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21話―ようやく町へ

 

 それからはこれと言ったトラブルもなく、無事に検問所までたどり着くことができた。問題はそこからだ。

 

 「あぁん!? なんだそのドブネズミ以下のクソ破廉恥なファッションはぁ!? 公然わいせつ罪でしょっぴかれたいか、あぁん!?」

 

 検問所の兵士が最悪だった。

 

 「お前のことは報告にあがっている。森周辺を巡回中の兵士と衝突し、その公務を妨害したらしいな」

 

 「違いますけど。あれは向こうが勝手に……」

 

 「嘘をつくなぁ! 我ら高潔な領主軍直属の選ばれし兵士がぁ! 貴様のような売女の誘惑に屈するでも思っているのかぁ!? どうせその下品な体を使って色仕掛けでもしてきたのだろう!」

 

 その言い方だと、高潔な領主軍直属の選ばれし兵士が売女の誘惑に屈したように聞こえるんですけど。

 

 「まあいい。我らの仕事は税を搾り取……町の治安を守ることだ。危険物を持ち込んでいないか調べる必要がある。所持品を全て出せ」

 

 本音だだ漏れですけど。

 

 「なんだこの樽は……怪しい! 中を見せろ!」

 

 「中は空っぽですけど」

 

 「……なぁにも入っておらんではないかぁ!」

 

 「だからそう言いましたけど」

 

 しかし、そこで兵士は何かに気づいたように、樽の中に頭を突っ込む。

 

 「すん、すんすんすん……ぬっ、この臭いは……」

 

 「ただの水ですけど」

 

 「この底の方に残っている液体はなんだ!? 正直に言え!」

 

 「ただの水ですけど」

 

 「これはもしや……ぺろっ……やはりこれはもしや!」

 

 「ただの水ですけど」

 

 「この樽は証拠品として押収する!」

 

 「いいですけど」

 

 なぜか執拗にただの樽を怪しがる兵士に辟易とする。別にもう用途もないので処分してしまって構わなかった。

 

 だが、他の所持品も全て供出させられたのは痛かった。アルターさんから預かっていたお金や宝石が全て取り上げられてしまった。

 

 「ふん、お前が兵士に働いた狼藉を、この程度の金で許してやろうと言うのだからありがたく思うがいい」

 

 マジで腹が立ったが、文句を言ったところで余計に話がこじれるだけだ。アルターさんに申し訳ない。資金管理を任せるのが不安とか言っておいて、自分の方が無一文にされていては世話はない。

 

 俺も必死に資産を隠そうとしたのだが、いかんせんこの踊り子衣装にそんな都合のいい隠し場所なんて備わっていない。おっぱいも隠しきれないほどの布面積しかないのだ。あの頭の悪そうな兵士も、相手の隠し財産を見つけ出すスキルだけは異常に高く、装飾品も含めて金目のものは全部取られた。

 

 行列に並ばされた長時間よりも、検問所での一時の方が疲れた。ようやく解放されて町への入場を許可されたが、気分は全然晴れない。「うおーファンタジーの町並みすげー!」とか感想を述べたかったが、そんな気力さえわかない。

 

 「おねえちゃん!」

 

 げんなりとぼとぼ歩いていると、女の子が俺の方に駆け寄ってきた。さっき行列で一悶着あったときのあの少女である。

 

 「アンナちゃん!」

 

 この少女、アンナとは並んでいる間に話をして仲良くなった。彼女はこの町の住人だ。用事で両親と町の外に出かけていたのだが、ひょんな事情からはぐれてしまったらしい。だから一人であんなところにいたわけだ。

 

 「もしかして、待っててくれたの?」

 

 「うん! だってまだお礼もしてないし」

 

 思わず目頭が熱くなる。最悪兵士との最悪なやり取りですさんだ心が洗われるようだ。しかし、あまり彼女に時間を取らせるわけにはいかない。はぐれた両親も心配しているだろうし、すぐに家に帰るべきだ。

 

 本当は俺も一緒に親御さんを探してあげたいのだが、アルターさんを放ってはおけない。あの最悪兵士とアルターさんが出会ったとき、どんな化学反応が起こるかわかったものではない。すぐにフォローに回れるように、検問所の周辺から離れるわけにはいかなかった。

 

