類は友を呼ぶ
「な、なんだこりゃ!?」
元中型宿屋、仮設医療局に到着すると、俺は驚愕した。
医療局を訪れたのは久しぶりだったため、内装の変化にも驚いた。
木造の家屋で、通常の宿屋通り、一階は食堂兼酒場と受付があり、二階からが部屋になっている。
三階建てで、階層ごとに大体十の部屋がある。
一階を総合受付、応急処置室とし、二階以上の部屋は入院室として使用している。
入院は大病以外にも、身動きが取れない人や、老人が入っている。
入院患者は十人程度で多くはないが、莉依ちゃんを含め5人で見るとなると、やや忙しいようだ。
問題は、そこではない。
俺が驚いた対象にある。
一階、応急処置室で広がる光景に俺は足を竦ませた。
「なんだ、これは……」
二度目の言葉は自然と口から出た。
なぜなら。
「あ、あの、ここ! ここが痛いんです!」
「あー、やっべ、また持病の腹痛が! 診察お願いします!」
「ああ、なんて可憐な莉依様……!」
「正に天使……この世界に、天使は存在したんだ」
「デュフ、ロ、ロリ、最高……デュフフ!」
なんてことだ。
ここはこの世の果てか。
部屋の奥には診察のために、簡単な敷居があるだけの一角がある。
そこに莉依ちゃんを囲むように、大の男達が気持ち悪い笑みを浮かべているのだ。
莉依ちゃんは困ったようにしながらも笑顔を崩さない。
間違いない、あれはあれだ。
このままでは莉依ちゃんが危ない!
そう思った時、一人の太った男が莉依ちゃんに手を伸ばした。
瞬間、俺は地を蹴った。
無意識の内だったため力の制限があまりできていなかった。
そのせいで地面が隆起してしまったが構わない。
莉依ちゃんを守らないと。
俺は瞬間的に、莉依ちゃんと男の間に立っていた。
「きゃっ!」
「ッッ!!! デュフゥ!!?」
暴風に周囲が巻き込まれる。
全員の衣服や髪が風に弄ばれていたが、やがてそれも終わりを告げる。
全員の視線が俺に集まる。
「え? 虎次さん?」
俺は背中越しの莉依ちゃんに声をかけた。
「もう大丈夫だ、辛い思いをさせたね」
「え? えと?」
莉依ちゃんは戸惑い気味だ。
当然だ。こんなか弱くて可愛くてこの世で最高のロ……もとい少女が、大柄の男達に囲まれていたのだ。
何をされるかわかったものではない。
莉依ちゃんは俺に次ぐ戦闘力を持っている。
だがそれがどうした。
彼女が幼き少女であることは変わりがない。
そう、俺が守らなければならないのだ。
ハミルが言っていたのはこういうことだったのだ。
莉依ちゃんが危ない。
そんな簡単なことに気づかなかったなんて。
俺は自分への苛立ちと共に、男達を睨んだ。
「おい、覚悟はできているんだろうな。莉依ちゃんに手を出そうとした罪は重い。
おまえら、全員この場で処刑だ。処刑だ!」
ちょっと泣きそうだった。
この二週間以上、大事な存在である莉依ちゃんを蔑ろにしていたのは俺だ。
そしてその間、彼女に何があったのか、想像すると胸が痛い。
真面目な子故に、理不尽な状況でも戦ったに違いない。
でももう大丈夫だ。
俺が守る!
だが、おかしい。
俺の怒りとは裏腹に、連中は戸惑っている。
いや、男衆以外の人間も戸惑っている。
なんだこの空気は。
まるで俺が部外者のように扱われている、だと!?
ということは……。
そうか。
こいつら全員グルだったんだな!
全員で莉依ちゃんを貶めて、なんて奴らだ。
この場にいる全員を国外追放してやる!
「あ、あの、王様、ぼ、僕達が何かしましたでしょうか」
ブチッと何かがキレる音がした。
「莉依ちゃんに何かしようとしただろうが!
莉依ちゃんに触っていいのは、俺だけなんだよ!」
俺は震える指先を男達に向けた。
怒りと悲しみと切なさでぷるぷる震えていた。
おお、なんと情けない。
しかし激情はせき止めることができず、流れるばかりだった。
「え、と。その」
「なんだ! 言いたいことがあるならはっきりと言え!」
不穏な空気の中、男達は顔を見合わせ、どうする? みたいな表情を浮かべている。
どうする? じゃないよ!
その困った人を見るような目を止めろ!
全身の血が沸騰していたが、俺は何とか自制していた。
ここで暴れてしまっては周囲を巻き込む。
それにこんな奴らでも一応は国民なのだ。
怪我をさせてしまってはならない。
王として、きちんと罪状を見極め、適した罰を与えなければならないのだ。
だが、怒りは止めどない。
どうしようもない。
と。
不意に服の袖に違和感を覚える。
見ると、莉依ちゃんが顔を紅潮させ、俯きながら俺の袖を引っ張っていた。
なんだ、この反応。
「あ、あの虎次さん。その人達は、その患者さんで。別にやましいことはなにもなくて」
莉依ちゃんの言葉に、一気に体温が下がった。
「……え? いや、え? だってそいつ! そいつが手を伸ばして」
「あれはその、服に髪の毛がついていたみたいで。
取ろうとしたんじゃなく、そこについているよ、って教えてくれて」
「…………そ、それは俺の勘違いだったとしても、そいつらは莉依ちゃんを囲んでたじゃないか!
