★44話
人はなぜ弓を作ったのか。遠くの獣を射殺すためだ。なぜ、遠くの獣を射る必要があるのか。近づかれては敵わぬからだ。
まさに今、この場では狩りが行われていた。猟師は少女、獲物は私。現状ではこちらが不利だが、近づきさえすれば戦況は逆転する。
「『確率算出』」
少女は素早く次の射撃準備に入った。闘気が立ちあがり、恐ろしい気配が忍び寄ってくる。
防ぐことも避けることもできない射撃。確かにそれは脅威である。しかし、無敵の技ではない。弱点はある。
すぐに矢を撃ってこないのだ。血結技が発動してから実際に効果が表れるまでに時間がかかるものと思われる。これだけ強力な魔技なのだから、何らかの代償を必要とするはずだ。魔力は当然として、時間的コストもかかるのだろう。
つまり、効果が発揮される前に攻撃そのものを止めさせればいい。私は走る速度をあげる。ほんの少し速さをあげるだけで、膝の寿命は格段に縮まった。悲鳴をあげる間接を、筋肉で強引に補強してフル稼働させる。目的地に到着するまでもてばいいのだ。後のことは考えない。
あと、およそ20メートル。ここまで近づいても敵の表情に焦りは現れない。どこまでも冷静に狙いを定めてくる。猶予は残されていない。奥義の完成が近づいている。今度の標的は右脚。生き残っている方の脚だ。さすがに両脚を失えば動けなくなる。何としてでも止めてみせる。
10メートル。もはや互いの顔を細部まで確認できる距離。敵の奥義が完成する。間に合わない。このまま、ただ走っているだけでは間に合わない。ならば、起爆剤を投入するまで。
「『着火瞬炎』!」
詠唱する。筋肉が一気に隆起するような感覚が全身を覆う。これは数秒間、筋力を大幅に引き上げる血結技だ。代償として発動後は急激な身体能力の低下を招く、諸刃の剣でもある。いわば、これは自分の持つ力を前借する魔技。
「カァッ!」
「っ!」
その数秒で十分だった。空を駆けるように残りの距離を一息で詰める。もはやこの間合いは私のもの。
少女はすぐさま弓を捨てた。構え取り、攻撃に備えている。良い判断だ。よもやこの距離で弓にすがろうという負抜けた心構えはない。己の間合いを潰された上でなお冷静に、徒手空拳にて敵を迎えようとする姿はまさに武人である。
ここで手を抜くのはあまりにも失礼だ。否、この試合は私に出せる全力をして限界の闘いだった。始めから手を抜く気など毛頭ない。
私は眼前の少女と同じく徒手空拳にて敵を討つ。それが私に出せる全力だからだ。魔剣使いにして剣士にあらず。この拳は、我が剣の腕をも上回る――
「クァーカカッ! よくぞここまで追い詰めた! しかし、これまで!」
三つ足の体勢から飛び上り、闘気を練り上げ込めた貫手を放つ。貫手は少女の腕に沿い、肩口へと吸い込まれるように伸びていく。肩を壊されれば弓使いとしては致命傷だろう。勝負あった。
かに、思われた。全力で振り抜かれたかに思われた私の攻撃には一片の油断が残されていた。獣が人に噛みつく時、狩り狩られる関係が逆転する瞬間、獲物の喉元にまで迫った己の牙を過信してしまった。
「カアッ!?」
手が滑る。いや、そらされた。私の手が、肩ではなくその下、少女の脇の下を通る軌道を描く。腰、脚、全身の関節を緩やかに弛ませ、それとわからないようにわずかに落としていたのだ。実際よりも背丈を低く思わせ、私の貫手に合わせ、肩を元の位置へと起こすことでかわしたのだ。
それだけにとどまらない。手が脇の下に挟まれた。こちらの攻撃をかわすだけでなく、そこからさらに動きを封じてきたのだ。挟まれた手はピタリと吸いついたように動かせなくなっている。
「ナニィ!? これほどの『鎮気』を!?」
『鎮気』とは『闘気』の対極に位置する魔技である。しかしそれは対極にして同一。深く相関する魔技である。『闘気』が体外へと向かう力であるのに対し、『鎮気』とはひたすらに己の内へと向かう力。この両者は動と静、陽と陰の関係にある。
人が一般に『闘気』と呼ぶ魔技は、広義の意味において『鎮気』を内包する。たとえば固い岩を素手で殴れば、当然殴った方も痛いだろう。強力な『闘気』を放てば、その反動は自身へと帰ってくる。この反動を打ち消している力が『鎮気』である。『闘気』を使う者は、無意識に『鎮気』を扱っている。
しかし、だからと言って『鎮気』を『闘気』の付属物であるかのように考える者は、武人として未熟極まる。『鎮気』の本質は静の極意。反動の相殺など『鎮気』の持つ役割の一端にすぎない。この理を捉える者は、敵の『闘気』すら打ち消すことができるのだ。
この両者の調和の上に全ての魔技は成り立っている。どちらもおろそかにできるものではない。だが、それは武人としての理想ではあれど、現実に完璧な調和を目指すことは困難を極める。人はおのずと動か静かのどちらかに傾き、そしてその偏りは簡単に矯正できるものではない。己が使う技に合わせて偏りは固定されていく。
私はこの少女を闘気寄りの使い手だと思っていた。『投気』とは威力放出の極致。弓の腕前は見事だが、懐に入りさえすれば崩すことは容易いと。それがここにきて見事な鎮気への切り替えを見せてきた。しかも、脇の下という気を集中させにくい部位を用いた器用さに驚愕せざるを得ない。
いや、もっと根本的な問題からして、この少女は弓使いではなかったのか。『投気』とは、ただ才能があるだけで習得できる技術ではない。それこそ下手な血結技などとは比べ物にならないほどの修行の末に啓ける武の一つの到達点である。それを扱いながら、弓を使わない接近戦も軽々とこなすというのは明らかにおかしい。どうしてこの年でそこまでの練度を実現できる!?
この少女、人間とは思えない……!




