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28話

 

 ベロニカさんと一緒に食堂にやってきた。露骨にテンションが上がった俺の様子に、ベロニカさんは微笑ましいものでも見るかのような視線を向けてくる。

 

 厨房には数人の女性がいた。彼女たちも娼婦だ。今日の料理班らしい。

 

 「そいつ、誰?」

 

 「新入りのゴーダだよ」

 

 「はじめまして、ゴーダです」

 

 「えー、聞いてないよ。食材余ってないし。悪いけど、お昼は諦めて」

 

 絶ッ望ッ!

 

 娼館に売られた時よりも遥かに深い絶望感にうちひしがれる。なぜだ、もう俺のお腹はお昼ご飯を受け入れる準備が整っているというのに。この仕打ち、あまりにむごい。

 

 「ほ、ほら、あたしのご飯、分けてあげるから元気出して?」

 

 「ありがとう! ベロニカさん、ありがとう……!」

 

 地獄に仏とはまさにこのこと、見かねたベロニカさんがご飯を分けてくれると言う。厨房から料理を受け取った俺たちはテーブルについた。

 

 メニューは至ってシンプル。パンとスープ、以上。

 

 だが文句はなかった。食べさせてもらえるだけでもありがたい。ベロニカさんは、カッチカチの黒ずんだパンを二つに千切って分けてくれた。スープも、厨房から借りてきた別の皿に移してくれた。その優しさに惚れそうだ、ベロニカさん。なるほど、これが男を骨抜きにする娼婦実力者の手腕か。虜になって何度も指名したくなる気持ちもわかる。

 

 「いただきます」

 

 俺は黒パンをかじる。これは燕麦パンだろうか。きちんと発酵できていない固い生地。しかし、その硬さが歯に心地よい刺激をもたらす。噛んでも噛んでもその存在を主張する力強さを感じる。一噛みごとに生地の奥底に隠された味が唾液に混じってジワリと染み出て来るようだ。

 

 「うまあああぁいッ!」

 

 「え、そんなに……? 一番安いパンなんだけど、ていうか、よくスープにつけずに食べられるね。口の中がパッサパサにならない?」

 

 そうか、スープもあったか。なんということだ。パンとスープ二つの味わいを同時に楽しめるというのか。ベロニカさんはスープにパンを浸しながら食べている。なんて贅沢な味わい方だ。あまりの嬉しさに、くぅ~っと息を飲みながらテーブルをバンバン叩く。

 

 おっと、行儀が悪かったな。しかし、ターバン野郎と行った食堂で見せたような痴態をさらさなくて良かった。あのトマトスープを食したときはあまりの美味さに絶頂してしまったが、あれは空腹が行き過ぎて頭が変になっていたためだろう。空腹は最高の調味料と言うからな。さすがに食べ物を摂取するたびに昇天するようなヤバい体質になったわけではなさそうだ。

 

 さて、俺が魅惑のパン浸けスープを食べようとしたとき、にわかに食堂の空気が変わった。なんだかきらびやかな服を着た女性が入ってきたのだ。あの人も娼婦なのだろうか。それにしては着ている服が周りと違って高級そうな感じがする。

 

 「あの人は、稼ぎ頭のハーティさんだよ」

 

 ベロニカさんがこっそり耳打ちしてきた。稼ぎ頭というのは、まあ人気ナンバーワンホステスみたいなものらしい。せっかく教えてもらったが、今はそれどころではない。俺にはこのパン浸けスープを味わいつくすという使命がある。ホステスだかキャバ嬢だか知らないが、そんなことに気を取られている状況ではない。

 

 だが、そのハーティさんが厨房から受け取ったトレイを見て愕然とした。そこに彩られた料理の数々。パンにスープ副菜、主菜、そしてひときわ大きな皿に盛られた料理、あれは何だ。鳥の包み焼きだと!? バナナの葉のようなものに包まれて蒸し焼きにされている。そのまろやかなに仕上げられた風味が、匂いに乗ってここまで運ばれてくるかのようだ。

 

 その圧倒的な戦力差に茫然となる。これが人気ナンバーワン、稼ぎ頭の力……

 

 俺が凝視していたせいか、向こうもこちらに気づいたようだ。その香ばしい匂いを漂わせる料理の数々を引っ提げて、わざわざ俺たちのテーブルの前に座る。

 

 「見ない顔ねぇ……あなた、新入り?」

 

 俺は目の前に鎮座するハーティさんのトレイに釘付けだった。メインディッシュは言わずもがな、パンとスープを比較しても俺たちのものとは格が違うことがわかる。

 

 「ちょっと、聞いているのかしら?」

 

 黄金色に輝くスープ。しっかりと下準備を整えたブイヨンが使われているに違いない。パンもふっくらと柔らかそうに膨らんでいる。一口ほおばれば、もっちりふわふわの食感を堪能できるに違いない。

 

 「なに、この子」

 

 「ちょっとゴーダ! ハーティさんに失礼でしょ!」

 

 ベロニカさんに肩を揺すられ、ようやく我に返る。前を見れば、不機嫌そうにしているハーティさんの顔。しまった、つい料理に気を取られて無視してしまっていた。垂れかけていたヨダレを慌てて拭き取る。

 

 「すみません! あまりに、あまりにおいしそうな料理だったもので……」

 

 「そうでしょうね、あなたみたいな新人娼婦じゃまず食べられない食事ですもの。一口に娼婦と言っても、その中には階級がある。私のような一流の娼婦には一流の食事、一流の服装、一流の生活が約束されているわ。あなたたちとは違うのよ」

 

 そう言ってハーティさんは、ほくそ笑む。悔しいが認めざるを得ない。そうやって待遇に差をつけることで娼婦たちの競争精神を高めているのだろう。這いあがれば贅沢ができると。

 

 「なにその犬の飯以下のみすぼらしい食事は? 笑えてきちゃう。みんなもそう思うでしょう?」

 

 ハーティさんが周囲に同意を求めると賛同の声があがった。でもなんか、無理やりハーティさんに付き合わされているような感じもする。従わないといけない空気みたいなものができていた。

 

 「ホント、ハーティさんの言うとおりだわ」

 

 「目障りだから部屋の外で食べてくれないかしら」

 

 だが、中には便乗して普通に悪口を言ってくる人もいる。その人たちはハーティさんほどではないにしても、少し豪華な服を着て、食事のランクも俺たちより上だった。なんだか嫌な空気になってしまった。ベロニカさんも俺の隣で居心地が悪そうにしている。申し訳ない。

 

 すると、ハーティさんは俺が食べているスープに手を伸ばしてきた。何をする気なのか。まさか食べたいわけではないだろう。

 

 はっ!? まさかこのみじめな食事を憐れんでくれたハーティさんが、自分のスープと交換してくれるのでは……!

 

 「犬は犬らしく」

 

 ハーティさんは俺のスープ皿を手に持つと、床の上にひっくり返した。

 

 「地面に這いつくばって食べなさい」

 

 スープが染み込んでしっとりとなった黒パンが、床の上にぶちまけられてグチャリと広がった。

 


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