20話
俺は行列に並ぶのが嫌いだ。理由は俺が小学生の頃の、ある体験にある。
それは運動会の日のことだった。俺が通う小学校は、運動会があると校門前にアイスクリーム屋の出店が来ていた。炎天下の屋外に大勢の人間が集まっているので、アイスクリーム屋は大繁盛だ。
特に昼休みの時間帯には大行列ができた。俺は親からもらった小遣いを握りしめて、その列に並んだ。汗だくになりながら長時間待ちに待ち、ようやく俺が買える番がやってきた。
だが、その並び方が悪かった。混雑していたせいもあり、列に歪みができていたのだ。出店の手前で列が団子状になってしまい、俺の前に並んでいた人の横に正規の列ができてしまっていた。
アイスを買うことしか頭になかった俺は何が起こったのかわからない。俺の横に並んでいた人が当然のようにアイスを買って行く。店主に事情を訴えたが、横入りせずにちゃんと並んでくださいと言われるだけだった。
俺の後ろにも人は並んでいたのだから誰か見ている人がいるはずだと思った。助けを求めるように周囲を見渡す。しかし、返ってくるのは冷ややかな視線だけ。誰も俺の味方はしてくれなかった。
まあ、列のズレに気づかなかった俺がどんくさかったのも悪い。うだるような暑さの中で、他の人も余裕がなかったのだろう。
だが俺はそのとき、こんな冷たい大人にはなるまいと心に誓った。行列からはみ出した子がいたら見て見ぬふりをせず、そっと列に入るよう促してやる。そういう大人になりたいと、かなり状況的にピンポイントな誓いを立てたのだ。
悔しくて泣きそうになりながらアイス屋の前から立ち去ったときの俺と、目の前の女の子の姿が重なる。今こそ、あのときの誓いを果たすときだ。ここで奮起せずして何が男か。体は女だけど。
「よし、わかった! ここに入りなさい!」
「いいの……?」
俺は女の子を自分の前に入れてやる。涙を拭いて、やっと笑顔になった女の子の表情を見て、これでよかったのだと改めて思う。良いことをすると気持ちがいい。
「おい、ちょっと待ちな」
だが、そこで思いもよらぬ待ったがかかる。声をかけてきたのは後ろに並んでいる本格派チンピラだった。
「横入りはルール違反だ。ちゃんと列の後ろに並ぶんだな」
あまりにも冷酷無慈悲な対応を迫る本格派。そのコワモテ顔を見て、また泣きそうになっている女の子をかばうように後ろに隠す。
「そんな! この子の話を聞いたでしょう? 不当に列から追い出されたんですよ。ここより前の列に並んでいたんですから、ここに入れたって……」
「知らねえな。そもそも、そのガキの話が真実である保障がどこにある? デタラメを言って同情を誘い、列に割り込もうとしている可能性だってあるわけだ」
そのあまりにもひねくれた物の考え方にカチンとくる。さっきは口臭チンピラを追い払ってくれて、良い人だと思ったのに。
「お前たちはさっき、あの男を力づくで列から放り出した。なのに、相手が子どもとなると途端に甘い考えで守ろうとする。偽善だな」
俺の行動がただの偽善だとするなら、この本格派の主張はただの屁理屈だ。俺はアルターさんにアイコンタクトを飛ばす。スケさんやっておしまいなさい。
「ぬうっ!?」
アルターさんが闘気を放った。その気を感じ取った本格派は初めて焦ったような声をあげ、腰に下げた剣の柄に手をかけている。しかし、剣を抜くことはなかった。表情から焦りは消えていないが、本格派はあくまで自分の主張を貫く。
「ここでそのガキを甘やかすのが、本当にそいつのためになると思うか? また同じ状況に陥ったとき、そいつは自分を助けてくれる誰かを探すだろうな。自力で解決する努力もせずによ」
……一理、ある。確かに本格派の言うことも理解できた。甘やかすだけが優しさではない。もしかしてこの男は、自分を悪者にしてまで世間の厳しさをこの女の子に教えようとしていたのか。
どうすればいいんだ。俺はこの子を助けてはいけないのか。それが正しいというのか……
そのとき、アルターさんが動いた。本格派と敵対するためではない。そこに敵意はない。するりと、自然に列から抜け出した。
「「なにっ!?」」
俺と本格派はその行動に驚く。アルターさんは自分から列を抜けたのだ。
「その幼女が列に割り込んだことが不満というのならば、他の誰かが代わりに抜ければいい。違いますか?」
「アルターさん……!」
その役は俺が引き受けるべきだった。またアルターさんに助けられる。
「ごめん……ありがとう!」
アルターさんはこちらを振り向かず、悠然と最後尾に向かって歩いて行く。その姿には、何の躊躇も後悔も感じられない。
そうだ。他人の言うことに惑わされる必要なんてない。自分が信じた道を貫き通す。時には間違うことだってあるだろう。しかし、大切なことは迷わないことだ。迷って足を止めていては何も始まらない。行動を起こさなければ変わらない。
「一つ、私からも言わせていただけないでしょうか」
ふと、商人のおじさんが口を挟んできた。
「確かにこの少女にとって、ここで受けた優しさはためにならないかもしれません。誰かに頼ることしかできない、甘えた人間になってしまうかもしれない」
「おじさんまでそんなことを……」
「しかし、こうも考えられます。もし、この少女が大人になったとき、同じように困っている人を見つけたとき、きっと彼女は助けようとするでしょう。そして、助けられた人はまた別の人を助ける。そうやって、優しさは受け継がれていくものではないでしょうか」
「おじさん……!」
その通りだ。本格派の主張は、世の中に悪意ある人間しかいないことを前提としている。そんなことはない。俺がここで女の子を助けたように、同じ優しさを持った人間はいるはずだ。そういう人が増えていく社会となれば、それが一番いいに決まっている。
「甘めぇな」
本格派は腕を組み、クールにたたずむ。
「まだ何か言いたいことがあるんですか?」
「いや、一人が入り、一人が抜ける。筋は通っている。ならば、これ以上俺から言うことは何もない」
そう言って本格派は、フッと一瞬だけニヒルな笑みを見せた。その表情からは、さっきまでの否定的な気配は感じ取れなかった。
そして俺は思った。
こんな行列に並ぶだけのことで、ここまで壮大な人間ドラマを繰り広げる必要は無い。




