26話
「私も何十年とこの商売をやっているがね、初めてだよ。○圧で指をへし折られたのは」
「すみません……」
いやだって、いきなり指を突っ込んでくるものだから、ついケツの穴に力が入っちゃって。これは俺が悪いのでしょうか。
「どうしたもんかね。このままじゃとてもお客の前に出せないよ。客のアレがもぎとられちまう」
ヴァギナデンタータ。
しかし、さすがは娼館の女主人、指が折れたというのに悲鳴一つ上げない胆力を見せた。冷静に添え木を当てて包帯を巻く手当をしている。
「あの、ここって、男の人とそういうことをする場所ですよね……?」
今さらながら確認してみる。俺にとっては、まったくもって現実感のない話だった。今からここで俺が働くなんて想像もできない。
「当たり前じゃないか」
そしてマダムは今さら何をという表情で肯定する。俺は説明した。自分は騙されてここに来た。あんなものは詐欺と脅迫だ。いくらなんでもこの扱いはひどすぎると。
「……同情はするよ。私もね、こんな違法奴隷じみた商売に加担はしたくなかった。上からの圧力がなければ断っていたさ」
「だったら」
「あんたは悪くない。だが、無知だった。猟師が仕掛けた罠に、自分から入り込んだ鳥も同然だ。籠の中の鳥をどうするか、それは猟師の勝手だ。そして私は商品として、その鳥を受け取った」
「ほ、法律は!? こんなことが法律で認められているんですか!?」
「法なんてものはいつの時代も権力者に都合よくできているし、いくらでも都合よく書きかえられる。下々の者はそれに従うしかない。あんたも、私もね」
マダムは脅すでもなく優しくするでもなく、淡々と事実を告げるように話す。
「あんたにできる最善は、ここで働くことだ。容姿だけなら一流以上だ。稼ぎ頭になることだって夢じゃない。上層部の人間と懇意になる機会もあるだろう。渡りさえあれば自然と金は流れて来る。……とにかく稼ぐことだけ考えな。あんたの借金にはデカい利息がついてんだ。自由になりたかったら、早いところ仕事を覚えることだね」
それができないのなら野たれ死ぬだけさ、とマダムは付けくわえた。
「インケ」
マダムが何事かを言う。それは人の名前だったらしい。スッと部屋の奥から一人の男が出てきた。いつからそこにいたんだ。
「こいつにはよく新人の世話をしてもらっている。あんたの教育係りだ。挨拶しな」
「え、あ、はい、よろしくお願いします……?」
全然よろしくはされたくないが。インケと呼ばれた男は軽薄そうに鼻で笑った。八の字眉だが気が弱そうではない、ねちっこそうな顔つきをした男だ。腰元に皮紐の束みたいなものを下げている。あれは鞭か。
マダムからの話はこれで終わりらしく、俺は部屋から追い出された。取り付く島もない。そのまま今度はインケに案内されて別の部屋に通される。
「まずはその服を着替えろ」
シンプルなワンピースっぽい服を渡される。これは素直に助かった。ようやくこの痴女装備からまともな格好になれる。
だが、インケは着替え終わるまで部屋の外で待つなどという配慮は持ち合わせていないようだ。壁際にもたれかかり、堂々とこちらの着替えを観察してくる。八の字眉が妙にムカつく。まあ、別に見られたところで恥ずかしくはないが。
衝撃だったのは、部屋に備え付けられていた鏡だ。俺はこのとき、初めて自分の顔を確認することができた。めちゃくちゃ美少女である。今まで働いてきた数々の女子力放棄行為について謝罪したくなるくらいの可愛さだった。こんな美少女があのアルターさんとセットで痴女装備の上、町中を闊歩しようとしていたのだから、そりゃ周囲の視線を集めるわけだ。
「早くしろ」
自分自身に見惚れていると、インケから催促の声がかかった。仕方なく着替えを手早く済ませる。着方が難しい服でなくてよかった。
「では、これより娼婦としての教育を始める」
「いや、インケさん、そう言われましても……」
「インケさんだと……?」
突如としてインケの表情が一変した。八の字眉がさらにその角度を極め、眉間に深いシワが寄る。そして腰の鞭を引き放つと、その勢いをそのままに鞭先を俺に叩きつけてきた。
「いたっ」
とっさにガードするが、痛みよりもいきなり暴力を振るわれたことに対する驚きにより、体がよろけてしまう。
「さん付けしてんじゃねえぞ! 俺を呼ぶ時はインケ様だ!」
インケはそう怒鳴って俺の顎に手をかけ、クイッと上に持ち上げる。イケメンがするならまだ絵になる仕草かもしれないが、こんな八の字眉のおっさんにされても……
「どうも自分の立場がまだわかってねえみたいだなぁ? てめぇみたいな木端娼婦がよぉ……顔立ちが上等だからっていい気になってんのか? あぁ? あいにくと、俺はそんなくだらない情に流されたりはしねぇ。やるからには徹底的に! てめぇのその腐った根性をぶち壊して! 男に従順な一人前の娼婦に教育してやるからよぉ……ヒヒッ、ヒヒヒャヒャ! せいぜい覚悟しておくんだなぁ?」




