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2話―竜のいざない

 

 ちょっと待って、どういうことなの…

 

 ひとまず、身体に怪我はなかった。怪我どころか、なぜか女と化している。だって、おっぱいついてるんだもん。髪も腰に届くほど長く伸びていた。ドレスを着ているようだが、破れたり汚れたりでボロボロだった。刺殺されかけた無念さが頭から吹っ飛ぶくらいビックリだ。

 

 もっとじっくり確認したいところだが、そうもいかない。なぜなら俺を見下ろすようにして鎮座する怪物がすぐそこにいるからだ。

 

 見た感じ、一言で表すならドラゴン。社長の嫁を金色に染めたパチモンっぽい感じ。いや小馬鹿にするのはよそう。普通にビルくらいある全長、その全てがまばゆい黄金色に光り輝くその姿は現実離れとしか言いようがなかった。これがただの芸術作品、オブジェだったなら感心するだけですんだのだろうが、なんとこいつ動いている。

 

 『長かった……何度失敗したことか……だが、我は勝利した! 忌まわしき駄竜めを倒したのだ! やはり我こそが最強の古竜……』

 

 しかもしゃべってるぅ!

 

 言葉を話すドラゴン、ファンタジーだ。そう、ファンタジー。『小説家になろう』を毎日徘徊してきた俺にはわかった。これはまさに異世界転生モノ! いや、成長した体が最初からあるからトリップ系? いやいや、憑依系か。

 

 つまり、ここは俺がさっきまでいた世界とは異なる世界であり、俺は魔法の力で世界を越えて召喚された、そういうことだな!

 

 「あの、もしかしてあなたが俺をこの世界に呼び寄せたのでしょうか?」

 

 召喚モノと言えば、真っ先に登場するのが召喚した側の術者だ。その国の姫とか王様とか宮廷魔法使いとかである。さしあたって、このドラゴンが俺の召喚主なのではなかろうか。

 

 そう考えるとぶっちゃけ、悪感情というものはない。むしろ、このドラゴンに死にかけのところを救ってもらったのかもしれない。あの空き巣の男にやられた傷は確実に致命傷だった。あのままあの世界にいても死を待つだけだっただろう。そして、なんといってもフィクションだと思っていたファンタジーな異世界に招待されたのだ。心躍るじゃない。

 

 『ほう、矮小なる人間にしては魔導を解しているではないか。自らの置かれた状況を理解するとは。いかにも、我は光輝のファーヴニル。貴様を呼びつけたのはこの我だ。まあ、こんなことを言ったところで貴様にはわからないだろうがな』

 

 「は、はぁ。ファーヴニルさん、と言うんですね」

 

 なんかすごい傲慢そうな性格してるな。機嫌を損ねたらヤバそうだし、ファーヴニル様と言った方がよかっただろうか。

 

 『そうだとも、この世の叡智の頂点にして最強の竜、それが我ファーヴニル……ん? 貴様、なぜその名を……まさか我の言葉がわかるわけではあるまいな』

 

 「あっ、はい。わかります」

 

 『………………なんだと!?』

 

 若干、うろたえた様子を見せたドラゴンさん。一歩後ずさる。すごいぞ、それだけで地面が揺れてこけそうになったんですけど。召喚モノなら異世界語の自動翻訳能力はデフォで備わってると思ったんだが、違うの? まあ、相手はドラゴンだからドラゴン語かもしれないけど。

 

 『なぜだ、“正しき論理”を理解している……? 竜のなごりのようなものか? だとすれば……』

 

 なんだかブツブツと一人言を呟きだしたぞ。なんか魔法の専門用語みたいなことを言われてもさっぱりわかりません。

 

 どうも、召喚モノの王道と言える「魔王倒してきて」とは違う展開のようだ。どちらかというとこのドラゴンさんの方が魔王である。魔王サイドにつく勇者とかそれはそれでよくある展開だけれども。

 

 そもそも勇者のまねごとなんて御免こうむりたい。戦闘とかマジムリ。チートとかあっても無理だって。虫殺すのも躊躇するような現代日本人の都会っ子なんです。

 いずれにしてもなぜ召喚されたのか、その経緯を教えてほしいところ。

 

 「あの、どうして俺はここに召喚されたのでしょうか?」

 

 『……ふん、貴様に教えてやる義理はないが、よかろう。我が偉業をとくと聴くがよい』

 

 そうして偉そうにドラゴンさんの説明が始まった。

 

 * * *

 

 この地には、ヨルムンガンドという古い竜がいた。

 しかし“この地”という言いかたは少し間違っているかもしれない。なぜなら、この竜は海の底に沈みこみ、大陸一つをやすやすと囲いこんでしまうほどの大きさであった。その昔、この世全ての大地を食らい尽くして世界を滅ぼそうとした邪竜らしい。スケールでかすぎ。

 

 ファーヴニルはヨルムンガンドと敵対していたが、そのあまりのデカさに正面から戦いを挑むことを諦めたという。

 

 『宿敵であるヨルムンガンドを倒すため、我は知恵を巡らせた。そして、とうとう奴の力を封じる魔法を開発したのだ。それこそが“人化同一の呪法”!』

 

