15話
アルターさんにおんぶにだっこの形となっているが、旅の進行は順調である。敵と遭遇することもなく夜になった。いかに移動が捗ろうとも一日で抜け出せるほど狭い森ではないようだ。それでも明日には脱出できる予定だそうだ。
この森には夜行性の虫型モンスターが多いらしく、アルターさんの闘気があっても魔物との接触は避けられない恐れがある。また、夜の視界の悪さもあって移動速度が落ちるので、おとなしく野営することになった。というか、俺が休めるように配慮してくれたっぽい。
「見張りはどうします?」
「私が行います。ゴーダさんはお休みください」
「いやいや! そんな悪いですって!」
「構いません。私に睡眠は必要ないので」
どうやら睡眠が必要ない系の人だったらしい。これから向かう予定の町の住人も、食べたり寝たりしなくていい系の人たちなのだろうか。
野営場所としては、そこらへんの適当な草むらが選ばれた。俺はいつものように木の陰に隠れて身を丸くする。なんとなくいつもの癖で体育座りしてしまう。
すると、その俺の隣にアルターさんが座ってきた。同じく体育座りである。多分、正面から見たら絶対パンチラしてる。衣装的に。
「……」
「……」
実は日中、アルターさんとほとんど会話をしていない。歩きに集中していたのもあるし、アルターさんの寡黙な雰囲気にのまれて話しかけづらかったのもある。歩く速度を重視して、とにかく先に進むことを優先していたからな。
そして、今現在も会話がない。まず、俺に女子と流暢に話ができるスキルが備わっていない。実際、こうやってすぐ隣に美少女が座っているというだけでちょっと緊張している。何を話したらいいのかわからない。アルターさんが男友達だったなら……と、あまりにももったなさすぎる願望まで芽生え始める始末だった。
「あの、アルターさんの家族ってどんな人なんですか?」
「母上ですか?」
間が持たなくて、つい聞いてしまった。こういう身の上話みたいな話題は避けようと思っていたのだが、他に話すことがなくて口から飛び出していた。
だが、気になるのは事実だ。これから行方不明になった彼女の母親を捜索する上で、いつかは聞いておくべきことだと思う。
「……とても、優しい人です。私がこれまで生きていられたのは、母上のおかげと言えるでしょう」
アルターさんには幼いころの記憶がないらしい。物心がつくなんてレベルではなく、記憶そのものがすっかり喪失している。彼女にとって、さかのぼることができる記憶はほんの数年前にとどまるという。
自分が何者なのかもわからない。そんな状態の彼女を保護したのがユリバスこと、アルターさんの母上。養子として迎え入れてくれたそうだ。だからアルターさんは種族が人間なわけか。
サキュバスという名前だけで偏見の眼差しを向けていたけど、すごくいい人じゃないか。勝手にヘンタイとか思ってごめんなさい。
「母上から多くのことを学びました。私の持つ思想、価値観は母上から与えられたものと言っても過言ではありません」
ごめん、やっぱりあなたの母親はヘンタイだと思います。娘になんて教育をしでかしてくれたんだこんちくしょう。
「家族は、その母上さんの他にも……?」
「魔族の父上がいます」
パパさんもいるらしい。ちなみにパパさんの性別は女性らしい。母親がユリバスだからね。もうその程度のことじゃ驚かないよ。
なんだか魔族とかいうデンジャラスな香りのする種族名だが、それを言ったらサキュバスもそうだし。なんだかんだで、いい人なんだろう。
「父上はよくわからない人でした。いつも部屋に閉じこもっており、顔を会わせる機会も少なかったです。あまり話をしたことがありません」
ひきこもりかよ。いや、魔族というくらいだし、魔法の研究とかに没頭していたのかもしれない。学者タイプの人なんだろう。
「父上は日がな一日自室にこもっては、両手に持った着せ替え人形をくんずほぐれつさせる遊びに没頭していました」
ヘンタイじゃねえか! もう駄目だこの一家。
「私は父上から、なぜか避けられていたように思います。だから積極的に会話をすることもなかったのですが……今は少し後悔しています」
そんな父親でも、アルターさんにとっては大切な家族なのだろう。その人は転移事故に巻き込まれてしまったわけではなく、1年ほど前に行き先も告げず家を出て行ったそうだ。できればこちらも探し出してもう一度会いたいと思っているようだ。
「ゴーダさんのご家族は、どのような方なのですか?」
「俺の?」
こちらから先にアルターさんの家族のことを尋ねたので、尋ね返されたとあれば答えるべきだ。
