★41話
「お前、Fランク以上の依頼が受けたいんだってな。なぜだ?」
「30万ゴールドを今日中に稼ぐ必要があるからです」
「さんじゅ……まぁいい。じゃ、こうしよう。アタシと闘え。勝ったら30万ゴールド、アタシが払ってやる」
「わかりました」
「ただし、お前が負けたらアタシの言うことを何でも聞いてもらう」
「わかりました」
「……お前、今ちょっと嬉しそうな顔しなかったか……?」
スケアクロウから出された提案は魅力的なものだった。一勝負で30万。これから森へ行って狩りをするよりも遥かに効率的である。是非もない。
「最高ランク冒険者と最低ランク冒険者の闘いだと? どう考えてもスケアクロウさんが勝つだろ」
「いや、さっきの闘気の件もある。あの弓使いも相当の腕前だぞ」
「だが、タイマンで得物が弓じゃ勝負にならないんじゃないか?」
試合場所は協会裏手にある練習場が使われることになった。先ほど室内にいた者や練習場を使用していた者など、近くにいた冒険者が観戦しに集まってきている。どちらが勝つか、賭けをしている者も多い。私のオッズはかなり低いようだ。
「さーて、じゃあルールでも決めようか。武器も闘気も時間も制限なしの何でもアリ。相手を戦闘不能にするか、降参させた方の勝ちだ。文句はあるか?」
「ありません」
「だが、アタシも鬼じゃねえ。Fランク相手に本気を出すのは大人げないってもんだ。まず、開始時の両者の距離は……100メートル。これは互いの得物の差を考えれば、当然のハンデだろう。文句はあるか?」
「ありません」
私が使用する武器は弓だ。いきなり接近した状態から試合が始まれば、当然こちらの方が不利である。接近戦に持ち込まれれば弓は役に立たない。
「そしてもう一つ、アタシは剣を使わない」
そう言うと、スケアクロウは杖代わりにしていた剣を、無造作に近くの壁に立てかけた。杖なしになった彼女は義足を引きずりながら練習場の中に踏み入る。
「おいおい七魔剣なのに、剣を使わないのかよ」
「ちげーよ。むしろ、このくらいのハンデがなきゃ勝負にすらならねえだろ。七魔剣はその誰もが魔技の達人。たとえ魔剣を使わずとも常人とは比べ物にならない実力がある」
そのとき、一人の冒険者が走り出した。練習場の入り口、その壁に立てかけられたスケアクロウの魔剣をつかむ。誰かが、あっと声をあげた。そのときには、剣をつかんだ冒険者は一目散に練習場の外へと走り去った後だった。
「すっ、スケアクロウさんの魔剣が盗まれた!」
「あー?」
だが、当の剣を盗まれた本人はというと、大して気にした風もなく落ちついている。耳に小指を突っ込んでのんきに掃除している。
「それがどうした?」
冒険者たちが息を飲む。貴重な品ではなかったのか。あの剣は魔剣ではなく、別物だったのだろうか。練習場は異様な空気に包まれる。
「そんなことはどうでもいい! さっさと始めようぜ。誰か、開始の合図をしてくれよ」
「は、はいっ!」
ついに試合が始まろうとしている。私たちは100メートルの距離を取って向かい合う。弓に矢をつがい、構えた。いつでも放てるように弦を引き絞り、闘気を込める。
「カカカ、カカカカ……」
スケアクロウは奇妙な笑いをこぼした。だらりと伸びきった腕。特に構えてはいない。闘気の放出は感じられなかった。ギリギリまで手の打ちは見せないつもりらしい。何も威圧するだけが戦い方の常ではない。むしろ、このレベルの闘いとなると、不用意な威圧はこちらの手を読まれる隙にもなりえる。
おそらく、あの義足を引きずるような歩き方は演技だ。筋肉の動きをトレースするに、若干のぎこちなさを感じる。実際はその程度の障碍などものともしない動きを見せて来るだろう。
Aランクとか七魔剣とか呼ばれる割には姑息な手を使う。しかし、有効な手段である。人間の感覚は視覚情報に大きく依存している。たとえ演技と見破られたとしても、見た目を裏切る動きというものは次の行動予想を困難にする。達人が油断なく姑息な手を使ってくるからこそ、警戒が必要だ。
現段階で予測するに、おそらく二射。スケアクロウの接近を許すまでに二射を放つ余裕がある。その二射で勝負を決めたいところだ。
どうにも、彼女は何か隠し玉を持っている気がする。特殊な血結技を使われれば戦況がどう転ぶか予測できない。接近戦に持ち込まれるのはまずい。
「それでは試合――――開始ィッ!」
合図がかかった。スケアクロウが動く。コートを翻し、前傾姿勢で走り出す。思った通り、片脚が義足とは思えない俊敏な動き。重心も全くブレていない。
「『確率算出』」
私は開始の合図と同時に、迷うことなく血結技を発動する。
攻撃地点指定……対象範囲空間把握……確率算出中……
集積回路に魔力が流れ込む。末梢神経の隅々まで焼けつくような痺れが走る。回路から溢れ出た闘気が蒸気のように体から噴出した。フィードバックを抑え込み、計算に集中する。
私が血結技を使った瞬間、敵もそれを悟ったのだろう。右へ左へと不規則にステップを踏み、射線を定めさせない。それでいてこちらへ接近するスピードがさして落ちていないのだから見事な妙技と呼ぶべきだ。
予想以上にスケアクロウの動きは速かった。脚力に闘気を集中しているのがわかる。義足ではない方の脚一本に凝縮された力強さ。義足は、ほぼバランスを取るだけの役目しか果たしていない。なぜ、その不安定な体勢から軽やかな走りを実現できるのか。その独特の歩法に目が惑わされる。
しかし、無意味。私はその動きに合わせて弓を傾けるようなことはしない。ただ、発射体勢を維持したまま、計算を続ける。
接近を許すまでに二射を想定していたが、次の一射は間に合わないかもしれない。この一撃で決めさせてもらう。
――算出完了
「『確率確定』」
矢を放つ。




