関係性と関連性 1
都市国家ハイアス、またはハイアス和国の地理を改めて説明しよう。
都市は長方形型で東側が海に面している。
港には交易船が停泊するため、広めに桟橋が設置されているが、今はがらんとしている。
都市中央には広場。
そこから東に行けば港への道で、住宅街が建ち並ぶ。
西へ行けば露店、店舗が多く、西門付近は活気に溢れていた。
北方面は住宅と宿や酒場、生活に深く関わる施設が多い。
南に行けば職人通りで、鍛冶屋や武器防具屋、旅に必要な道具などの店舗が多い。
アーガイルの店もここにある。
更に南に下ると裏通りがあり、元情報ギルド、現総合事務局が存在している。
カンツ達、亜人が住んでいる奴隷販売店もここだ。
彼等はまだ移動していないところを見ると、居住を変えるつもりはないのかもしれない。
元総人口数5000。
現総人口数380。これにはネコネ族も含む。
端から端まで直進すると一時間程度。
大体直径が5キロ程度と推測される。
中規模都市としては比較的広めではあるが、人口は少なめである。
それは商業都市という側面を持っていたため、住居を構える人間が少なかったためと見られている。
滞在人数を計れば、恐らくは総人口数の数倍に跳ねあがっていただろう。
都市は隙間なく建物が建ち並び、間に通路が伸びた構造をしている。
そのため都市内は家屋が圧迫しており間引きは必然だった。
現在、建国から一週間ほど。
家屋の解体が始まり数日のため、まだ作業はさほど進んではいない。
俺は視察のため、都市西部にある解体区画へと来ていた。
そこでは力仕事が得意なライコ族達が働いている。
それに人間の若者、体力に自信がある人達も。
ライコ族の代表であるカンツは以前、大工のような仕事をしていたらしく、必然的に彼が指揮をとっている。
現代科学がない時代、解体は完全に手作業だ。
火薬は希少だし危険なためでもある。
そのため家屋の柱を部分的に切り、縄を括りつけて引っ張るという方法をとっている。
ここまで話せばわかるだろうが、家屋解体は個人でこなせる作業は少ない。
ある程度は人数が必要だし、協力することが肝要だ。
だが。
「あー、だりぃな」
そう言ったのは人間の若者だった。
彼だけではない。他にも面倒臭そうにしながら地面に座り込んでいる連中もいた。
数は少ない。
しかし他の人間も亜人達を避けている様子が見受けられた。
……やはりこうなったか。
喧嘩をしたり過剰に対立しないだけまだマシだった。
片や奴隷として長い年月蔑まれてきたため、人間に悪感情を抱いている。
片や主人として亜人達を虐げ、自分達は上の存在だと勘違いしている。
そんな存在が手を取り合って協力できるはずもない。
わかってはいた。
想定通りで呆れたくらいだった。
家屋の解体、材料の運搬、そして建設。
それらの業務に従事している亜人はライコ族だけだ。
彼等はプライドが高く、そして堕落した生活を毛嫌いしている。
奴隷に堕ちても誇りは捨てない、気高い種族だ。
そのため仕事にも文句を言わずせっせと働いている。
問題は人間だ。
元奴隷達が働けば働くほど手を抜く。
自分達がしなくとも亜人達がするじゃないかとさえ思うだろう。
まだその前兆は少ないが、座り込んで休んでいる若者達に呼応する人間も増えるだろう。
そうなったら共存なんて言ってられない。
「はあ、なんでこんな作業しなきゃなんねえの」
「知らね。なんか、あれだよな。もっとやりがいがあるようなことすると思ってたのにさ。
これじゃただの下働きじゃね」
「だよな。ま、亜人達に任せときゃいいだろ。
ほら、あいつら仕事大好きだしな」
「違いないな」
見下すような言動と態度に嫌悪感を持っていたライコ族だったが、喧嘩を売るような真似はしない。
それは俺が無闇に敵対するなとカンツに伝えておいたからだろう。
彼等は矜持を持っている。
それに比べて人間の傲慢さと言ったら。
愚かだ。立場は同列であるのならば何を成したかが重要なのに。
それを忘れて、まだ過去に縋っている。
自分で変化を求めていたのに、自ら楽な方向に戻っていることにも気づかない。
……気分が悪いな。
「ほら、頑張れ頑張れ」
「俺達の分まで働いてくれよー」
ぎゃははと笑う若者達を、他の人間もちらちらと見ていた。
大半の人間は仕事をしながらだったが、少しずつ手を抜いている人間が増えた。
自分を律することは難しい。
だがこの国に残ったのならば甘えは許さない。
そう俺は宣言したし、彼等も納得したはずだ。
俺は憤りを持ちつつも、彼等の様子を観察していた。
これは視察だ。
今のところ、叱咤する気はない。
俺がどこでも介入し、彼等を諌めても根本的な解決にはならないからだ。
それはただ見ているだけというわけでもない。
要はタイミングだ。
さてここから何か変化があるのか、それともないのか。
それによって俺の行動は変わるが。
え? 仕事はどうしたかって?