「でも、俺の家族って言ってもごく普通の一般家庭としか言いようがないんですが」
アルターさん一家に比べれば、個性という面で太刀打ちできるはずもない。俺が異世界に召喚されたこと以外、特筆すべきことなんて何もない家族だ。
「ごく普通とは?」
しかし、アルターさんにとってはその普通という基準がわからない。記憶を失った彼女にとって、この森で一緒に暮らした義理の父母だけが唯一知る「家族」なのだ。
だから、俺にとっての普通をそのまま端折らずに伝えることにする。父親は普通の会社員で、母親は普通にパートに行き、弟は普通の中学生で、あと普通に飼ってる猫の話とか。何かわからないことがあればアルターさんが質問し、俺がそれに答えていく。
もう辺りは、だいぶ暗くなっていた。虫たちのざわめきが夜の森に響き渡る。
「……―ダさん?」
「ん……?」
アルターさんの声が遠くなった気がした。違う。俺の意識がまどろみかけているのだ。昨晩は少しだけ眠ったが、朝方に少しうたた寝をした程度であり、疲れは全然取れていない。眠気に襲われるのは当然と言えた。
気づかないうちに頭が舟をこぎ、隣にいるアルターさんの肩にもたれかかってしまう。一度気が緩むと眠気がドッと強まり、もう話をするどころではなかった。
「おとと……すみません」
慌てて姿勢を正そうとする俺をアルターさんは優しく制した。特に力を入れて引っ張られた様子もないのに、あれよあれよと俺の体勢は崩され、そのまま横倒しにされる。しかも、俺の頭の下にはアルターさんの脚が敷かれていた。つまり、膝枕だ。
「あ、あの」
「どうぞ。そのまま休んでください」
緊張でドキドキしたのは最初だけだった。むしろ、みるみるうちに緊張はほぐされ、温かな気持ちで満たされていく。
安心したのだ。昨日まで、夜になれば虫たちの徘徊音に怯え、眠る余裕さえなかった。一人でいることが心細かった。ドラゴンの力を手に入れたと言っても、その孤独感を消し去ってはくれない。いくら体が強かろうとも俺の心は人間であり、人間は弱い。
この世界に来て初めて、心の底から安堵した瞬間だった。自然と涙が出てくる。こちらに来てからというもの、すっかり涙腺が緩くなった。怖い思いをして泣いた。それと同じくらい温かい涙も流せるのだと今気づく。
アルターさんのおかげだ。どうして彼女はこんなに俺を気遣ってくれるのだろうか。素性もよくわからない、大したお礼も返せない俺を見捨てないのか。そう考えると、急に不安になってくる。
「そばにいて、ください」
弱弱しい声が出た。本当は言うつもりもない言葉。言っても気を遣わせるだけの言葉。でも、どうしようもなく心の中で思ってしまった言葉だった。抑えが利かず、吐露するように声となって出てしまう。
「私が必要ですか?」
冷たい言葉が返ってくる。人間関係は要るとか要らないとかで語ることができる話ではない。そんな単純な答えで済ませたくはなかった。だがアルターさんにとって、俺はそういう区別で語れる存在と見られているのかもしれない。
「……必要です」
だから、答えてしまった。利害関係で物事を見定めるように、俺は彼女を必要とした。そして、言ってから後悔する。なぜもっと別の言葉で自分の気持ちを伝えられないのか。伝えようとしないのか。
「わかりました。あなたが必要とする限り、私はずっとそばにいます」
「あ……」
沈みかけていた心が再び浮上した。見捨てようとしていたわけではなかった。むしろ、彼女は俺のために尽くそうとしてくれている。自惚れでなければ、彼女もまた俺を必要としてくれているのではないか。だとすれば俺は……
「では、お胸のマッサージを始めます」
「ファウッ!?」
アルターさんの手が俺のおっぱいに伸び、むんずっとつかまれた。そして、いやらしくこねくり回される。焦がれるような甘酸っぱい想いは空の彼方まで吹っ飛んでお星様になって消えた。
「ちょ待てや!」
思いっきりアルターさんの手を振り払う。彼女は珍しく驚いた表情を見せた。こっちがビックリ仰天だよ。
「今、すごくいい雰囲気だったよね!?」
「はい、そう思います」
「じゃあなんでセクハラを!?」
「いい雰囲気だったからです。『これはいける!』と思い、行為に及んだのですが」
何かおかしかったでしょうか?と、アルターさんが首をかしげる。おかしいのはお前の脳だ。
「こんなことでは先が思いやられる……俺がちゃんと常識を教えてあげますからね!」
「なるほど、人によって性癖は千差万別。ゴーダさん好みの女となれるように教育し直していただけるということですね。よろしくお願いします」
よし、まずはその努力の方向性を正常に戻す努力から始めようか。




