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★43話

 

 「『――』」

 

 敵が何らかの血結技スキルを使った。この距離では詠唱を聞くことができないが、感覚的にわかる。いや、わからない方がおかしい。

 

 (これは……『九黒一白ミストルティン』か!?)

 

 襲いかかるおぞましい悪意。かつて出会った最悪の弓手、奴が放った奥義級レア血結技スキルを思い出す。この物理法則を飴細工でも作るかのように捻じ曲げられる感覚。あんな常軌を逸した奥義を使う人間が世界に二人もいるとは考えたくもない。

 

 だが、違うと気づく。あの技とは違う。あのときは、矢がどこから飛んでくるのか、その射線がまるでわからなかった。矢が肉に突き刺さるまで、全く気配を感じなかった。

 

 しかし、今のこれは全くの逆。敵は狙いを隠そうともしない。奴が狙っているのは私の義足だ。叩きつけるような害意が、義足に集中している。

 

 ならば避けるまで。素直に当たってやるわけがない。私は素早く体をブラした。狙いを定めさせないように動きつつ、迎撃の準備を整える。

 

 だが、害意は散らなかった。むしろその照準は、時を刻むごとに正確に標的を捉えていく。これは、“防げない”し“避けられない”のだと気づく。そういう血結技なのだと。

 

 極限状態の闘いの中では、稀にそういう感覚を引き起こすことがある。敵の剣を捌けない、斬られる。互いにまだ剣を交えていないというのに、それに気づいてしまうことがある。これはその感覚に似ていた。

 

 しかし、それは極限まで研ぎ澄まされた集中の果てに、互いの呼吸が寸分の狂いなく重なる刹那に垣間見える武の境地である。実力が違うからとか、なんとなく負けそうだとか、そういう生ぬるい感覚ではない。

 

 弓を射構えられているだけで『諦観の境地』に導かれるなど冗談ではない。まだ矢さえ放たれていないのだ。なのにもう、当たることが、確定している。そうとしか思えない。

 

 奥義級レアクラスとはそういうものだ。そういう感覚を、これまでに何度も身をもって体験してきた。いかなる精霊といかなる論理の元に構築された魔法なのか、人間に理解できる余地などない。神が何かの手違いで作り出してしまった綻びだ。

 

 もはや首元に剣を突きつけられているにも等しい状況だった。刻一刻と、害意は実体を帯びるかのように明確な死の気配を運んでくる。矢が食い込んでくる。まだ放たれていないはずの矢を幻視する。

 

 正確には狙われている箇所は義足だが。これが心臓や頭部だったなら即死は免れない。なるほど、あれだけの自信を持つわけだ。この少女の強さは一流どころの話ではない。なぜ今まで無名だったのか不思議に思う。しかもこんな田舎町でFランク冒険者をやっているなんて誰が聞いても冗談としか思わないだろう。

 

 私は走った。回避も防御も無意味だというなら余計なことをする必要はない。ただ、愚直に速度だけを求めて走る。彼我の距離を踏破することだけに集中する。半分ほど距離は詰めた。まだ望みは――

 

 「『確率確定チェックメイト』」

 

 かすかに聞こえる『写し言葉』。血結技を発動するための詠唱だ。案の定、聞いたこともない魔技である。

 

 放たれた一撃は、寸分たがわず細い義足の真ん中を貫いた。その矢の速度は確かに速かった。『投気』を纏った矢は弧を描くことなく真っすぐ飛んでくる。しかしながら私も達人と呼ばれる武人のはしくれ、普通なら何らかの対処ができただろう。

 

 その普通が許されない。矢の速度、軌道、自分の体の位置、対処可能な行動、それらを何の問題もなく認識しているというのに何もできない。いや、何もできないということにさえ気づけない。恐ろしいのは、別に感覚を惑わされたとか、そういう攻撃ではないところだ。

 

 矢が来る場所が事前にわかっているのだから普通なら避けて当然の一撃。“避けられる”と確信しながら、“避けられない”と確信している。矛盾した感情が互いを食い潰しながら両立し、そして現に矢が当たることでありえない答えを無理やりに突きつけられる感覚。おぞましいとしか言いようがない。

 

 鋼鉄製の義足がバラバラに砕け散った。その衝撃で倒れ込む。義足の中に内蔵していた仕込み矢やバネの破片が無残にはじけ飛ぶ。まだ、少女が立つ場所までの距離は遠い。元の距離を半分しか踏破していない。

 

 ここで諦めるか。

 

 「カカ……クァーカカカカカッ!」

 

 否。

 

 逆に問おう。なぜ、義足を狙ったのかと。なぜ、腕を、脚を狙わなかった。なぜ、腹を、心臓を狙わなかった。なぜ、そんな甘さを私に残した。

 

 なぜ、私がその程度で止まると思った。

 

 狂笑する。この程度の苦境は辛酸でも何でもない。ただの日常だ。

 

 倒れ込んだ体を起こすことなく前へと進む。“三つ足”で、地を駆ける。

 

 人間の体は四つん這いで走れるようにはできていない。仮に訓練したとしても、二足で走るより速くは走れない。三足ならなおさら無理なことだろう。

 

 だが、私は走った。残った脚を折りたたみ、上体を起こした膝立ちの姿勢を維持する。二本の両腕で大地をつかみ、蹴り進む。後ろ脚をバネのごとく動かし、膝の伸縮によって得られる跳躍力を前進する力へと変換する。

 

 当然ながら、こんな無理な姿勢での運動をして体に負担がかからないわけがない。長距離を走れば膝が壊れる。急激な疲労と激痛が片脚を冒していく。人体を自ら破壊するがゆえに得られる速度。それは二足歩行を凌駕した。

 


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