39話
「そうですか、それはご愁傷様です。話はそれだけですか?」
自分で言ってて無理のある話だと思う。話ながらそうポンポンうまい口実が思いつくような頭の回転力は持っていない。案の定、セバスチャから見捨てるような視線を向けられる。
「大方、キーグロ様に取り入って待遇向上を狙っているのでしょうが、あまりにも浅はかですね。子供じみた虚言です。不敬罪に問われてもおかしくない愚行ですよ。いかがなさいますか、キーグロ様」
これだけで不敬罪なの!? いやでも、貴族に対して嘘をついたと思われてるわけだから、何らかの罪に問われてもおかしくないのか。
「近うよれ」
「なっ、あのような素性の知れない者を近づけるなど……」
「よい」
しかし、キーグロは意外な反応を示した。俺を手招きしたのだ。何を考えているのだろうか。まさか、冥土の土産にエロいことさせろとか言い出すんじゃ……警戒しながら近づいて行く。
近くで見るキーグロの顔からは生気があまり感じられなかった。やつれているせいで老けて見えるが、実際はそこまで年を取っていないのかもしれない。落ちくぼんだ目を、じっと俺の方に向けてくる。
「なぜ、そのような話を私にしようと思った?」
「と、と言うと?」
「なぜ、明らかに嘘とわかるような虚言を吐いたのかと聞いておる」
ドラゴンの血とは、それほどありえない存在のようだ。それこそ、現代日本で「人魚の血あります!」とふれ回るようなものなのだろう。子ども騙しにもならない嘘。だからこそ、そんな嘘をついた俺の真意を、キーグロは探ろうとしている。
「ドラゴンの血はありまぁす! 本当にあるんです! 物はあるんですよ物は! 信じられないかもしれませんけど、嘘じゃないんです……!」
もうこうなったら下手な策を弄しようとしても墓穴を掘るだけだ。ストレートに俺の気持ちを伝えた方がいいと思った。こちらを見つめるキーグロの目を、俺もしっかりと見つめ返す。嘘ではないと訴える。
「……ならば仮に竜の血があるとして、お前は私に何を望む? 奴隷からの解放か?」
「それもあります! あともう一つ、お願いがあるんですけど……」
「申してみよ」
「じ、実は」
かなり悩んだが、俺はさっきぶちのめしたザコッカスのことを正直に話した。どうせ隠していても、すぐバレることだ。ぶっちゃけることにした。
「し、信じられない! 何を考えているんですかあなたは!? 真性の馬鹿ですか!?」
そんなに言われなくてもわかってるよ。はいはい、馬鹿ですよ。実際、俺が奴隷になってこんなところにまで来ている原因って、俺の食べ物に対する執着心に他ならない。自分でも結構落ち込んでるんだからあんまり言わないでよ。
「あのザコッカスを、奴隷が、くくっ、殴り飛ばしただと……縛り上げてクローゼットの中に隠しただと……くくはははっ! はははははゴフブフッ! ウホッウホッウホッ!」
「キーグロ様、しっかり!」
キーグロが突然、笑い始めた。苦しそうに咳き込みながら、楽しそうに笑っている。どうしよう、やっぱり実の息子を殴り落としました発言はショックが大きかっただろうか。もう少しオブラートに包んで言った方が良かっただろうか。
そうじゃん。襲われそうになった恐怖からつい、抵抗してしまって……みたいな感じでなよなよしく言えばよかったじゃん。馬鹿正直に言う必要ないじゃん。俺、馬鹿じゃん。でも、クローゼット隠蔽工作の件はごまかしようがなかったじゃん?
「はぁ……これほど笑ったのは久方ぶりだ。よかろう。娘よ、ドラゴンの血を持ってきてみせよ。見事、私にその血を届けることができた暁には、そなたの願いを叶えてやろう」
「キーグロ様、何を!?」
「だが、もし。お前が嘘をついていたとわかったときは、相応の罪を科す。貴族に虚言を吐き、あまつさえ暴行を加え証拠隠滅まで謀ろうとしたのだ。極刑を覚悟せよ。それも楽に死ねると思わぬことだ。惨たらしい拷問と凌辱の末に殺す。よいな?」
「はい! 大丈夫です!」
そのときは逃げます!
「なぜ、そのようなことを。この場で捕えて牢にでも放りこんでおくべきです」
「まぁ待て。ここまで脅しても揺るがぬ自信があるのだ。ドラゴンの血は言い過ぎにしても、何かしら貴重な良薬を手に入れる当てがあるのだろう。監視の兵をつけた上で、好きにやらせてみせよ。何か行動するに不自由があると言うのなら、多少の融通はしてやれ。私の名の元に、許す」
「……この娘の妄言に、そこまでの便宜を計らう価値があるとおっしゃるのですか」
「なに、病床に伏せる退屈を紛らわせてくれた娘に、少しばかりのチャンスをくれてやったに過ぎん。いや、それもまた遊びの一つよ。これはつまらぬ賭け。たとえ私が負けたとしても、失うものは愚かな奴隷一人の命だけだ」
そう言ってキーグロはベッドの上に体を倒した。静かに目を閉じる。
「すぐドラゴンの血を持ってきますからね! 待っててくださいねぇ!」
「はしゃぐな! キーグロ様のお体に障る!」
「ふふ……今日は久しぶりに良い寝付きを得られそうだ……」