あんなのおかしいよ!」
「そ、それは、その、わ、私も、なんて言っていいか」
やっぱり言えないようなことなのだ。
莉依ちゃんは恥じらいながら、もじもじとしている。
恥じらい? ん? なんかおかしいな。
疑念が膨らみつつある中で、俺はキッと太った男を睨んだ。
「おい、おまえ、説明してくれ」
ちなみに勘違いしていたのは俺である。
なのに居丈高なのは何だかイヤな予感がしたと同時に、後には退けなくなっていたからだ。
「え、ええと、ですね、その……莉依様は天使なので!」
「は?」
俺はガンギレだった。
何だか意味が解らないが、気持ち悪い笑みを浮かべつつ、莉依様とか言いやがったのでイラッときたのである。
「ひっ!?」
おかげで男達が怯えてしまった。
いかんいかん、莉依ちゃんのことになるとどうも感情的になってしまう。
ここは冷静に。
事情を聞かなければ。
俺は二度三度、深呼吸すると、話の先を促すべく手の平を見せた。
「ぼ、僕達は、そのこういう見た目で……ば、馬鹿にされることが多くて。
い、いつも辛くて、今回も、その、ど、どこにも行き場がなくて、残っただけで。
怪我もして、最悪な状況だ、ってなって、そんな時に、莉依さ……ん、に出会いまして」
こいつらロリコンだ!
おいおい、ふざけんなよ。
ロリコンが莉依ちゃんに近づくんじゃないよ!
…………あれ、なんか耳が痛いぞ。
「あ、違うんです! その、べ、別に何かしようというわけでもなく、分不相応な願いを持っているわけでもなく、その、ただ……」
「ただ、なんだよ」
呆れと妙な親近感が沸きつつあった。
く、なんだこの気持ち。
こいつらの気持ちが少しわかってしまっている、だと?
男達は再び顔を見合わせ、何度も頷き合う。
そして同時に俺を見て、同時に口を開いた。
「「「「「「崇めたいんです!」」」」」
莉依教が生まれた瞬間であった。
おい、マジか。
なんか以前にそういうの見た記憶があるけど、残念な奴らだなと思っただけだったのに。
今の俺は正直者で、すべてが理解できてしまっているじゃないか。
くそ! なんだこの気持ちは!
俺は腕を組み、背後にいる莉依ちゃんの気配を探る。
……これはかなり困っているな。
だが、俺は自分の気持ちを抑えきれなかった。
男にはやらねばならない時がある。
男にはゆずれないものがあるのだ。
「貴様ら、莉依ちゃんのいいところを言ってみろ」
「と、虎次さん?」
彼女は戸惑っている。
だがもう俺は止まれないのだ。
太った男が叫んだ。
「可愛いところです!」
「そんなものは言わずともわかっているに決まっているだろ! 次!」
ガリガリの男が声を裏返しながらも叫ぶ。
「小さいところです!」
「口に出すな! 出した瞬間、不純な理由になる!
紳士ならその言葉は胸に刻むにとどめろ、バカ者! 次!」
中肉中背だが眉毛が妙に太い普通の男が叫ぶ。
「大人顔負けに頭が良いところです!」
「貴様、よくわかっているな!
だが、それは表面上の部分だ!
頭の良さと容姿のギャップに気づかなければ意味はない! 精進しろ! 次!」
小柄で妙に髪が長く顔が見えない男が必死な様子で叫んだ。
「母性があるところです!」
「ようし、貴様! そこに目をつけるとは誉めてやろう!
だが、その母性に甘えるな! 彼女を支えることこそ肝要だ! 次!」
それは唯一の女性だった。
薄い顔、薄い影、線は細く、特徴はない。
どこか寂しげでどこにでもいそうな女性だった。
「心が強いところです!」
俺は無言でその女性に近づき、手を差し伸べた。
女性は戸惑いつつも、仲間達に振り返る。
そして再び俺に視線を戻し、おずおずと手を伸ばした。
俺は強引にその手を握ると、一言。
「その通りだ」
そう言って、心の熱を手に伝える。
俺の感情が伝わったのか、女性は感動したように俺を見上げた。
なんということだ。
これまで印象が薄かった彼女が、ここに来てなんと魅力的に見えることか。
それは他の男達も同じだった。
みんな晴れ晴れとした表情をしている。
さっきまで不安そうにしていたのに、莉依ちゃんのことを話している最中は生き生きしているのだ。
なるほど……俺は壮大な勘違いをしていたようだ。
彼等は、俺の心の友だったのだ。
「みんな、すまなかった。一方的に責めるような真似をしてしまった」
「そ、そんな、気にしないでください!」
太った男が焦りながら言う。
この男、なんて寛大な男なんだ。
俺は感涙しそうになったが、なんとか耐えた。
「だ、大丈夫ですよ、王様!」
「そうそう、俺達も、わ、悪かったし」
「そうよ! わ、私達は同じ仲間なんだし」
「で、です! そうです!」
口々に俺を励ましてくれる奴らに、俺の心は震える。
こんなところに、仲間がいたなんてな!
俺は仲間達と談笑を続けた。
莉依ちゃんのここがいい、こんな子なのだと話に花を咲かせる。
しかし俺達は気づかなかった。
今度は別の意味で、俺達は冷たい目で見られていたということに。
その後、莉依ちゃんに別室で正座をさせられ、説教をされたことは言うまでもない。
ただ、顔を真っ赤にしながら一生懸命怒っていた莉依ちゃんは可愛かったです。




