22話―不審者協奏曲
「アンナ……この人は誰なの……?」
「おねえちゃんだよ! アンナにとってもよくしてくれたの!」
アンナママから警戒心マックスの視線を向けられる。まずいところを見られた。何とか弁解しないと。
「いやですねこれは! あの……俺が! アンナちゃんを助けたんです! それでえっと、なんというか……お礼をね……デゥフッ……あのうまそうな肉を……ジュルリ! 俺は断ったんです! 悪いとは思ったんですけど、理性がどうしても言うことを……! 信じてください! 決して怪しいものでは」
「それ以上近づかないで! 兵士を呼びますよ!」
言動が完全に怪しい者になってしまった。豚箱送りにされそう。
「なんですかその破廉恥な服は……白昼の大通りでそんな身なりをして、真っ当な人間のすることとは思えません」
すごい! 何一つ言い訳できない!
「お母さん! おねえちゃんは良い人だよ? アンナが町に入れなくて、いじわるされて困ってたら、こっちにおいでって言ってくれて……」
「いきましょうアンナ。こんなところにいてはダメ」
「やだ! おねえちゃんにまだお礼してない!」
「アンナッ!」
ピシィッ!
アンナママが平手打ちを放つ。アンナちゃんは号泣してしまった。
「うわあああああん!」
「あの、なにもそこまでしなくても……」
「あなたは黙ってて!」
泣きじゃくるアンナちゃんを、アンナママは強く抱きしめた。アンナちゃんだけが泣いているのではない。アンナママも、ボロボロと涙を流して泣いている。
「お母さんがどれだけ心配したかわかってるの……? 本当に無事でよかった……」
「うわあああん……ごめんなさいぃ……!」
「お母さんもごめんね。アンナを一人にさせて、辛い思いをさせてしまったわ……さあ、帰りましょう。お父さんも待ってるわ」
「うん……」
そして、親子は手をつなぎ、静かに帰っていった。アンナちゃんがこちらに振り向き、泣き顔を見せる。でも、最後はバイバイと手を振ってくれた。俺も手を振り返す。
ギュオォォ……
ドラゴンドラムも悲しげな音色を響かせた。
まあいい。もともと見返りを求めてアンナちゃんを助けたわけではない。褒められたくてしたわけでもない。無事に両親と再会することができたのだ。喜ばしいことである。
ああ、でも腹減ったなあ……
パチパチパチパチ!
「立派や!」
俺が露出して丸見えの腹をさすっていると、後ろから急に声をかけられた。今度は何だ。もう面倒事は勘弁してほしい。腹が減ってしかたがないのだ。
やる気なく首だけ後ろを振り向いてみる。そこには商人風の男が立っていた。行列で出会ったあのおじさんではない。白っぽい服を着て頭にターバンみたいなものを巻いている中年男性だった。なぜか拍手している。
あ、でもなんか見覚えがある。そういえばこの人、本格派チンピラのすぐ後ろに並んでいた人だ。
「事情は全部聞かせてもらいましたで。あない小さな女の子を助ける。口で言うのは簡単やけども、なかなかそれを実行できる人間はおらへん。特に自分が苦しいときはなおさらや。他人に優しくしてやる余裕なんかない。でも、あんたはそれをやった。立派や、立派やで!」
そう言ってターバン男は満面の笑みで俺に拍手を送る。
正直言って、スーパーうさん臭い。もうその口調がうさん臭い。一つそういう先入観がわくと、ターバン男の何から何までうさん臭く見えてくる。ターバンもうさん臭い。
「ありがとうございます、じゃ、俺はこれで……」
「ままままま! ちょっとまってーな! そない急がんでもな! 連れの人が来るの待ってんねやろ? ちょっと話くらいさせてーな」
この男、俺たちのことをよく観察している。うさん臭さを通り越して、もうはっきり怪しく感じる。
「しかし、あんさんも不憫なお人やで。せっかく人に親切してやったちゅーのに、なーんのお礼の一つもない。かぁーっ! 世の中、自分のことしか考えてない人間だらけやわ。本当に必要なんは、あんさんみたいな人間やっちゅーことに気づいてない!」
「そうですか」
「ワシもほんまはあの女の子を助けたかってん。でも体が動かんかった。心の中では思っててもな、いざというときそれができるかどうか、それが人間の試され時や。まあ、ワシはその程度の人間やったちゅーことやな。そういう意味では、あんさんには感謝してんのや。ワシの代わりにあの女の子を助けてくれたんやからな」
「そうですね」
「そやから、納得できへんのや! あんさんは報われてしかるべき! なのにあの親ときたらもう……ワシは歯がゆくてしかたがない!」
「どうも」
「まーな、そういうわけで、ワシが代わりにあんさんの親切を報いてお礼をしてあげようってまーこういう話なんですわ。どや、近くの店で飯くらいおごりまっせ」
「えっ!? その話、詳しく!」
つまり、この男は俺に飯をおごってくれるという。話がなげーんだよ。
飲食店で一品頼める。串焼きと比べたとき、その価値は量的に優れると言っていいだろう。その魅力は抗いがたい。話を聞いただけでヨダレがあふれてくる。
だが、ターバン男の怪しさを抜きに考えてもこの提案をすぐに了承はできない。アルターさんがいるからだ。
「わかってるで。連れの嬢ちゃんを気にしてるんやろ? 心配せんでもえーって! どうせあの長い行列や、町に入るまでには時間がかかる。その間に飯でも食って待っとればえーねん」
「いや、アルターさんを放って自分だけ飯を食うわけには……」
「大丈夫や。ワシが連れの嬢ちゃんにもおごったる! 嬢ちゃんが来たらそのときに追加で注文すればええんや。なんも心配はいらん。いらへんでぇ」
ターバン男の猛攻に負けそうになる。だが、この男はアンナちゃんのときとは違う。アンナちゃんは純粋な好意から串焼きをおごってくれようとしていた。しかし、どう考えてもこの男からそんな誠意は感じられない。何かを企んでいるとしか思えなかった。
「悪いけど、その話には乗れないっ!」
断腸の思いで断る。血で涙を流せるなら俺の顔は真っ赤に濡れたことだろう。気合を込めて迷いを断ち切る。
「そうでっか……」
すると、ターバン男は肩を落として苦笑いを浮かべた。
「まあ、客観的に見て、ワシってただの怪しいおっさんやし。そんなおっさんからこないな話されても警戒するだけやわな。堪忍な。ただ、あんさんみたいな優しい人間を久しぶりに見たもんやから、ちょっとおせっかいを焼きたくなったんや」
そう言って、ターバン男は俺に背中を向け、立ち去っていく。
「無理に誘うのも悪いし、ワシはもう行くわ。なんもしてやれんですまん。でも、これからもあんさんの、その優しさだけは忘れんでほしい。誰かのために何かをできる人間であってほしい。それはあんさんの持つ宝やで。……ほなな」
ターバンの関西弁はかなり間違ってると思います。




