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4話

 

 パニックの上にパニックを起こして一周回って正気に戻ったかのような感覚で思考する。

 なぜ、俺が今まで死なずにこうして生きていられるのか。それはひとえにこの身体のおかげだ。ファーヴニルの言動から察するに、ヨルムンガンドのおかげと言った方がより正確かもしれない。

 

 ファーブニルの呪いは完璧かと思われたが、漏れがあった。ヨルムンガンドという強大な竜の力を完全に封じることができず、この身体はその力の一部を引き継いでいるのではないか。この身体を守っているのは竜の耐久力なのだ。

 

 だとすれば、他の力も使えるのではないか。俺は以前読みふけった数々のファンタジー小説を思い出す。竜と言えばドラゴンブレス。口から吐き出す灼熱の炎は、戦いを挑んだ英雄たちを灰燼に帰す。

 

 ファーブニルにドラゴンブレスが通用するかわからないが、手段を選んでいる場合ではない。やれることは何でも試してみよう。

 

 (できる、俺はドラゴン……! 絶対できる!)

 

 必死に頭の中で自己暗示をかけながら勢いよく息を吸い込んだ。

 すると、風音を響かせながら周囲の空気が一気に肺の中に流れ込んできた。気持ち悪いくらいどんどん入る。底なしに吸い込み続けられる。自分でも心配になるくらい吸い込みが止まらない。

 

 途中、近くの炎も一緒に吸い込んでしまい、喉や肺が焼かれる激痛に襲われるが、中途半端なところで息を止めたくなかった。いけそうな感覚があったのだ。ここで止めては無駄になる。

 

 『何をする気だ? 人間風情が、少しばかり力を持ったからと言って粋がるな!』

 

 竜の手に再び白い炎が灯る。追加で炎を投じる気か。さすがに見過ごすことはできない。

 息を止めた。肺の中に破裂せんばかりの空気が溜まっている。肋骨がミシミシと軋む音がするほどだ。

 

 あとはこれを吐き出せばいいのだろうか。それで本当にドラゴンブレスになるのか。ただ息を吐いただけに終わるのではないか。様々な不安が頭をよぎったが、つべこべと考えている時間も惜しい。

 

 思いっきり叫ぶ感じでいこう! いくぞ!

 

 「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛――――――――――                     !!」

 

 音として聞こえたのは、ほんの数秒ほどの間だった。

 耳の奥に突き刺さるように走った痛みとともに、音が失われた。鼓膜が破れたのだ。しかし、空気を震わせる振動は耳で聞きとるまでもなく骨の髄まで揺さぶった。

 

 鼓膜の次に被害を受けたのは目だ。眼球が頭の奥に押し込まれるような圧迫感。痛みに思わず手で目の上を覆った。感電したみたいに全身の皮膚がビリビリと痺れる。

 

 これ自爆技じゃね? と、思ったが咆哮はおさまらない。抑えられない。一度に空気を吸い込みすぎたのか、息を止めることができなかった。栓を解いた風船のように空気を垂れ流す。絶叫を強制された状態だった。

 ぶっちゃけ、今までの一連の戦闘で一番ダメージを受けていた。

 

 「 ……   …  」

 

 ようやく地獄のようなデスボイス発声練習が終わったときには満身創痍だった。口から全身のエネルギーを吐き出しきってしまったかのような虚脱感を覚える。ガクガクと震える身体をこらえて立ち上がり、恐る恐る目を開けて辺りを見回す。

 

 魔法で生み出された炎も、光の糸も無くなっていた。立ちこめていた霧もない。ただ、土煙が巻き上がり、土くれが空からボトボト落ちてくる。煙が晴れると周囲の状況がよく見えた。

 

 なんか俺を中心にクレーターみたいなのができてるんですが。木々は放射状になぎ倒されて吹き飛んでいた。湖の水も消えている。その代わりに金色の竜が穴の中に収まっていた。

 

 音は聞こえないが心臓の鼓動だけはやけにはっきりと響く。

 ファーヴニルはぶっ倒れていた。やったか!?

 

 たぶん、やってない。ピクピク痙攣しているのがわかる。気絶しているだけだろう。

 正直、ここまで劇的な効果があるとは思わなかった。ドラゴンブレスというよりドラゴンボイスである。音響兵器である。近隣一帯更地同然である。ご近所迷惑なんてレベルじゃない。ヨルムンガンドさんの声は封印されてなお相当の威力があるらしい。

 

 だが、それでもファーヴニルを倒しきるには至れていない。このまま気絶しているうちに逃げようかとも思ったが、いつ目を覚ますのかわからない。きっと長くはもたないだろう。

 

 少女の足で全力疾走したところで逃げ切れるか自信はない。ドラゴンボイスはかなり体力を消耗する技だったらしく、疲労も限界に達していた。そもそも、鼓膜をやられたときに三半規管も損傷を受けたのか、まともに立っているのもやっとの状態だった。

 

 やるしかない。むざむざ殺されたくはない。やらなければやられる。

 にわかに現れた勝機を前に、逃げ腰ではいられなくなった。進化の過程で衰退していった闘争心みたいなものを無理やりに総動員して奮い立たせる。よたつきながら、ファーヴニルのところへと走った。狂ったバランス感覚に惑わされて転倒しまくるが、それでも足を止めない。這いずってでも前に進む。

 

 攻撃のチャンスは一度しかないと思う。下手な攻撃でロクにダメージを与えられずに気絶から覚められたらそこで終わりだ。現時点で取りうる最大威力の攻撃、すなわちドラゴンボイスをするしかない。

 

 喉はかすれた声しか出せなくなるほど痛い。体力もない。もう一度さっきの威力を出せるか不安はある。しかし、それしか手がないこともまた事実だった。ならば、できる限り効果を引き出すべきだ。だから俺はファーヴニルの巨体へと飛び付いた。至近距離で放てばより効果的に痛手を与えられるはずだ。

 

 『グゥッ……ガッ……』

 

 まずい。ファーヴニルの意識が戻り始めている。本当は頭部の近くまで行きたかったが贅沢は言っていられない。俺は大きく息を吸い込む。

 

 メキメキと肺が軋む。さっきはなかった痛みだ。やはり二回続けて使用できる技ではなかった。全然、空気を吸い込むことができない。早々に肩が上がる。

 

 焦った。ここでしくじったら何もかもおしまいだ。クッチャックッチャとスルメみたいに噛みしだかれるなんて嫌だ。魔法の糸で縛られてあぶり焼きにされるのも嫌だ。

 

 俺は強引に、詰め込むように息を吸った。

 それがまずかったんだと思う。ボコンというドラム缶を落としたような音がして、吸い込んだ空気が肺ではない別のどこかに流れ込んだ。

 


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