が重なる――
┌(┌ ^o^)┐
いや、口うつしする必要はあったか? 毒見?
「カアッ!」
そして血を経口投与されたキーグロは、復活した。目をひんむくように見開き、さっきまで昏倒していたのが嘘みたいに勢いよく立ちあがる。
「き、キーグロ様!」
「おお、おおおお! うほおおお! うほっ! ウホッ! ウホッ! ウホッ! ウホッ!」
ボコココココ!
キーグロが自分の胸を激しく叩く。発作のせいで胸を詰まらせて、という風ではない。それはまさしく、猛々しいゴリラのドラミング。
これは負けてはいられない。俺もドラゴンドラムを発動。キーグロのドラミングに対抗する。
「ウホーッ!」
ボコココココ!
「ドラーッ!」
デュンデュン!
こうして俺たちの魂のサウンドが、熱きパトスとなって領主の館に鳴り響いたのであった。