 「お礼なんていいよ。早くお母さんとお父さんのところに帰らないとね」

 

 「親切にしてもらったら、お礼しなきゃだめなの!」

 

 うーん、困った。別にアンナちゃんに頼んでまでしてほしいことはない。適当に肩たたきでもお願いするか。

 

 「……ん? このにおい……」

 

 そう思ったとき、俺の鼻孔をくすぐる芳醇な香りが一陣の風とともに駆け抜けた。勢いよくそちらの方向を見る。まさにそのとき、視線の先の曲がり角から一台の移動式屋台がガラガラと鳴り物入りで出現した。

 

 「安いよ安いよー! ミルガトーレの町名物! ベルベルヌーンの串焼きだよー! 安いよー! 味はともかく、とにかく安いよー!」

 

 これはまさに異世界料理の定番! KUSIYAKI!

 

 じゅうじゅうと焼ける肉の匂い。厚くぶつ切りにされた肉の塊が贅沢に串に刺さり連なっている。そして、そのほどよく焼き色のついた肉の上をしたたるソース。ツヤツヤと脂が照り輝く肉と、うまみをたっぷり凝縮した甘辛のタレが奏でるハーモニー。ベルベルヌーンが何だか知らないが、そんなことはどうでもよく思えるくらいにうまそうだった。

 

 ドゥン! ドゥン! ドゥッ! ドゥン!

 

 「まずい! 俺の中の邪竜が目覚めようとしている!?」

 

 鎮まれ! 封印されしドラゴンの鼓動よ! こんな町中でお前を解放してしまえば、周囲に甚大な被害(騒音)をもたらしてしまう!

 

 ワレヲ……カイホウセヨ……

 

 くっ、だめだっ! 抑えきれない……!?

 

 「おねえちゃんどうしたの? あの串焼き食べたいの?」

 

 「な、なぜそれを!?」

 

 「だって、ずっとあのお店見てるもん」

 

 まさかアンナちゃんに悟られてしまうとは。この子、エスパーか。魔法がある世界だからアンナちゃんがエスパーだったとしても不思議はない。

 

 「待っててね、アンナが買ってきてあげる!」

 

 そう言って、アンナちゃんは懐から小さなきんちゃく袋を取りだした。そのしぼんだ頼りない袋を手のひらの上でひっくり返すと、中から硬貨らしきもの2枚が出てきた。緑青が吹いて表面の模様すら半明とせず、俺がアルターさんから預かった金貨に比べればゴミ同然の色をしている。

 

 「……うん、何とか足りそう!」

 

 そう言ってアンナちゃんが屋台に向かって駆けだす。

 

 「待ちたまえよ!」

 

 いけない。さすがにアンナちゃんを行かせるわけにはいかなかった。きっとそれはアンナちゃんのなけなしのお小遣いだ。まさかそれを使っておごらせるなんて非道の所業を許してはならない。俺は必死にアンナちゃんの肩をつかんで止める。

 

 「アンナちゃん、ふーっ、ふーっ、それはだめだ。いけないことだよ」

 

 「どうして? 何がいけないの?」

 

 「キミみたいなちっちゃい子にね、ふーっ、そんなことをさせるなんて、年長者として、ああいけないことだよ」

 

 「でも欲しいんだよね?」

 

 「うっ、ぐっ!? 確かにそれは……でもしかし……! うおおお! 耐えろ、俺の理性! ここで過ちを犯すわけには……!」

 

 「食べたい?」

 

 「……たべたい……たべたいよおおぉ……あんなちゅあぁぁん……」

 

 「気にしなくていいよ? おねえちゃんになら……アンナにできることなら何でもしてあげる!」

 

 「あんなちゃあああん、そんなこといってぇぇ、グフェッ! グフェフェフェ! ほんとにいいのおおぉ? たべっ、たべちゃうよぉぉおおおほおおおお! グフェフェフェ!」

 

 

 

 

 「アンナ……? アンナ!?」

 

 俺の理性がアンナちゃんの天使のささやきによって昇天されかかっていたそのとき、唐突に大きな声で呼びかけられた。一人の女性がこちらに走ってきて、アンナちゃんを抱き締める。

 

 「お母さん!」

 

 「アンナ! よかった、心配したのよ……!」

 

 なんとその人物はアンナちゃんの母親だった。

 


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