 人化同一の呪法。それはいかなる異形の怪物も“人の形”に押し固める呪い。これによって、ファーヴニルはヨルムンガンドを人間の姿に変えることで無力化しようとした。ヨルムンガンドの強さとはその圧倒的な大きさと質量にある。ただの人間になってしまえばファーヴニルの敵ではない。

 

 「それができたら確かに勝てると思いますが……可能なんですか?」

 

 『貴様の疑問はもっともだ。だが、忘れてもらっては困るな。我が最強にして最高の叡智を持つ竜であるということを! 極めて困難な条件はあるが、この呪いの発動は不可能ではない』

 

 その条件は三つある。

 ひとつは呪いをかける相手の同意が必要であること。つまり、「今から呪いかけますよ~」ということをヨルムンガンドに了解を得て協力してもらわなければならない。

 

 「最初の条件から無理くさくないですか?」

 

 『いや、これが最も楽に満たすことができた条件だったぞ? 食うことにしか興味がない奴に我は言ってやったのだ。「この世で最も美食を追求する種族は何だと思う? お前はそいつらのようになってみたくはないか?」とな』

 

 この誘いにヨルムンガンドは二つ返事でうなずいたという。ヨルムンばかすぎ。しかし、ファーヴニルいわく、この頭の悪さがあればこそ世界は平和でいられたのだという。

 

 次の条件は、素体となるヒトガタの準備だ。呪いの依り代として生の人間が必要なのだ。それもそこらへんにいる普通の人間では務まらない。ヨルムンガンドという強大な存在を押し込める肉体であるためには、強い魔力を持つと同時に他者の魔力を受け入れる大きな許容力を兼ね備える者でなければ呪いは失敗に終わってしまう。

 

 『何百年と時間はかかったが、条件に合う人間を見つけることができた。そして、次が最後の条件だ。なんだと思う?』

 

 ……なんか雲行きが怪しくなってきた気がする。

 人間を見つけたって、それ本人に了承を得たのだろうか。そんなわけないだろう。誰が好き好んで呪いの儀式の素材にされたいと思うか。たぶん、無理やり拉致とかしてんじゃないの。

 

 確かにこの人ドラゴンだし、人間なんて格下の生物としか思ってない様子があるし、人間一人連れ去るくらい何とも思っていないのかもしれない。同じ人間としてはなんとも言えない気持ちであるが、それを指摘することはできない。

 

 単純に怖い。今まで何となくフレンドリーにこのドラゴンと接してきてしまったが、それは現実逃避の部分もあったのだろう。実際、俺とこのドラゴンの立場は対等であるわけがない。ファーヴニルの生々しい言葉がその事実を否応なく認識させた。

 

 なんだかまずいことになっている気がする。そして、それは気でもなんでもなくやはり事実だった。

 

 『最後の条件はな、異世界人の魂をこの地に召喚し、呪う相手と依り代との結合に使うことだ』

 

 いくら最高の適性を持った依り代でも、普通に考えてヨルムンガンドという条理から外れた存在を縛りつける役となるには荷が重すぎる。全く釣り合いが取れないのだ。それを強引に成立させるためには、同じく条理から外れた方法が必要となる。“この世の外にある魂”が込められた肉体なら、ヨルムンガンドも抜け出せない壁となる。

 

 言うなれば、その依り代の中に小さな異世界を作ることでヨルムンガンドを閉じ込めるのだ。そして一度呪いが成立してしまえば二度と元の姿に戻ることはできない。“魂”と“肉体”に同化させられ、存在そのものが変質する。

 

 だが、そんな理屈がまかり通るなら苦労はない。異世界から魂を取り寄せるなんて、その前提からして既に条理を逸している。

 

 ゆえにその竜もまた条理から外れた存在なのだ。天倫光輝のファーヴニル。その叡智はあらゆる魔法の真髄に通じる。世界を越える魔法の行使すら可能なほどに。

 

 ここまで聞けば、自分の境遇に関しておおよその予想はついた。最初はヨルムンガンドなどという筋違いの話をされて、まさか召喚勇者よろしく邪竜討伐でも頼まれるのかと思ったが、それどころか自分が邪竜にされてしまったというオチである。

 

 これで俺の体が少女になっていることにも説明がつく。この少女こそが呪いの依り代として使われた素体なのだろう。

 

 『さて、これが事の顛末だ。長々と話しこんでしまったが、いつまでも勝利の余韻に浸っているわけにもいくまい。最後の仕上げだ。依り代もろとも葬ってやろう』

 

 ああ、これ、後始末で消される感じッスか? 今までの流れ、「冥土の土産に教えてやろう」的なアレ? 物語なら完全な死亡フラグだが、現実は非情である。

 

 生物としてあまりに違う格というものが、俺の体の自由を奪っていた。逃げるという単純な本能さえ働かなくなるほどの威圧。気づいたときには目の前に大きく開かれた竜の口が迫っていた。

 

 召喚されて10分も経たずにこのざまか。

 まあでも、包丁でめった刺しにされるよりかは楽に死ねそうだ。

 


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