いや、ほらこういう視察も大切だと思うんだ、うん。
だからちょっとくらい事務仕事とかさ、休んでも問題ないよね。そうだよね。そうだ。
ハミルからの報告によると、解体作業を命じて数日間、この調子らしい。
つまりその間、ライコ族はじっと我慢しており、人間の一部はさぼっているということ。
あれだな。
この世界に来てからの経緯を鑑みると、どうしても亜人の方がいい奴らに見えてならない。
なんか、腐った奴は大体、というかすべて人間なんだ。
たまたまなのか、それとも時代がそうさせているのか。
人格に種族は関係ない、ということか。
俺は一時間程度、物陰から彼等の様子を見守っていた。
なんだかちょっと情けなく思い始めたけど、我慢した。
そうしていると、一人のライコ族が談笑しながら休んでいる若者達の目の前に移動していた。
カンツとは違う、別のライコ族だ。
明らかに怒っているのがわかり、唸り声をあげている。
「貴様ら、なぜ仕事をしない」
今にも殴りかかりそうな勢いだったが、口調はできるだけ穏やかにしようという意図が見えた。
はらわたが煮えくり返る思いだったのだろうが、矜持を守ろうと耐えていたのだろう。
しかしそれも限界か。
ライコ族の行動を見て、若者達は一瞬だけきょとんとした後、嘲るように笑った。
「はあ? 何、亜人が人間の言葉を話してんの?
ってか何で話しかけてんの? 意味わかんね」
「あー、獣臭いな。近づくなよ」
わかりやすい侮蔑にライコ族の喉が更に震える。
猛獣が威嚇する時に出す声音だ。
腹の底から響いているような声に若者達以外の人が注視し始める。
だが愚かにも若者達はライコ族の怒りに気づいていない。
いや高をくくっている。
何があっても逆らえない、そう思い込んでいる。
その証拠にまだ態度を変えず、居丈高なままだった。
こういう輩はどこの世界にもいるみたいだ。
『相手を嘲っているようで、その実、相手に甘えていることに気づかない愚か者』は。
「何、その顔? まさか殴りかかろうとか思ってる?」
「はあ? 調子乗んなよ。人間様に逆らうとどうなるか知ってんのか?
奴隷じゃなくなっても亜人が俺達と同列になったわけじゃねえんだよ。
勘違いすんなや」
「ってか、手を上げたらおまえらこの国にいられなくなるから。
亜人はやっぱり野蛮で危険だから、一緒に住むなんて無理だ、ってなるからな。
それわかってる? わかってんだよな、あ?」
「グルルルルゥ、貴様ァ……!」
「おお、怖い怖い。殺されるの、俺?」
「あー、やっぱり亜人は怖いわ。鎖で繋がないと危険だわ」
「マジでそれな、愛玩動物にできるだけ犬とかの方がマシだろ」
「完全に同意だわ」
また嘲るように笑う。
不快な光景だったが俺は黙して動向を見守った。
ライコ族の青年は怒りの限界だったらしく拳を握り、咆哮と共に若者達に殴りかかる。
「ひっ!?」
情けない悲鳴を上げた若者は顔を腕で覆った。
反応からしてまさか本当に殴りかかられるとは思わなかったのだろう。
ライコ族の青年の拳が若者に届く――寸前で止まった。
誰かが止めた、わけではない。
彼自身がギリギリで腕を止めたのだ。
つまり思いとどまった。
あれだけ罵倒され、見下されても寸前で耐えたのだ。
彼はフーフーと息を荒げ、目を血走らせ、殺意を若者に向けていた。
しかし震える手を強引に抑えつけると、大股でその場を去った。
若者達は小刻みに震えていたが、やがて乾いた笑いを浮かべる。
「は、はは、な、何だよあれ、あ、あいつ、お、覚えてろよ。
あ、後で警備局に通報してやるからな!」
最初から最後まで情けない言動と態度だったが、彼自身はそれに気づかない。
虚しくなる。
これが一部の人間の本性なのだ。
誰もがこの国を反映させるため、世界を良くするため、新しい景色を見たいがために残ったわけじゃない。
なんとなくで残った連中も少なくないのだ。
あの若者も、何だがワクワクしたから残ったけど、思ったのと違ったし、だるいから適当にしようという心境なのだろう。
仕方がないが、馬鹿らしくもなる。
若者達数人は、遠くからライコ族達を罵倒していた。
ライコ族の仲間達が、青年を慰めているようだ。
よく耐えた、そう言っているようだった。
その態度に賞賛を禁じ得ない。
若者達を無視し、ライコ族達は仕事を続けている。
それなりの軒数を解体していた。
「あーあ、馬鹿らしいな。あれで幸せなのかね、あいつらは」
「建物に潰されて死ねばいいのによ」
一生懸命に仕事をしている彼等を若者達は馬鹿にし続ける。
他の人間達は先ほどよりは仕事に精を出していた。
ライコ族の行動を見て、思うところがあったのだろうか。
傍から見ればどっちに非があるか明白だ。
『だから俺は、あえてハミルに彼等のような人間を野放しにさせておいた』のだから。
「ほら、さっさと運べよ、俺達の分までな!」
若者達は下卑た笑いを浮かべながら、ライコ族達をバカにしていた。
さてそろそろか。
俺がそう思った時。
若者達の背後に大きな影が落ちた。




